第三十二話 友達? 恋人?
「騒ぎ過ぎて疲れたから先に出る‥‥」
「私もお先に失礼させてもらいます」
そう言って奏と沙羅さんは先に出た。
「疲れた‥‥」
葉はぐったりしている。
「葉‥‥大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわよ‥‥本当にアイツは‥‥」
葉はそう言って私の隣に来て湯舟の縁に頭をのせた。
「のぼせたりしてないか?」
「それは大丈夫だけど‥‥」
葉が答えたその時、出入り口の扉が開いた。
「あら、また会ったわね‥‥えっと、二宮真鈴と三神葉‥‥で合ってる?」
結衣さんだった。
後ろには月さんもいる。
「はい、合ってますよ」
葉が答える。
「そう、良かった」
結衣さんはそう言うと微笑む。
二人は体を洗い、私達の向かい側で湯舟に入った。
二人とも服を脱ぐと、抜群のプロモーションが直に見える。
絶対葉よりも凄いな‥‥
そんなことを思っていると、結衣さんが私達のことをじーっと見てることに気がついた。
「‥‥どうしたんですか?」
葉が結衣さんに尋ねる。
「二人共、凄くスタイルいいな、って思って」
「そんなこと‥‥結衣さんこそ、スタイル良いし、胸も大きいし‥‥」
「別に大きいからって良いもんじゃないわよ。下着とか服とか選ぶの大変だし、肩こるし‥‥」
奏が聞いたら物凄く怒りそうなことをあっさりと言ってのける。
「あなた達みたいにバランスが良い方が男も喜ぶんじゃない? スレンダーで、出るとこだけ出て‥‥それに顔も良いしね‥‥どうして悠を選んだの? あなたほどの女性なら‥‥もっと良い男選べたでしょ?」
結衣さんはそう言って私に微笑む。
さっき見た時は普通の笑顔に見えたが、奏の話を聞いた後では、どこか冷たい感じがする。
「それは‥‥悠と一緒にいれば‥‥悠の笑顔があれば‥‥私は素の自分をさらけ出すことが出来るから‥‥」
私は正直に答えた。
「でもそれって恋人じゃなくて友人でもいいわけでしょ? なんで付き合ってるの?」
「何がおっしゃりたいんですか?」
私が訊く前に葉が尋ねた。
「‥‥単刀直入に言えば、別れて欲しいのよ、悠と」
結衣さんは真剣な表情にそう言った。
「‥‥何を言ってるんだ?」
「別れて欲しいというか‥‥別れたほうがあなたのためだと思うわ」
「どういう意味だ」
私が訊くと結衣さんが冷たい表情で答える。
「悠はきっとあなたに好きって伝えただろうし、実際にあなたのことが好きだと思うわ。でもそれは『友人』としてあなたが好きってことで『女』として好きってことじゃないわ。あの子は‥‥『異性』を愛するということを知らないのよ。私や由香みたいに家族とは別視しても‥‥あなた達二人に差なんて殆どないわ」
結衣さんは私と葉を見比べて言う。
「そんなこと‥‥!」
「ありえないって言い切れる? あなたがしてもらったこと‥‥たいていは他の誰かもしてもらったんじゃない?」
私は何も言い返せなかった。
悠は、私だけを特別な人とは見なかった。
困っている人や動物がいれば、躊躇なくそれを助けた。
千賀さんに抱き着かれても、『恋人がいるから』ではなく『暑苦しいから』と言って拒否をした。
私だけでなく、由香さんとも一緒に寝ていた。
私だけでなく、皆に笑顔を見せていた。
「あの子は前の学校に居た時も‥‥けっこう女子に人気あったらしいわ。あの子は気がついてないんだろうけど‥‥可愛いし、優しいし、運動出来るし、いざって時には頼りになるし‥‥漫画の主人公みたいだったから。それでも誰にも告白されなかったのは、悠が誰に対しても同じ態度を取ってたから。あの子と付き合っていけば‥‥あなたはきっとあの子の優しさに傷つけられる」
「そんなことはない!」
「じゃあ、あなたは‥‥もし他の女の人のために悠が怪我しても、あなたは我慢出来るの? 悠は他人のために自分を犠牲にするような子よ‥‥あなたの知らない女の人のために大怪我する、なんてこともありえない話じゃないわ」
「それは‥‥」
そんなこと、我慢出来るわけがなかった。
私のために傷つくことさえ嫌なのに、私じゃない、私の知らない女性を助けて怪我をするなんて、絶対に嫌だった。
「ま、今のは私のアドバイスだから。あなたがどうしようとあなたの勝手だけどね」
結衣さんはそう言うと壁にかけられた時計を見る。
「ちょっと長湯しすぎたかしら‥‥」
そう言って結衣さんが立ち上がると、少しふらついた。
「結衣様!」
「大丈夫よ月‥‥疲れとるために入浴して逆に疲れちゃったら意味ないわね」
結衣さんは苦笑すると脱衣所の方に歩いて行く。
すぐに月さんも結衣さんの後を追う。
「真鈴、あんな言葉、気にすることないわよ。あなた達はどっから見てもラブラブなカップルだから」
葉が励ましの言葉をくれる。
「ああ‥‥」
私はそう答えたが、頭の中は結衣さんに言われたことで頭がいっぱいだった。