第三十九話 恋愛のやり方
旅館の大部屋に戻ると、既に奏が帰って来ていた。
「あ、お帰り! ちゃんといちゃいちゃして来たか?」
奏が笑顔で僕達に訊く。
「いちゃいちゃって‥‥」
まぁ、してたけど‥‥
「ラブラブでしたよ。何度もキスしてましたし」
沙羅さんが笑顔で僕達の代わりに言う。
「さ、沙羅さん!?」
真鈴が赤くなって慌てて沙羅さんに詰め寄る。
「言わなくていいっ!」
「すいません、つい正直に‥‥」
全く悪びれた様子を見せないまま沙羅さんが答える。
「三神さんと十文字は? まだ帰って来てないの?」
話題を変えようと僕が奏に訊くと、奏はギクッという表現がピッタリの、分かりやすいリアクションをする。
「へ、部屋にいるぜ」
「‥‥またなんか余計なことしたでしょ?」
僕が訊くと、さっきと同じリアクションをする。
「ナ、ナンニモ‥‥」
急に棒読みになる。
「‥‥三神さん達の部屋に行って来る」
僕がそう言って奏に背を向けると、奏が僕の腕を掴んだ。
「今は止めたほうがいいってマジで! ミカものんたんもかなりキテるし!」
「お前何やったんだよ‥‥」
「俺はミカとのんたんが上手くいくように‥‥」
「余計なことしたわけか」
全くこいつは‥‥
「だって! じれったいんだよ! 両方ともお互いのこと好きなくせに! いつまでもうじうじして! もったいないだろ!?」
奏が真剣な表情で叫ぶ。
僕は、何も言えなかった。
僕と真鈴が付き合うことが出来たのは、三神さんや、役に立ったかどうかは分からないけど、奏が真鈴をサポートしてくれたからだ。
奏のその思いが、僕と真鈴を引き合わせてくれた。
だから、何か言う資格なんてなかった。
真鈴もそう考えてるのか、黙って何も言わない。
部屋の中が沈黙に包まれる。
「たとえそうだとしても‥‥」
口を開いたのは沙羅さんだった。
「たとえそうだとしても、恋愛のやり方は人それぞれです。どう考えたって上手くいかないって思っても、それも一つの恋愛の形なんです。どんなに下手な恋愛でも、無駄にはならないんですよ」
「じゃあ、俺、余計なことを‥‥」
奏の目が潤み、顔がゆがむ。
沙羅さんは奏に近づき、そっと、自分の子供にそうしてあげるように、優しく抱きしめる。
「奏さんのやった事が間違いだとは思いません‥‥お嬢様と一之瀬さんをくっつけたのは奏さんと葉のサポートがあったからですし、葉は私の娘ですから、幸せになって欲しいです。でも‥‥どんな答えであっても、あの子が出した答えが正解なんです。だから‥‥あまり急かさないであげて下さい」
沙羅さんは、子供に言い聞かせるような優しげな声で言った。
奏は、黙っていた。
声を出す代わりに、沙羅さんに抱き着き、顔を埋めた。
奏は、泣いているように見えた。
僕と真鈴は、料理が出来るまで自分達の部屋に戻ることにした。
「僕達、どうしたらいいんだろ‥‥?」
部屋に戻る途中、廊下を歩きながら僕は真鈴に訊いてみた。
「仲直りして欲しいとも思う‥‥だが無理矢理仲直りさせるのもダメだと思う‥‥だから正直、どうすればいいのか分からない。悠は‥‥どうしたい?」
真鈴は僕に訊き返してきた。
「僕は‥‥やっぱり、仲直りして欲しいって思うけど‥‥なんかあの二人だったら、何もしなくても仲直りするような気がするんだよね」
三神さんはよく分からないけど、十文字は自分がよく他人を怒らせると言うことを自覚してるから他人と仲直りする方法に詳しい。
だから、きっとすぐに仲直り出来るはずだと思う。
「それならいいが‥‥」
「もし、どうしてもダメなら、その時は僕達が手を貸してあげればいいんだと思う‥‥まぁ、さっき沙羅さんに言われて思ったんだけどね」
僕がそう言って廊下の角を曲がる。
角を曲がってすぐの部屋が僕達の部屋だった。
僕が部屋の扉を開けようと手をかけると、聞き覚えのある声がした。
「ゆ、悠様!」
いつも冷静沈着な月さんが珍しく慌てた様子で走りながらかなり大きな声で僕の名前を呼んだ。
「月さん、どうかしたんですか?」
僕が訊くと月さんは息をなんとかととのえ、絞り出すような声で言った。
「‥‥結衣様が‥‥結衣様が‥‥倒れ‥‥ました‥‥っ!」