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僕の恋人  作者: 織田一菜
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第三十三話 真鈴の恋人

お風呂から上がった後の真鈴はどこか変だった。


心ここにあらずといった感じで、どこかぼーっとして、呼ばれてもなかなか返事をしない。


夕食の間中ずっとそんな感じだった。


「じゃ、部屋割り決めるか」


夕食を食べ終わった後、奏が急に言い出した。


「部屋割り? 何の?」


「俺達の寝る場所だよ」


僕が聞くと奏は何聞いてんの? と言わんばかりに答える。


「僕達の寝る部屋ここじゃないの?」


「ああ、ここの他に三部屋取ってあるんだよ。無料券が使えるのはそっちの部屋で、この部屋は金払って借りたんだよ。言ってなかったっけ?」


「初めて聞いた」


「ま、そういう訳だから‥‥ほら、くじ引いて決めるぞ」


そう言って奏が取り出したのは大きな段ボール箱だった。


真ん中に穴があり、そこから中にあるくじを引くシステムなんだろう。


「数字が同じ人が同じ部屋だからな」


「ってかわざわざそんなことしなくても、一之瀬君と十文字、私とお母さん、真鈴と奏が同じ部屋になればいいんじゃないの?」


「それじゃつまんないだろ! ほら、早く引いて!」


「何でこんなこと‥‥」


三神さんはぶつぶついいながら奏が持ってる箱からくじを引いた。


「じゃあ次は悠!」


奏が僕の方を向く。


引いたくじは2番だった。


僕の後は沙羅さん、十文字が引き最後に真鈴の番になった。


「ニーノの番だぜ!」


奏がそう言って真鈴の方を向くが真鈴は気がついていない。


「おい、ニーノ!」


「! な、何だ?」


「くじ、ニーノの番だぜ」


「くじ? 何のだ?」


「だから部屋割りのくじ! 聞いてなかったのかよ!」


「あ、ああ、ちょっと考え事を‥‥」


真鈴はそう言いながらくじを引いた。


「じゃあこれで全員引いたな? じゃあ確認しようぜ」


奏はそう言うと残ったくじを引き僕達の方に見せる。


「私と一緒ですね」


沙羅さんが笑みを浮かべて自分の引いた紙を見せる。


「わ、本当だ! やったー!」


奏が沙羅さんに飛び付く。


いつの間にそんな仲良くなったんだろう?


「おい、奏!」


「ふふ、構いませんよ」


僕が奏に注意しようとすると沙羅さんが笑顔で止める。


「すいません‥‥」


「いいんですよ、私も娘が増えたみたいで嬉しいですし」


「そしたら奏が妹か‥‥嫌だな‥‥」


三神さんが呟いたけど、奏には聞こえなかったみたいで特に反論したりしなかった。


「三神さんは何番でしたか?」


「私? 1番よ」


三神さんがそう答えると十文字が「うっ‥‥」と小さな声を漏らす。


「あんたまさか‥‥」


三神さんが十文字のくじを奪う。


「何でよりによってあんたとなのよ!!」


「俺が知るか!! 俺に文句言うな!!」


「じゃあ僕は真鈴とか‥‥よろしくね」


「ん、ああ‥‥」


真鈴は浮かない顔で返事をした。




僕達は奏に案内された部屋に入った。


部屋は和室で、防音でもされてるのか廊下で口論していた三神さんと十文字の声が殆ど聞こえない。


まだ真鈴はぼーっとしてる。


「とりあえず布団敷こうか」


僕は真鈴に向かって言ったけど真鈴は聞こえてないのか返事をしない。


僕はひとつ溜息をついて押し入れを開けた。


「‥‥無い」


布団も枕も一人分しかない。


旅館の人が間違ったんだろうか。


「聞いてみなきゃ‥‥真鈴も行く?」


僕は一応真鈴に訊いたけど、やっぱり真鈴は答えなかった。


僕が廊下に出ると、三神さんも外に出ていた。


「‥‥一之瀬君の部屋も布団なかったの?」


「もってことは‥‥三神さん達の部屋も?」


僕が訊くと三神さんは頷いた。


「一人分しかないわ‥‥旅館のミスかしら?」


三神さんは首を傾げる。


「とりあえず聞いてみましょう」





そういう訳で僕達は旅館のリネン室に訊きに来た。


「すいませーん」


「はいはい、どうされましたか?」


出て来たのは優しそうなお婆さんだった。


「布団が一組足りないのですが」


「布団が? どこのお部屋ですか?」


「藤の間と‥‥一之瀬君の部屋は?」


「萩の間です、確か」


僕達がそう答えるとお婆さんは不思議そうな顔をした。


「藤の間と萩の間ですか‥‥? それなら御予約をもらった際に『布団は一組でいい』と言われたので‥‥」


「‥‥はい?」


「なんとも不思議なご注文だな、とは思ったのですが‥‥」


予約をしたのは奏だから、おそらく奏が仕組んだ事だろう。


「あんの馬鹿‥‥っ!」


「今、他に布団ありますか?」


僕がお婆さんに訊くとお婆さんは首を横に振った。


「それが‥‥今ちょうど全部洗濯しているところで‥‥」


「嘘‥‥」


「御用はお済みですか?」


「あ、はい‥‥ありがとうございました」


僕がそう言うとお婆さんは微笑んでリネン室の奥に戻っていった。


「‥‥どうします?」


「とりあえず‥‥どういう訳か奏を問い質すわ」




その後僕、三神さん、十文字の三人で奏を問い詰めた。


奏によるとこうしたのは「ちょっとした悪戯」だそうだ。


ちなみに奏の部屋も布団は一人用しかなかった。


「私どうやって寝れば良いのよ‥‥」


「どうやってって‥‥一緒に同じ布団に寝ればいいだろ?」


「いいわけないでしょ!」


「いいわけないだろ!」


奏の言葉に三神さんと十文字が同時にツッコミを入れる。


「何で?」


「何でって‥‥その、倫理的に‥‥付き合ってもない異性が同じ布団で寝るのは‥‥」


「逆じゃねぇの? 好きな異性同士が同じ布団で寝たら間違いが起こるかもしんねぇけど、そうじゃない異性だったら別に同性と寝るのと変わんないだろ」


「何その理論‥‥」


僕の呟きは奏の耳には届かない。


「そんなに寝るの嫌ってことはやっぱり十文字のこと‥‥」


奏がニヤつきながら訊くと、三神さんの顔が一瞬で真っ赤になる。


「だから! 別に好きじゃないって言ってるでしょうが!」


「だったら一緒に寝ても大丈夫だろ?」


奏が挑発するように訊くと、三神さんはしばらく考えてから答えた。


「‥‥いいわよ、寝てやろうじゃないの」


「おい、三神!?」


十文字の声は三神さんに届いていない。


「ほら、行くわよ十文字!!」


三神さんが十文字の手を掴む。


「ちょ、お前、待てって!」


三神さんはそのまま十文字を半ば引きずるようにして部屋を出て行った。


「さて、どうなるかなぁ、あの二人」


「どうなるでしょうね」


奏と沙羅さんがニヤニヤしながら言う。


「二人共楽しそうですね‥‥」


僕の呟きはまたしても二人の耳には届かなかった。




僕が部屋に戻ると真鈴は布団を敷いていた。


「悠、どこに行ってたんだ? 勝手にどこかに行ったら心配するだろう?」


真鈴がそんなことを言う。


やっぱり聞いてなかったみたいだ。


「リネン室。布団が一人分しかなかったから」


「そうだ、布団が一人分しかないんだが‥‥」


真鈴が今更そんなことを言う。


僕は今まであったことを全部真鈴に話した。


「そうか‥‥じゃあ、また一緒に寝るか?」


真鈴がそう訊いてきた。


「うん、しょうがないね」


僕がそう答えると真鈴が暗い顔をした気がした。


「じぁあもう寝る? することもないし‥‥」


僕が真鈴に訊くと真鈴は頷いた。


僕達は電気を消して布団に入る。


そのまま静かな時が流れる。


僕がうとうとしてると、真鈴が話し掛けて来た。


「悠‥‥起きてるか?」


「まだ寝てないよ」


僕がそう答えると真鈴が僕の方を向いて僕に密着する。


真鈴の顔が目と鼻の先にある。


「真鈴‥‥?」


「悠は‥‥私のこと、好きか?」


「うん、好きだよ」


「愛してるか?」


「いきなりどうしたの?」


目と鼻の先にある真鈴の表情は真剣そのものだった。


「愛して‥‥くれているか?」


真鈴がもう一度訊く。


「なんか変だよ真鈴、お風呂でなんかあった?」


「‥‥何でもない」


僕が訊くと真鈴はぶっきらぼうに答えた。


「‥‥嘘でしょ」


「嘘じゃない」


「真鈴、嘘つくと目尻が下がるって気がついてる?」


僕がそう言うと真鈴は目尻を押さえた。


「‥‥やっぱり嘘なんじゃん」


「カマかけたのか‥‥」


「何があったの? 正直に話してよ」


「温泉で結衣に会って‥‥結衣さんに‥‥悠が私を好きなのは『友人』として好きってことで‥‥『女』として好きってことじゃないって‥‥言われた‥‥」


僕が訊くと真鈴は意を決したのか真剣な表情のまま話した。


「‥‥結衣がそんなこと言ったの?」


僕がそう訊くと真鈴は頷いた。


僕は思わず溜息をつく。


「あのさぁ‥‥そんなわけないでしょ。結衣が知ってる僕は1年前の‥‥真鈴と出会う前の僕だよ。今はもう違う」


「でも‥‥」


「でも‥‥?」


「でも‥‥悠はみんなに優しくて‥‥困ってたら誰にでも手を貸して‥‥私だけじゃなくて由香さんとも寝て‥‥千賀さんに抱き着かられた時も‥‥『恋人がいるから』って言わなかったし‥‥悠は‥‥私を特別と思ってない」


「そんなこと‥‥」


僕がそう言いかけるとふいに真鈴が僕を強く抱きしめた。


「ちょ、真鈴、痛い、苦しい‥‥」


「‥‥不安‥‥なんだ」


真鈴が消え入るような声で呟く。


「え?」


「不安なんだ‥‥私は‥‥葉みたいに胸大きくないし、奏みたいに笑えないし、千賀みたいに明るくないし、百武さんみたいにかっこよくないし、由香さんみたいに綺麗じゃないから‥‥悠とは釣り合わないし‥‥」


真鈴の声が涙声に変わる。


「本当は悠は‥‥私を他の人より特別に見てないんじゃないかって‥‥本当は‥‥私じゃなくてもいいんじゃないかって‥‥惰性で付き合ってるだけなんじゃないかって‥‥いつか‥‥見捨てられるんじゃないかって‥‥!」


僕の頬に冷たい物が落ちた。


「真鈴‥‥」


真鈴は、泣いていた。


「‥‥ごめん」


知らなかった。


真鈴がこんなこと思ってるなんて。


真鈴がびっくりくらい自分に自信がないことは知っていたのに。


真鈴が自分のことが嫌いなのを知っていたのに。


気がつかなかった。


いつでも気付けたはずなのに。


気がつけなかった。


でも‥‥


「真鈴、一個気がついてないことがあるよ」


「え?」


真鈴がそう訊いた瞬間に真鈴の口を僕の口で塞ぐ。


すぐに離れると真鈴がきょとんとしている。


「僕が初めてキスをしたのは‥‥真鈴が告白してくれた日だよ」


「それって‥‥?」


「キスの相手は‥‥真鈴だよ。それから僕はずっと‥‥真鈴にしかキスしてないよ」


そしてもう一度キスをする。


「悠‥‥」


「真鈴が‥‥笑えないって思ってても、明るくないって思ってても、かっこよくないって思ってても、綺麗じゃないって思ってても‥‥僕は真鈴が世界で一番好き。世界で一番愛してる。当たり前でしょ? 真鈴は‥‥僕の恋人、なんだから」


僕がそう言うと真鈴の顔が赤くなる。


「僕も‥‥不安だったんだ。僕はフミみたいに可愛くないし、雄祈みたいにかっこよくないし、十文字みたいに背が高くないし、京極君みたいにお金持ちじゃないし‥‥釣り合わないのは僕の方だよ」


「そんなこと‥‥」


「でも、それでいいんだと思う」


「え?」


真鈴が不思議そうな表情をする。


「どっちも釣り合ってないと思ってるから‥‥釣り合うように努力するんじゃない?」


「‥‥そうだな。きっと、そうだ‥‥ごめん、悠‥‥」


「謝ることないよ」


僕がそう答えると、真鈴が世界で一番可愛い微笑みを見せてくれる。


「ありがとう、悠」


真鈴はそう言うと僕にキスをした。


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