第四話 誰のもの?
「な、何やってるの!?」
まぁいきなり玄関開けたら衣類のはだけた僕と、僕に馬乗りになってる女の人が(二宮さん)いたら、まぁそんな反応になるだろうね。
「他の女連れ込んで‥‥私という美少女がいるのに‥‥」
あ、自分でいいやがったよ、こいつ。
「彼女は誰だ?」
二宮さんが僕の上から聞く。
「こいつは――」
そこまでしか言えなかった。
二宮さんに首を絞められたから。
多分本人は体を押さえつけるつもりでやってるんだろうけど‥‥
「彼女は誰なんだ?」
二宮さんが怖い顔で聞く。
「く、苦し、いです、に、二宮さ、ん、離、して」
「どういうことよ、悠! 私には飽きちゃったの?」
余計なこと言いやがった。
そのせいで二宮さんがさらに力を強める。
「誰なんだ?」
「こ、いつは‥‥僕、の‥‥」
僕は良く知ってる少女の顔をちらりと見る。
「い、もうと、です」
「す、すまない。ただならぬ関係だと思ったから‥‥」
二宮さんはソファーで横になって休む僕に謝っている。
「大丈夫ですよ、気にしないで下さい。それより、由香、自己紹介」
「あ、うん。えぇっと‥‥初めまして。悠の妹の一之瀬由香です」
由香は気まずそうに自己紹介をする。
由香は、僕と一つ違いの妹だ。
僕より頭二つ分くらい背が高く、顔は、まぁ美人の方だと思うし、頭もいいし、運動も出来る。
ただ、一つだけ弱点があって‥‥
「ごめんなさい、悠が襲われてると思って焦っちゃて‥‥」
まぁ襲われたのは事実だから間違ってないんだけど。
「二宮真鈴だ。よろしく頼む」
二宮さんは頭を下げる。
「あ、そんなかしこまらなくていいですよ。悠の友達は私の友達ですから」
「む、そうか」
「で、何やってたんですか?」
由香が目だけ笑ってない笑顔を見せる。
「恋人同士が家で二人きりになったらやると言われたことをやっただけだが」
それを聞くと、由香の表情は固まってしまった。
「‥‥恋人同士って言いましたか?」
しばらくしてからようやく口を開いた。
「ああ、言ったが?」
由香はソファーで休んでいる僕の方を見る。
「恋人って‥‥ど、どうゆうことよ悠!」
「どうゆうことって‥‥そういうことだよ」
「じゃ‥‥本当に恋人?」
僕が頷くと、由香が僕に飛び付く。
「どういうことなの悠! 私以外の女を作るなんて‥‥こんな人が恋人なんて‥‥私は認めないよ!」
「へ、変ないい方するな!」
「もしかして君達はそういう禁断の関係なのか?」
二宮さんが心配そうな顔で聞く。
「違います! こいつの一方通行です!」
そう、由香の弱点は、僕のことが大好きだということ。
つまりは、極度のブラコン。
「そうか‥‥」
「あなたが恋人でも、決して譲りませんよ! 悠は私の物です」
そう言いながら由香は僕を抱きしめた。
「な、何やってんだ由香! 離せ!」
「嫌。悠は私の物だもん」
「いや、彼は君の物じゃない」
二宮さんが由香の暴走を止めてくれる‥‥そう思った。
「私の物だ」
止めてくれなかった。
「だから離せ」
「嫌、絶っ対嫌! っていうかあなたの言う通りにしたくない!」
「ほう‥‥じゃあ彼に決めてもらおうじゃないか?」
二宮さんはそう言って僕の方を見る。
「君は‥‥この子と私、どっちの物になりたい? まぁ聞くまでもないだろうが」
「何よ、その自信はっ! 悠は私の物だから!」
「いや‥‥誰の物でもないけど‥‥由香はないだろ、妹だし」
僕がそう言うと由香は手を離してソファーから落ちた。
「うう‥‥フラれた‥‥」
「まぁ当然の結果だろう」
二宮さんは勝ち誇ったような表情になる。
「いいもん‥‥毎日悠の可愛い寝顔見るのも、悠に愛情たっぷりご飯作るのも、悠と一緒にお風呂入るのも、私の特権だもん‥‥」
「もう風呂は一緒に入ってないだろ‥‥」
僕はそう言ったけど、由香の耳には入らなかったみたいだ。
「そうよ‥‥夜、いつも一緒にいれるのは私‥‥ふふ‥‥」
なんか変なスイッチ入っちゃったよ。
「明日、弁当作ってくるからな」
しかも二宮さんはしっかり聞いてたみたいだ。
「な、何言ってるのよ! これ以上私から悠を盗らないでよ!」
「盗るも何も‥‥彼は私の物だ」
「こ、恋人だからって好きなこと言って‥‥」
「何を言ってるんだ。君は彼が拒んだろう?」
「う‥‥そうだけど‥‥でも、妹として、兄のために弁当は作らなきゃだからっ!」
二人の言い争いは続く。
「ふ、二人共喧嘩しないで。ほら、弁当は半分づつ作ればいいじゃないですか」
「半分づつ‥‥」
「うーん‥‥」
二人とも言い争いをやめて考えこむ。
「まぁ、それなら‥‥」
「‥‥悠がそう言うなら‥‥」
なんとか決着が着いた。
「ほら、そしたら二宮さんもそろそろ帰らなきゃ‥‥」
「いや、まだ大丈夫だ」
「いえ、是非帰って下さい!」
「君の部屋は何処だ?」
二ノ宮さんは由香を無視して鞄を持って僕の手を引く。
「な、何するつもりよ!?」
「何て‥‥勉強だが」
「な‥‥駄目よ、絶対駄目!」
「いや、宿題だからね、由香」
まぁあんなことがあったから忘れてたけど‥‥確か一応宿題を教えてもらうという名目でこの部屋に来たんだけ‥‥
「そ、そんな人と一緒に同じ部屋に二人きりになんて出来る訳ないじゃない!」
「そんな人なんて言うな」
思わず言ってしまった。
自分でも驚くぐらい、キツイ口調だった。
「二宮さんは僕の大事な人だから‥‥そんな人なんて、言うな」
何でこんなにいらついてるのか、何でこんなにムカつくのか、分からなかった。
「‥‥ごめん、なさい」
由香は素直に謝ってくれた。
「行きましょう、二宮さん。こっちです」
「ん、ああ‥‥」
二ノ宮さんは心配そうにちらっと由香を見た後、僕の後について来た。
二宮さんを僕の部屋に連れて行くと、二宮さんと僕は勉強机の脇に二人並んで座った。
「ごめんなさい‥‥由香があんなこと言って‥‥本当は優しい奴なんですけど‥‥」
「いや、謝らなければならないのはこっちの方だ‥‥君にも、由香さんにも」
「僕に、ですか?」
「ああ、その‥‥さっきの‥‥」
二宮さんがごにょごにょと小さな声で言いにくそうに言う。
さっき僕を押し倒した人とはまるで別人だ。
「本当は、冗談のつもり‥‥だったんだ。額にキスをして‥‥それでやめるつもりだった。だけど‥‥止まらなかった。君が焦ってる姿を見て‥‥可愛いって思って‥‥もっと焦らせたいと思って‥‥」
二宮さんは落ち込んでいるようだった。
「‥‥それに‥‥由香さんに、認めないって言われて‥‥今までにないくらい、憤怒の感情を持った。この子をたたきのめしたいって、思った‥‥止まらなかった」
二宮さんは僕の方を向いた。
「私は‥‥由香さんを傷つけた‥‥」
二宮さんの瞳には悲しみが写っていた。
僕は、立ち膝ついて、二宮さんを抱きしめた。
「大丈夫です。傷つけたらその分謝ればいいんです。それでも足りなければ、その分その人のことを思いやって接すればいいんです。だから‥‥そんな悲しい顔をしないで下さい」
「一之瀬‥‥」
「二宮さんが悲しい顔してると、僕も悲しいです。二宮さんが怒ってる時は、僕も怒ってます。二宮さんが嬉しい時は、僕も嬉しいです、それは何でかは分からないですけど。だから僕は二宮さんに、いつも喜んでいて欲しいんです。僕の気持ちは‥‥一緒ですから」
僕がそう言うと、二宮さんも、僕の背中に手を回して、抱きしめた。
今度はきちんと力加減をして、ゆっくり優しく。
「じゃあ‥‥今私がどんな気持ちか、分かるか?」
「嬉しいと思います‥‥きっと」
僕が今抱いてる感情を正直に伝えた。
「凄い‥‥本当に分かるんだな‥‥以心伝心だな」
二宮さんが僕が耳元で囁く。
「そうですね‥‥二人で一つ、です」
僕が二宮さんの耳元で囁く。
二宮さんと僕は、同時にお互いの背から腕を離す。
今度も、やっぱり、おんなじことを考えていたみたいだ。
僕たちは同時に、お互いの口を口で塞いだ。
どれだけそうしていたんだろうか。
一瞬のようにも、永遠のようにも思える不思議な感覚だった。
きっと、二宮さんも同じ気持ちなんだと思う。
「一之瀬‥‥」
「何ですか?」
「一之瀬は‥‥私のこと、どう思ってる?」
「いきなりどうしたんですか?」
というか、家に来る途中で話したと思うけど。
「一之瀬は‥‥私の色んな顔を見たいって言ってくれた。好きだって‥‥言ってくれた。だけど‥‥それは私じゃなくても‥‥葉や奏でも良かったんじゃないかって‥‥そう思ったんだ」
二宮さんはそう言って不安な顔をしたまま俯いた。
僕は思わず溜息をつく。
「二宮さんって‥‥意外と馬鹿ですよね」
「な!? いきなり何を――」
その先の言葉を言う前に、僕がキスをして二ノ宮さんの口を塞ぎ、すぐに離す。
「今更何言ってるんですか‥‥好きでもない人に、こんなことしますか?」
二宮さんは真っ赤になったまま首を横に振る。
「本当のこと言うと僕‥‥ずっと二宮さんのこと、怖くて冷たくて、侍みたいな人だと思ってました。綺麗だし、頭もいいし運動も出来るし性格もいいけど、いつも、無表情だし、自分から仲間の輪に入って行くことはないから‥‥でも本当の二宮さんは‥‥僕の思ってた二宮さんとは全然違ってました。怒ったり、いらついたり‥‥恥ずかしがったり、不安になったり‥‥今日だけで色んな二宮さんを見ました。二宮さんの色んな気持ちが伝わって来ました。だから‥‥僕はもっと二宮さんの色んな表情が見たいんです。二宮さんの感情を、気持ちを、もっと知りたいんです。奏や三神さんじゃなくて、二宮さんじゃなきゃ駄目なんです」
うーん‥‥僕の本心とはいえ、二宮さんの前だとこんな恥ずかしい台詞ばっかり言ってるな‥‥
「一之瀬‥‥」
「何ですか?」
「私は‥‥君を好きになってよかった」
二宮さんは照れて真っ赤な顔で呟やくように言った。
「僕もですよ、二宮さん」
二宮さんの方を向いて、笑いかける。
すると、二宮さんは、微笑み返してくれた。
その微笑みは、僕が今まで見たどんな人の、どんな表情にも勝る、綺麗で可愛いい微笑みだった。
胸の鼓動がいつもの3倍くらいになって、自分の中の何かが溶けていく、そんな感じだった。
「む‥‥どうしたんだ、一之瀬?」
「二宮さんの笑顔‥‥初めて見ました」
「そうか?」
「はい‥‥とっても綺麗で、可愛いです。学校でもその表情の方が絶対いいですよ」
僕が正直にそう告げると、二宮さんは顔を真っ赤にする。
「いきなり何言い出すんだ!?」
「本当にそう思うんですから、しょうがないじゃないですか」
僕がそう言って微笑むと、二宮さんが俯き、すぐにこちらを向く。
「い、一之瀬だって‥‥か、可愛いぞ」
「ありがとうございます」
僕がそう言うと、二宮さんが悔しそうな顔になる。
「‥‥なんか悔しい。私ばっかり恥ずかしくなって‥‥一之瀬は照れたりしないのか? 好きな人に褒められても‥‥嬉しくないのか?」
「嬉しいですよ。心臓が飛び出すくらい。僕がどれだけドキドキしてると思ってるんですか?」
「‥‥本当か?」
「本当です。ほら」
僕は二宮さんの手を取って、僕の胸に当てさせる。
「どうです‥‥? どきどきしてるでしょう?」
「‥‥ああ」
しばらくその体勢のままでいると、
「‥‥いつまでその体勢でいるの?」
びくっとして二人で隣を見ると、由香が立っていた。
「ゆ、由香! ノックぐらいしろよ!」
「したわよ5回くらい! でも全く反応ないから開けてみたら二人でいちゃいちゃして‥‥」
「いつからいたんだ‥?」
「二宮さんが『君を好きになってよかった』って言うところから」
良かった、キスも見られてないし、恥ずかしい台詞は聞かれてない‥‥と思ってから気がついた。
「由香、今、『二宮さん』って‥‥」
「あれ? 名前違ってたっけ?」
「いや違わないけど‥‥」
「やっぱり、年上の人だし、それに、悠の大切な人だし‥‥さっきは、失礼なこと言ってごめんなさい」
由香が頭を下げる。
「いや、こちらこそ‥‥悪かった」
二宮さんも頭を下げる。
二人同時に頭を上げ、二人で微笑み合う。
無事に仲直り出来たみたいだ‥‥と思っていると、
「でも、悠のこと、譲る気なんてさらさらありませんから」
由香がそんなことを言う。
「おい、由香!」
「二宮さんも悠が好きなのかも知れませんけど‥‥私だって悠が好きです。二宮さんには負けません。悠を賭けて、正々堂々勝負です」
「勝手に人を賭けるなよ!」
「む、望むところだ」
「二宮さんまで!」
「ふふ‥‥油断してると、すぐに私の物にしちゃいますから」
由香が悪戯な笑みを浮かべた。