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僕の恋人  作者: 織田一菜
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第三十八話 本当の自分

今回はわりと長めです。

「美味しかったね」


悠は笑顔で私に言う。


昼食は二人一緒に近くのファミリーレストランで食べた。


私が食事代を払おうとすると、悠が自分が払うと言って聞かず、結局奢ってもらった。


「今度はどこに連れて行ってくれるんだ?」


店から出てすぐ手を繋ぎ直し、私が悠に訊く。


まだ手を繋ぐと少しだけ頬が熱くなる。


「うーん‥‥どうしようかな‥‥"あの場所"は最後にしたいし‥‥」


「"あの場所"‥‥?」


「あ、うん。絶対に行きたい場所があるんだ」


「なら今行けば‥‥」


私がそう言うと悠は首を横に振る。


「今行くとダメなんだよ」


「夜景か‥‥?」


「違うよ。ま、楽しみにしててよ」


悠は笑顔でそう言う。


その笑顔は、とても楽しそうだった。


だから、結衣さんが来る前に悠が言おうとしたことを、つい訊きそびれてしまった。




「真鈴、疲れてない?」


「あぁ、大丈夫だ」


昼食を食べ終わり、あちこちを歩き回って時間を潰した後、悠が連れてきたいと言っていた"あの場所"に向かった。


その場所は高い丘の上にあるらしく、かなり長い間歩いていた。


「この先、何があるんだ?」


「内緒。行ってからのお楽しみだよ」


私が訊くと笑いながらそう答える。


丘の頂上の手前まで来た。


「真鈴、目をつぶってくれる?」


「え?」


「見えない方がびっくりすると思うんだ」


「それは‥‥そうだろうが‥‥」


目をつぶって歩いたら危なくないだろうか。


「大丈夫。ちゃんとエスコートしてあげるから」


悠はそう言って私の手を引く。


「‥‥分かった」


どうせ渋ってもいつものあの顔をされれば断れなくなるのだ。


私は素直に目をつぶり、悠が私の手を引きながらゆっくりと歩く。


しばらくして、悠が立ち止まった。


「目、もう開けていいよ」


悠に言われた通り、目を開ける。


すぐに、悠が勿体振っていた理由が分かった。


そこは、花畑だった。


ただの花畑ではなく、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色が、虹のように色ごとに集まって咲いていた。


「綺麗‥‥」


「でしょ?」


私が呟くと悠が手を繋いだまま言う。


「ここ、この時間じゃないと全部揃って咲かないんだ」


「だから‥‥時間を気にしてたのか?」


「うん。そういうこと‥‥気に入ってくれた?」


私が頷くと悠は満足そうに笑った。


「これを見せるために‥‥ここに連れて来てくれたのか?」


私が訊くと悠は少しの間考えこむ。


「うーん‥‥まぁ、それも一つだけど‥‥」


悠はそこまで言うと私の方を向いた。


「母さんに言われたんだ‥‥『本当に心の底から"大事な、特別な人"だって思える人に出会ったら、この場所に連れて来なさい』って」


悠はそう言うと微笑む。


「ここ、今まで誰にも教えたことなんてなかったんだよ」


「それって‥‥」


「真鈴は僕の‥‥初めての"特別な人"だから」


悠は少しはにかみながら言う。


気付くと私は、悠を抱きしめていた。


「ま、真鈴‥‥く、苦しいんだけど」


悠が私の背中を軽く叩きながら小さい声で言う。


「あ、ごめん‥‥」


すぐに悠から離れると、悠は大きく深呼吸をした。


「危なかった‥‥真鈴が告白してくれた時みたいに気絶するかと思った‥‥」


「あ、あれは、私も緊張してて‥‥」


言いながら頬が熱くなるのを感じる。


「真鈴、顔真っ赤だよ。あの時と一緒だ」


悠が悪戯っぽく笑いながら言う。


「ゆ、悠が昔のこと言うから‥‥」


「昔って‥‥まだ一ヶ月も経ってないよ?」


確かにそうだ。


私が悠に告白してから、まだ3週間程しか経ってない。


あまりにも今までにないことが起こり過ぎて、もう告白したのがずっと前のように感じていた。


「あの頃と比べて、真鈴は僕の前じゃなくても感情が上手く出るようになったね」


「そ、そうか?」


私には全く実感がない。


「うん。ちょっとだけだから、みんなは気がついてないかもしれないけど‥‥僕には分かるよ」


悠はそう言って私の手を握った。


「私のこと‥‥いつも見てくれていたんだな‥‥」


「当たり前でしょ。真鈴は僕の"特別な人"なんだから」


悠が微笑む。


「悠‥‥ありがとう」


私はもう一度、今度は優しく悠を抱きしめた。


悠もゆっくりと私の背中に腕を回す。


「真鈴‥‥暖かいね。ポカポカする」


「心が冷たいからな」


「そんなことない」


私が自虐的に語ると、悠は少し怒ったような声で言った。


「さっきも言ったでしょ。真鈴は本当は心の暖かい人だって。それを伝える手段を知らなかっただけなんだよ。だから‥‥そんなこといっちゃダメ」


悠は私を見上げながら言う。


本気で怒っているようだった。


「ああ、分かった。もう言わない」


私がそういうと、悠は笑顔に戻る。


「‥‥なぁ悠」


私は勇気を出して訊いてみることにした。


「何?」


「何でさっき‥‥あんなこと言ったんだ?」


「あんなこと‥‥?」


「悠より私のほうが‥‥心が暖かいって‥‥」


「ああ、あれ? そのままの意味だよ。真鈴は心の中では色んな感情を持って、それをなんとか表現しようとしてる。僕は‥‥それさえ出来ないから」


「‥‥どういう意味だ?」


私が訊くと、悠は私の背中に回していた腕を離し、私から離れる。


「僕は小さい時から‥‥結衣に育てられてきた。結衣は自分にも他人にも厳しい人で‥‥僕も厳しくしつけられた。結衣は、『人前でむやみやたらに感情を出さないように』っていつも言ってた。だから、僕は自分の気持ちを隠し続けて‥‥そのせいで僕は自分の本当の気持ちを見失った‥‥嬉しいとか悲しいとか、そういう感情を殆ど持てなくなった」


「でも‥‥悠はあんなに笑ってたし‥‥それに困ってた人がいたら助けてた」


私が告白してからだけじゃない。


私が城羽に進学してからずっと、悠は仲間達と笑っていた。


私が城羽に進学する前からずっと、困ってる人がいたら助けていた。


「笑ってたのは‥‥空気を読んで‥‥今はどういう顔をすべきなのかを考えて、その通りに"演技"してただけ。困ってた人を助けて来たのは‥‥そう育てられたから。今までずっとそうしてきたし‥‥これからもずっとそうなるって思ってた‥‥真鈴と出会うまで」


悠はそこまで言うと、私の手を軽く握った。


「でも、あの日、真鈴に出会って‥‥一緒に歩いて‥‥初めてドキドキした。久しぶりに心の底から笑えた。入学の日‥‥真鈴を見つけて、久しぶりに嬉しいって思った。今思うと、多分真鈴に告白されるよりも前に僕は‥‥ずっと真鈴に惚れてたんだと思う」


悠はそこまで言うと、私の目を見る。


吸い込まれてしまいそうな、綺麗な瞳だ。


「真鈴は‥‥僕と一緒に居たら自分の感情を素直に出せるって言ってくれたけど‥‥それは僕も同じ。本当の自分を出せるのは真鈴の前でだけ。頑張って外に出さないようにしても‥‥時々抑えられなくなっちゃうくらい‥‥自分の感情が出せるのは‥‥真鈴は僕の‥‥大切な‥‥"特別な人"だから」


悠はそう言うと、私の手を引いた。


私はバランスを崩し、悠に覆いかぶさるように倒れる。


その瞬間。


悠と私の唇を重なる。


「これだけ身長差があると、こうしないとキス出来ないね」


私が驚いて離れた後、悠はそう言って苦笑いして、照れ臭そうに頭をかく。


「ゆ、悠? どうしたんだ急に‥‥」


「真鈴‥‥昨日言ってたでしょ。僕に愛されてるか不安だって‥‥だから、僕が真鈴をどれだけ愛してるか、教えてあげようと思って」


悠は悪戯っぽく笑い、もう一度キスをして来る。


柔らかい唇が私の唇に触れるたび、顔どころか全身が熱くなる。


「だ、だからって、こんな‥‥」


「"好き"って言葉だけじゃ‥‥僕がどれだけ真鈴のこと想ってるか分かんないでしょ? それに‥‥」


悠は周りをキョロキョロ見渡し、少し大きめな声で言った。


「隠れてこっちを見てる沙羅さんもこのくらいやらないと納得しなさそうだし!」


「え?」


初め、何故沙羅さんの名前が出て来るのか、意味が分からなかった。


だが、私達の死角になる部分から沙羅さんが現れて、ようやく分かった。


「もしかして‥‥沙羅さん、ずっと覗いてたのか?」


私が尋ねると沙羅さんはバツの悪そうな顔をする。


「えーっと‥‥」


「呉服店出て来た時にはもう着いて来てたよ」


悠は全く気にしていない様子で言う。


ずっと見られているのが嫌じゃないだろうか。


「な、何で‥‥」


「お嬢様が初デートするっておっしゃらるので‥‥心配になって‥‥最近の高校生は性の乱れが激しいって言いますし」


「せ、性の乱れって‥‥」


「私達がそんなことするわけない!」


私達が殆ど同時に答える。


「分かりませんよ、二回も一晩一緒に寝てますし、そろそろ次のステップに行く頃かも‥‥」


二回も一緒に寝たのは沙羅さんと奏のせいなのだが‥‥


「まぁ、私の考え過ぎだったみたいですね。キスしたり抱き合ったりするだけであれだけ恥ずかしそうですから‥‥初々しかったですよ」


沙羅さんは私達を笑いながら見て言う。


「そろそろ戻りませんか? これから歩くと外結構暗くなりますし‥‥」


悠がそう言うと沙羅さんがポケットから携帯を取り出し、時間を確認する。


「そうですね‥‥では、戻りましょうか」


沙羅さんがそう言って後ろを向いて歩き始める。


ちょうどその時、いいことを一つ思いついた。


(悠、ちょっとこっち向いて)


私はしゃがみ、悠に小声で話し掛ける。


「ん? どうかしんむ!?」


悠がこっちを向いた瞬間に悠の唇にキスをして、抱きしめる。


「ど、どうしたの急に‥‥」


私が悠を解放すると、悠が顔を赤くしながら訊いて来る。


「‥‥さっきのお返しだ」


私は笑顔で答える。


顔が燃え上がるくらい熱い。


「そんなに赤くなるくらいならやらなきゃいいのに‥‥」


悠は少し呆れたような顔をする。


「いいんだ‥‥恥ずかしいけど‥‥これが本当に私がしたいことだから」


私はそう言って立ち上がる。


全身が汗をかくくらい熱くなっていた。


「‥‥そっか」


悠はそう言うと、私の手を握った。


「帰ろっか」


悠はそう言うと、私に微笑みをくれた。

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