第五十九話 尾行しよう
「悠、一緒に帰ろう」
私が声をかけると、悠は曖昧な表情を浮かべ首を横に振る。
「ごめん、今日はちょっと‥‥」
「また用事か? 全く‥‥何の用事かぐらい話してくれたっていいだろう?」
「それは‥‥今は内緒。絶対後で話すからさ」
悠はそう言うと鞄を手に持ち駆け足で教室を出ていく。
最近、悠は放課後、秘密の用事があると言って、私と一緒に帰ってくれなくなった。
正直何をしているか気になるし、かなり寂しいが、いくら訊いても悠は「絶対後で話すから」としか答えてくれなかったし、その後「ごめんね?」と本当に悪びれた様子で言われると何も聞けなくなった。
「よ、また一人か」
奏が笑いながら私の腰を強く叩く。
「うるさい」
「いきなりヒドくね!? こっちは一人で寂しいだろうなって思って声かけてんのに!」
「余計なお世話だ。それに一人じゃなくて葉も‥‥」
「三神さん、いないみたいだよ」
いつの間にか私の隣に来ていた五十嵐がいつもと同じ笑顔で私に告げる。
「お、ふーみんも一人?」
「うん、まぁね」
「葉がいないってどういうことだ?」
正直微妙な奏のネーミングセンスはさておいて五十嵐に訊く。
「さっき十文字と一緒に仲良く帰ってたよ」
「マジで!? うっわいつの間にそんな仲良くなったんだよ!? つうかもう付き合って」
「奏、うるさい」
興奮して騒ぎ始める奏を押さえる。
葉は体育祭の後‥‥というよりあの打ち上げの後から結構仲良くなったようだった。
確かに、端から見ると、付き合っているように見えるかもしれないが、実際は付き合ってはいない。
「そうか‥‥」
「ってことは、俺達三人共暇なわけか」
「まぁ、そうだね」
五十嵐が頷くと奏の瞳がきらりと光った。
「じゃあさ、尾行しようぜ!」
「は?」
「だから、尾行だよ、び・こ・う! どうせ暇だろ?」
暇潰しにするようなことじゃないと思うのだが‥‥
「誰の尾行するの?」
五十嵐は乗り気なのか、すこしワクワクしているように見える。
「そりゃあ悠だろ! どこに行って何してるか気になるし!」
「悠を尾行って‥‥不可能だろう。もう追えないんじゃないか?」
私がそう言うと奏は「ちっちっち」と言いながら指を口の前で動かす。
「俺達にはどんなことでも知ってる頼もしい奴がいるだろ?」
奏はそう言ってニヤリと笑う。
「京極、ちょっといい?」
五十嵐がちょうど教室を出ようとしていた京極の名前を呼ぶ。
「どうかしたのぉ?」
「悠がどこに行ったか分かる?」
「分かるけどぉ‥‥口止めされてるからぁ」
「ぐ、先に手を打たれていたか‥‥」
奏が悔しそうな顔をする。
「本当に何でも知ってるんだな」
「うん、知ってるよぉ、奏が最近ようやくサイズがBになったことも、フミが最近」
「な、ななな何で知ってるんだよ!」
京極が喋っている途中で奏が真っ赤になって京極に詰め寄る。
「本当にそうなんだぁ」
「‥‥死なす、絶対死なす!」
「はい、どうどう」
「俺は馬か!」
奏が京極に殴りかかろうとし、五十嵐が制止する。
京極はすぐに奏から離れる。
「ちなみにねぇ、悠の居場所は言えないけどぉ、会長は『ネクストストリート』のどこかにいるみたいだよぉ」
京極はそう言い残し脱兎の如く逃げて行く。
「あ、おい待て!」
「はい、どうどう」
「だから馬じゃねぇっつうの!」
奏はまだ怒りがおさまらないようだった。
「あの野郎、人のプライバシーをこんなとこで公言しやがって‥‥!」
間違いなくさっきまで尾行しようとしてた奴の台詞じゃない。
「ま、とりあえず『ネクストストリート』に行ってみようか。悠も会長と一緒にそこにいるだろうし」
五十嵐が奏を押さえながら私に言う。
「‥‥何で私に言うんだ?」
「悠がどこで何をしてるか、気になるでしょ? まぁ、暇つぶしだと思って付き合ってよ」
まぁ、確かに悠がどこにいるかは気になるし、正直暇だし、たまにはこういうのに付き合ってみるのも楽しいかもしれない。
私はそう思い悠を尾行‥‥のようなことを奏、五十嵐とすることにした。