第五十八話 ちょっと悪戯
私が目を開くと、すぐさま悠の寝顔が目に飛び込んで来た。
心臓がドクンッ! と跳ね、一気に脈拍が上昇する。
「ゆ、悠!」
「んっ‥‥」
悠は返事とも寝言とも取れる言葉を漏らすと、私の方に身を寄せる。
悠の顔がさらに近づく。
こ、このままだと理性が‥‥
「ゆう〜」
私が一人で苦悩してると、甘えるような声と共に腕が伸びてきて悠を捕まえると、声の主は自分の胸元に持っていく。
悠の頭がぽふんと胸に収まる。
声の主は由香さんだった。
由香さんが悠を軽く抱きしめるような形になる。
何故か私、悠、由香さんが川の字になって寝ていたらしい。
二人とも可愛い寝顔だった。
普通なら、兄と妹の(見た目は完全に姉と弟だが‥‥)ほほえましいワンシーンのはずなのだろう。
だが、私に沸いた感情は苛立ちだった。
無意識とはいえ、私以外の人間に抱きしめられるのも嫌だったし、抱きしめられてそんな表情になるのも嫌だった。
由香さんが起きないように、そっと悠を由香さんの胸元から私の胸元に移動させる。
前みたいに呼吸困難にならないように、鼻と口を覆わないように気をつけながら抱きしめる。
長いストレートの茶髪は、寝癖がついて所々跳ねている。
悠が起きないように気をつけながら触ると、いつも通りふわっとした感触がした。
多分、天使の翼というものがあったらこういう感触がするんだろう。
それにしても、悠は女の子みたいと言われるのを嫌がるわりには、髪が長い。
短くすれば間違われないようになるかもしれないのに‥‥
「悠〜」
私が悠の髪のことを考えていると、由香さんが悠の名前を呼びながら、私に抱き着く。
起きているのかと一瞬びっくりしたが、すやすやと寝息をたてていた。
悠は私と由香さんに挟まれながらもぐっすり眠っている。
由香さんが私に抱き着いているため、へたに移動すると二人共起きかねない。
体を石のようにして二人が起きるのを待つが、起きるそぶりは全くない。
由香さんが、吐息が顔にかかるくらい私に近づく。
初めてじっくりと見たが‥‥妹にしてはあまりにも悠と似ていない。
由香さんもかわいらしい顔だが、顔のパーツがまるで違う。
まぁ、兄妹だからといって、絶対似てるとは限らないが。
私がそんなことを考えてると、悠が目を覚ましたのかもぞもぞと動き出す。
「悠、起きたのか?」
「ま、真鈴!? え、えっと、これ‥‥」
悠は今自分がどういう状況におかれているか分からないのか、じたばたし始める。
「悠、じっとしてないと由香さんが‥‥」
「由香が?」
悠の動きがぴたっと止まる。
「‥‥もしかして、今二人に抱き着かれてる?」
「‥‥まぁ概ねそんな感じだ」
実際は由香さんが抱き着いているのは私なのだが‥‥
「そ、そっか‥‥」
悠はそう言ったきり黙り込む。
もしかしたら、今どういう状況か気がついたのだろうか?
「‥‥気持ちいいか?」
ためしに訊いてみると、悠は私の胸でびくっとする。
「き、気持ちいいって、何が?」
悠の声が上擦っている。
これは、確実に気がついている。
「‥‥いや、別になんでもない」
私はごまかして悠をさらに強く抱きしめる。
悠の鼓動が、とてつもなく早くなっていくのが分かる。
「うゎ、ちょ、ま、真鈴」
悠が私の名前を呼ぶが無視する。
悠はいつも、私をドキドキさせて困らせるから。
だから、今日は、今だけは。
私が悠を、取り繕うことも出来ないくらい‥‥ドキドキさせる。
ズルいくらいに、可愛い彼を。
今回で体育祭編は終わりです。
実際に体育祭はほとんどやってませんが‥‥