第三十七話 選んだのは
今回は短めです
「二人共、ありがとね! 凄く助かったわ! はいこれお礼!」
呉服店で写真を撮り終え着替えると、女性に白い封筒を渡された。
中には多額のお金が入っていた。
「え、これ‥‥」
「多過ぎますよ!」
私と悠がそう言うと女性は首を横に振ってニヤリと笑う。
「私の気持ちよ。それに‥‥いいもの見せてもらったし」
その言葉で私はさっきの出来事を思い出す。
つい自分達の世界に入ってしまって、他人がいるのを忘れてしまった。
‥‥恥ずかしくて死にそうだ。
悠を見ると、悠も顔を赤くしている。
「じゃ、また二人で来てよ。今度はお客さんとしてさ」
女性はそう言って微笑んだ。
「真鈴、まだ顔が真っ赤だよ」
女性に別れを告げ、しばらくしてから悠が私に言った。
悠はもういつもの調子を取り戻していた。
「悠は何で‥‥そんなに冷静でいられるんだ? 私は悠といると‥‥いつもの私じゃいられないくらい動揺して‥‥冷静じゃいられなくなるのに‥‥」
私がそう訊くと、悠は少し考えてから口を開いた。
「僕だって冷静じゃないよ。僕は取り繕うのが上手いだけだよ」
悠はそう言って立ち止まり、私の手を両手で包んだ。
「ゆ、悠?」
「でも、真鈴は‥‥僕なんかよりずっと‥‥心が温かいんだと思うよ」
「何を言ってるんだ。私がなんて呼ばれているか‥‥知っているだろう?」
私がそう言うと、悠は首を横に振る。
「真鈴は‥‥自分の中の感情に嘘をついてないでしょ? それが表に出てないだけでさ」
「それって‥‥」
どういうことだ――
私がそう訊こうとした時、背後から聞き覚えのある冷たい声がした。
「あら、悠と真鈴じゃない?」
振り向くと結衣さんと月さんが立っていた。
「結衣‥‥どうしてここに?」
「散歩よ、月にさそわれてね。だから貴方達と出会ったのは偶然だと思うわ」
結衣さんはそう言うと月さんの方を見る。
「珍しいね、結衣がそんなにのんびりしてるなんて」
「月に無理矢理休まされてるのよ‥‥こんなに休んだら逆に体鈍っちゃうわよ」
「結衣様は働き過ぎです。だいたい‥‥」
「あぁ、もう、分かってるわよ。もう耳にタコが出来るわ‥‥そんなことより」
結衣さんは私と悠が繋いだ手を見る。
「結局‥‥私の話を聞いて、それでもあなたはその子を選んだのね」
「悠は‥‥私を選んでくれた。私を好きだと言ってくれた。だから私も悠を選ぶ。悠が許してくれる限り、ずっと悠の側にいる‥‥たとえ、どんなことがあろうとも」
「その『好き』の言葉が‥‥どんな意味の『好き』だとしても?」
「ふざけたこと言うなよ」
結衣さんが私を見ながら言うと、悠が割って入った。
「もう僕は‥‥結衣と一緒にいた頃の僕じゃない。変わったし、成長もした。真鈴と出会って‥‥本当に人を『好き』になるってことを知った。もうあの頃とは違うよ」
悠は少し怒っているようだった。
「‥‥そう。なら、せいぜい頑張りなさい。もう二度と傷つけたらダメよ」
結衣さんはそう言って私達に背を向けた。
そのほんの僅かな瞬間。
結衣さんの口元は緩んでいた。
ほんの一瞬しか見えなかったが、確かに微笑んでいた。
結衣さんはそのまま立ち去り、月さんが私達に頭を下げて結衣さんについていった。