第六十五話 七夕
七月七日、それは七夕であり、私の誕生日でもある。
「お嬢様が帰って来たらみんなでパーティーしましょう」
私が出かける準備をしていると、沙羅さんが笑顔で私に言う。
「みんなと言っても‥‥私と葉と沙羅さんだけだか」
「何言ってるの? 一之瀬君がいるじゃない」
準備を終え、私を待つ葉が言う。
「いや、悠は知らない」
「え? この前八雲君の家で言ったんじゃないの?」
葉、奏にはすでに八雲の家で悠と話をしたことは言ってある(その後のことは‥‥絶対に内緒だが)
「いや、そんな話にはならなかった」
「そうなの? じゃあ誘いなさいよ」
葉があっさり言ってのける
「だが‥‥悠だってバイトで忙しいし‥‥」
「あのねぇ‥‥真鈴は自分に誕生日に彼氏に祝って欲しくないの?」
「それは‥‥」
祝って欲しいに決まっている。
決まっている、が‥‥
「我が儘を言って嫌われたくない‥‥だいたい我が儘言ったら悠に嫌われるって言ったのは葉だ」
私が準備をする手を止め、葉の方を向く。
「私そんなこと言ってないわよ。嫉妬したらって言ったでしょ? それに一之瀬君はあなたが嫌いにならない限りあなたを嫌いにならないって言ってたでしょ?」
「だが‥‥」
「それとも、一之瀬君は‥‥真鈴が好きな人は、ちょっと彼女が我が儘言ったくらいであなたを捨てるような心の小さな人なの?」
「悠はそんな人じゃない!」
思わず大声で叫ぶ。
「でしょ? だったら大丈夫よ。真鈴が思ってるより一之瀬君は真鈴のこと好きだから」
葉は笑顔で私に告げる。
「なんでそんなこと分かるんだ?」
「ずっと二人を見てれば分かるって‥‥それでも真鈴が言わないって言うなら、私が言うから。それでもいい?」
「それは‥‥」
悠を誘うのは、私でありたかった。
悠が私以外の誘いを受けるのは‥‥嫌だった。
「それが嫌なら自分で言いなさい‥‥先、行ってるわね」
葉はそう言うと笑みを浮かべたまま出て行った。
いつも通り悠、葉と一緒に登校し、授業が始まり、私、悠、葉の三人で(普段ならここに十文字も加わるのだが、今日は京極と砂川さんと一緒らしい)昼食を食べ終わり、昼休みももう終わりそうな時間。
そんな時間になっても私はまだ悠に話を出来ていなかった。
「あの‥‥悠」
「何?」
私が悠に話しかけると、悠が笑みを浮かべたまま私の方を向く。
「あっと‥‥その‥‥‥‥な、何でもない」
「またそれ? 変だよ、今日の真鈴。ずっと僕に何か言おうとしてごまかしてる。こっちからしたら、それってずっと焦らされてるようなものなんだよ?」
「もう、言わないんだったら私が言うわよ?」
悠と葉が呆れたような表情で私を見る。
「そ、それは駄目だ。私がちゃんと言う」
「だったらさっさと言いなさい」
「それは‥‥」
「だぁぁもう! あのね一之瀬君、今日学校が終わったら」
「言うな! 私が言う!」
葉が悠の方を向いて言いかけた所を私が背後から口を塞いで止める。
「学校が終わったら‥‥?」
「あ、あの、あのな、悠‥‥その‥‥」
言えばいい。
学校が終わったら、ウチに来てくれと、それだけのこと。
なのになかなか言えない。
照れ臭さと、断られたらどうしようという思い。
そして、悠には我が儘を言いたくないと言う気持ちが、まだ少し残っていた。
「その‥‥えっと‥‥」
「あ、そういえば八雲の家じゃ言い忘れてたんだけどさ」
私が誘う前に、悠が話し始めてしまった。
「あ、ああ、何だ?」
「僕は、真鈴にどんどん我が儘を言って欲しいって思ってるから」
「えっ‥‥?」
思わず言葉が漏れた。
「だってそうでしょ? 我が儘を言われるってことは、それだけ頼られてるってことなんだから。まぁ、無理なものは無理って言うけどね」
悠はそう言って、再び笑顔になる。
きっと、悠には私の悩みなんてお見通しだったのだろう。
そう思ったら、今までうじうじ悩んでいたことが全部吹き飛んだ。
「それで‥‥何が言いたかったの?」
悠が笑顔のまま私に訊く。
「ああ‥‥その、今日、私誕生日なんだ。だから、その‥‥学校が終わったら、一緒に祝って欲しいんだ。勿論、暇だったらでいいんだが」
「暇じゃなくても行くよ‥‥真鈴の誕生日だもん。絶対に祝うよ」
「いや、そんな無理してまで‥‥バイトとかあるなら‥‥」
「バイトもう辞めたよ。欲しい物買ったし、もともと短期の募集だったし」
悠は以外にもあっさりと言った。
「そうなのか‥‥?」
「うん。だからこれからは一緒にいられるよ」
悠が笑顔を浮かべたまま私の手を取って言う。
その顔でそんなこと言うのは‥‥反則だ。
「えっと‥‥買いたい物ってなんだったんだ?」
私の気を紛らわせるために苦し紛れに悠に訊くと、悠は珍しく何か企みのありそうな表情になる。
「内緒‥‥かな? でももうすぐ分かるよ」