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僕の恋人  作者: 織田一菜
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第五十四話 真鈴の過去

真鈴の過去編です。

暗めです。

七瀬先生に言われた通り教室に行くと、そこには真鈴が一人で立っていた。


真鈴は俯いていて、僕に気がついていないようだった。


僕が名前を呼ぶと、ビクっとしてからこちらを向いた。


その顔はなぜかほんの少しだけ青ざめて引きつっているように見えた。


「真鈴‥‥大丈夫? あんまり顔色良くないけど‥‥保健室行く?」


僕が訊くと真鈴は勢いよく首を横に振る。


「いや、大丈夫だ、問題ない」


「でも‥‥」


「大丈夫だから、心配しないでくれ‥‥少し疲れただけだ」


陸上選手並の身体能力がある真鈴がほんの僅かにでも顔が青ざめるまで疲れるということはないはずだ。


体調が悪くないなら‥‥もしかして、緊張してる?


もしそうなら‥‥真鈴がしようとしてる話の内容は‥‥


「それじゃあ‥‥話って何? 喋りにくいことなの?」


僕が訊くと、真鈴は頷いて再び俯く。


僕は教室の扉を閉め、真鈴の近くにあった机を動かして真鈴の横に起き、その上に座る。


「ほら、これで大丈夫でしょ?」


「ん、ああ」


真鈴は頷くと僕を見つめた。


「その‥‥絵里のことなんだが」


やっぱり‥‥


でも、僕の考えが正しいという保証はない。


まだ、確信するには早い。


「勝負のこと?」


僕が訊くと、真鈴はこくりと頷く。


「その、あの勝負は、多分‥‥」


真鈴はそこまで言うと黙り込む。


なんとか言おうとしてるけど言い出せない、という感じがする。


この反応‥‥そして吉兆さんのことを京極君から聞いていた時の反応‥‥


これらを合わせて考えれば、やっぱり、僕の考えは‥‥


「帝清学園の同級生で尊敬してた真鈴が変わっちゃったから‥‥ううん、僕が変えちゃったから、勝負なんてしかけてきたんでしょ?」


僕が予想していたことを言うと、真鈴は驚いたように僕を見る。


「な、なんで‥‥京極に聞いたのか‥‥?」


その反応と言葉が、僕の想像を確信に変えた。


「聞いてないよ。僕が考えてたことの中で一番ありそうなことを言っただけ。真鈴が名前で呼ぶ人って‥‥僕以外だと三神さんとか奏とかそういうかなり親しい人でしょ」


僕がそう言うと、真鈴はまた俯いた。


「そう‥‥か‥‥」


「だから‥‥話さなくても、いいよ。黙ってたってことは‥‥帝清学園で何か嫌なことがあったんでしょ? わざわざ辛いことを思い出すようなこと‥‥」


「いや、伝えたいんだ‥‥吉兆が全部話す前に」


俯いていた真鈴が僕を見る。


「吉兆さんが‥‥?」


「悠が勝負に勝ったから‥‥多分、私の過去も含めて全部話すと思う。その前に‥‥自分自身の口で伝えたいんだ‥‥それに‥‥」


真鈴は一度言葉を止めて、ほんの少しの時間黙ってからもう一度話し始める。


「吉兆が言わなくても‥‥これ以上昔のことを黙ってたら‥‥いつか嘘をつかなきゃいけなくなる。あの時の私や、さっきの悠みたいにごまかすだけじゃ、足りなくなる」


ごまかすって‥‥


「本当は痛かったんだろ、右肩」


やっぱり、バレてた。


「‥‥気付いてたの?」


「あんなの、ずっと悠を見てたらすぐに分かる」


「でも、もう痛くないから」


「京極の薬のおかげ‥‥だろう? 京極から聞いた‥‥心配したんだからな」


「‥‥ごめん」


「いや、いいんだ。気にしてないから‥‥私が言いたいのは、隠していても悠には隠しきれないということだ。まだごまかすだけで済んでいるが‥‥そのうち、嘘をつかなきゃいけなくなる。私は悠に嘘をついて‥‥嫌われたくない。だから‥‥聞いてくれるか?」


真鈴の目にはNOと言わせない力があった(元から言うつもりはないけど)。


「うん、真鈴さえよければいくらでも聞くよ」


僕がそう答えると、真鈴の顔が引き締まる。


「私は‥‥葉と一緒に帝清学園に入学した。あそこは‥‥日本のあちこちから勉強が出来る人間が集まって‥‥切磋琢磨する‥‥そういう場所と言われてる‥‥だが、実際やってることは足の引っ張りあいだ」


「足の‥‥引っ張りあい?」


「殆どの人間がトップクラスで自分が上がるのは難しいからな‥‥色々な方法で相手を下げようとする‥‥中には‥‥虐めのような嫌がらせをしてくる奴もいた」


真鈴はそこまで言うと、当時のことを思い出したのか顔をしかめる。


「‥‥そういう嫌がらせを受けた奴はたいてい落ちていった。けど中には頑張って上位に留まる奴もいた」


「真鈴も‥‥そうだったの?」


僕がそう訊くと、真鈴はゆっくり頷く。


その顔は少しも誇らしさはなく、むしろ悲壮感があった。


「入学当初は‥‥何もされなかった。相手につけこまれる隙を作らなかったからな。だが‥‥ある日、隙をつくってしまった」


真鈴はそこまで言って再び口を閉じた。


今度は1分以上黙っていた。


真鈴は、冷や汗のような汗をかいていた。


にぎりしめている拳も震えていた。


僕は、どうすればいいか分からなかった。


だから、真鈴の震えが止まるように、拳を強く握った。


「ゆ、う‥‥」


真鈴の震えが止まり、にぎりしめていた拳からゆっくりと力が抜ける。


「大丈夫? まだ‥‥話せる?」


「‥‥ああ、話すと決めたんだ。全部話す」


真鈴はそう言うと深呼吸をして、再び話し始める。


「ああいう学校だったが、私にも葉以外の友達が出来た。人懐っこい子で‥‥いつもその子と葉と、三人で一緒にいた。あの日も、三人一緒に帰ってた‥‥その途中で‥‥あの子がふざけて私にじゃれついて来て、私はそれを振り払った。そうしたら‥‥あの子が倒れて、頭をぶつけて‥‥そのまま意識を失った」


真鈴は吐き出すように言葉を繋ぐ。


やっと分かった。


真鈴が、開会式前に僕を落とした時になんであんなに心配したのか。


「幸い一命は取り留めたが‥‥脳にダメージが残って‥‥彼女は一生歩けなくなった。奴らは‥‥そのことをネタに私を標的にした」


「そんな‥‥っ!」


体中の血が沸騰するような感覚がした。


真鈴の性格を考えれば、その友達を傷つけた自分を追い詰めることくらい簡単に分かる。


なのに、よりによってそれを理由に真鈴を責めることは、卑劣だとか、そんな言葉では表せないことだ。


「でも‥‥私の隣には葉がいてくれた。だから‥‥私は虐めに負けずに済んだ。人前ではない時は葉が私を慰めて‥‥支えてくれて‥‥人前では‥‥気丈に振る舞った。その学校での姿を見て‥‥何人かが私達の方についてくれた。その一人が‥‥絵里だった。絵里は‥‥虐めに負けない私を‥‥尊敬すると言ってくれた」


「それで‥‥吉兆さんは真鈴を追いかけてこの学校に来たの?」


僕が訊くと、真鈴は首を横に振った。


「それは偶然だ‥‥私達がこの学校の受験を決める前から吉兆はこの学校に入学しようとしていた」


「じゃあ‥‥真鈴達はここに来るって決めたのけっこう遅かったんだ」


帝清学園は城羽と同じく中高一貫教育で、他の高校に行くのは珍しいんだろうと考えながら訊くと、真鈴の表情がさらに暗くなる。


「私達は‥‥学校を変えるつもりはなかった‥‥最後まで、あの学校で戦い続けるつもりだった。だが‥‥1年前‥‥葉が倒れたんだ。原因は過労‥‥葉は、テニス部の中でも虐められてた‥‥」


真鈴は唇を噛んで再び拳に力を込める。


「私は! 気がつけなかったんだ‥‥! いつも、いつも一緒にいたのに‥‥自分のことばかりで‥‥葉のことを‥‥考えていなかった‥‥!」


真鈴の肩が震えていた。


僕は身を乗り出して、ゆっくり真鈴を抱きしめる。


真鈴の震えが止まり、「あっ‥‥」と耳元でなければ気付かないほど小さい声を漏らした後、僕の腰にしがみつくように力を込めて腕をまわした。


「それで‥‥この学校に来たの?」


僕が真鈴の耳元に向けて小さい声で訊くと、真鈴は頷いた。


「私が学校を変えれば‥‥葉も一緒に来ると思ったからな。倒れてから葉はテニスを辞めて‥‥ふさぎ込んでいた。だが、この学校に来て‥‥悠や奏と出会って‥‥笑顔が増えた。私も‥‥悠に出会って‥‥様々なことを知った。変わっていった。絵里からすれば‥‥昔の気丈に振る舞って戦っていた頃の私がいいんだろう。でも、私は‥‥今の私が好きだ」


真鈴が僕の腰から腕を離す。


僕も真鈴から一度離れ、再び向き合うと、真鈴が頭を下げた。


「ありがとう‥‥悠。私を変えてくれて」


「い、いいよお礼なんて‥‥僕だって、真鈴から色々‥‥」


「いや、いつかお礼をしなきゃと思っていたんだ。悠じゃなきゃ‥‥私は変われなかったから‥‥」


真鈴はそう言うと教室の時計を見る。


「もうさすがに時間だな‥‥行こう、悠」


真鈴が手を差し出す。


「あ、うん」


僕はその手を握る。


いつもと変わらず暖かい手だった。


僕達は歩き始める。


僕は歩きながら考えていた。


真鈴は僕に全てを話してくれた。


だから僕も、言わなきゃいけない。


僕の過去を、僕の秘密を‥‥


「あの、さ、真鈴‥‥」


「言わなくても‥‥いい」


真鈴はこちらを見ないで答えた。


「え?」


「悠のことは‥‥もっと後でいい。悠が言っただろ、『もっと皆と仲良くなったら話す』って‥‥」


確かにそう言った。


でも、自分だけ話さないのはフェアじゃない。


「だから‥‥悠の話は私が皆と‥‥悠と、もっと仲良くなってからでいい」


「もう十分仲良いと思うけど‥‥」


「いや、まだだ。もっと仲良くなる。もっと仲良く‥‥なりたいんだ」


真鈴はそう言ってこちらを振り向いて笑う。


その笑みも、やっぱりいつもと同じように、綺麗で可愛い笑みだった。


次回から再び明るい話に戻ります。

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