第五十二話 障害物競争
引き続きアンケートの方募集してます。
まだ一つも来てないので‥‥(泣)
『第七走者の皆さんはスタート位置に準備をお願いします』
モモさんのアナウンスが入る。
いよいよ僕の出番になる。
僕は一番内側のコースで吉兆さんは一番外側のコースだ。
考えたくはないけど、もし負けたらどうしよう、という考えが脳裏を過ぎる。
「よし、じゃあ頑張ろっか!」
隣のコースで走る千夏さんが笑いながら言う。
その笑顔を見ると少し緊張が解ける。
「はい」
僕がそう答えると千夏さんは満足そうに頷く。
「うん、その顔だよ」
「え?」
「目にしっかりと強い光があって、どんな困難にも対処出来そうだって期待しちゃう顔‥‥だんだんあの頃に戻って来たね」
「そう‥‥ですか?」
あんまり自覚はないけど‥‥
「うん。そっちの方が私は好きだな」
千夏さんはそう言ってウィンクする。
「そんなこと言ってると彼氏にまた怒られますよ」
「怒ってくれるといいなぁ‥‥」
‥‥やっぱダメだこの人。
笛が鳴り、スターターがピストルを構えた。
その瞬間に千夏さんは真剣な表情になる。
僕も前を向いた。
真鈴の為にも、そして自分自身の為にも、負けるわけにはいかなかった。
ピストルが鳴り、全員一斉にスタートした。
この障害物競争はまず目の前の箱の中から服を取り出してそれを着て、その後ハードルを跳び、ネットを潜り、平均台を通って、7段跳び箱を跳んで最後にゴールに向かって50メートル走る。
僕が取り出したのは黒いパーカーと、黒色のウィッグだった。
‥‥なんか『小さな死神』みたいな衣装だ。
急いでそれを着て前を向くと、ウサギの耳を頭につけた吉兆さんがすでに走り出していた。
急いで追いかける。
吉兆さんは速かったけど、決して追いつけないほどじゃなかった。
吉兆さんがハードルのエリアに突入する。
吉兆さんは一切スピードを落とすことなくハードルを跳んでいく。
それで焦ったのかも知れない。
僕は2つ目と4つ目のハードルで足をぶつけてしまった。
こけたりはしなかったけど、吉兆さんとの差がまた開く。
足の痛みを我慢しながら走ってまた差を詰め、今度はネットをくぐるエリアに着く。
ちょっと引っ掛かりながらも、なんとか脱出する。
僕が苦戦している間にも吉兆さんはするすると抜け出し、すぐに走り出していた。
再び差が開く。
脳裏に過ぎったこのままじゃ最後まで追い抜けないんじゃ‥‥という最悪の考えを追い払いながら走る。
吉兆さんが最初に平均台のエリアにたどり着く。
バットを軸に5回ぐるぐる回ってから2つしかない平均台に乗る。
すぐ後に僕も同じようにして平均台に乗る。
思ったよりも目は回っていない。
急いで平均台を渡ろうと一本踏み出した時、ほんの少しだけ前を行っていた吉兆さんが足を踏み外した。
応援席から悲鳴に似た声がする。
危ない、と思った時には、もう僕は吉兆さんの方に飛びついていた。
吉兆さんを抱えて、庇ったまま地面と平均台に激突する。
おもいっきり肩を平均台にぶつける。
肩が貫かれるような痛みがする。
それでも、なんとか吉兆さんは庇えたみたいだった。
「だ、大丈夫ですか?」
一応本人に訊くと、吉兆さんは頷いた。
「良かった‥‥」
「私より、あんたはどうなのよ? 私を庇って‥‥」
吉兆さんが心配そうな表情で僕を見る。
「これくらい平気ですよ」
嘘だった。
肩がありえないくらい痛い。
でも、吉兆さんを心配させたくなかった。
ちょうどその時、千夏さんが平均台を軽やかに走って行った。
僕も立ち上がって、平均台のスタート位置に戻る。
まだ勝負は続いている。
吉兆さんも遅れて競技に復帰する。
初めて僕がリードを奪った。
肩と足の痛みに耐えながら走り、千夏さんを追い抜く。
応援席から地鳴りのような応援の声が聞こえる。
そしてようやく目の前に跳び箱が見えてから気がついた。
今の状況では、跳び箱は跳べない。
普段ならこの程度の高さなら余裕で跳べる。
でも、今の体の状態じゃ、まともに跳べる気がしない。
速度を緩めずにどうするか考えているうちにもう踏み切り板の手前まで来ていた。
その時だった。
「悠!」
真鈴の声がした。
「頑張れ!」
これだけ大勢の応援中で、真鈴の声だけが届いた。
「負けるな!」
僕の耳には、届いた。
それだけで、僕の体から痛みが消えた。
踏み切り板の上で跳び、余裕で跳び箱を跳び、しっかり着地し、そのまま走る。
もう、誰にも負ける気はしなかった。