第二話 保健室にて
気付くと、僕はベットの上にいた。
「だ、大丈夫か?」
隣にいた二宮さんがすぐに声をかけてくれた。
ずっと、手を繋いでくれていたみたいだ。
「起きたみたいだな」
奥から眼鏡をかけ、白衣を着た女の人が出て来た。
この人は確か‥‥
「保健医の七瀬葵だ。よろしくな、一之瀬悠」
七瀬先生は笑いながら右手を差し出してくれた。
「え、何で‥‥」
僕の名前を知ってるんだろう?
「あ、ボクが教えたんだ」
七瀬先生の後ろからフミが顔を出す。
隣には八雲も一緒だ。
「びっくりしたよ、いきなり倒れたって聞いたから‥‥もう大丈夫? 立てる?」
フミが心配そうに聞く。
「あ、うん‥‥」
そこまで言って、さっきのことを思い出して、二宮さんを見る。
二宮さんは恥ずかしそうに顔を赤くして横を向いた。
「ってか、告白どうなったの?」
フミがこっちを向いて聞く。
何も知らない二宮さんはびっくりした顔でフミの方を見る。
「ってか抱きしめられて気絶するって‥‥どれだけ初心だよ」
八雲が苦笑いしながら呟く。
「いや、あれは‥‥」
言い訳をしようとして気付いた。
「何でお前知ってるんだよ」
僕が八雲を睨みつける。
「いや、覗きに行ってないからな」
「俺が教えたんだよ」
八雲の脇からニュッと一人出て来た。
「奏?」
四条奏、俺と八雲の幼なじみで八雲の恋人。
一応金持ちのお嬢様だが、言葉使いはめちゃくちゃ悪いし、容姿も性格もかなり男っぽい。
一人称も「俺」だし。
「どうして奏が‥‥」
そう言ったのは二宮さんだった。
「知り合いですか?」
二宮さんに聞くと頷いて、「友達」と教えてくれた。
「いや~、告白して抱きしめてやればチェリーな悠はニーノの魅力でくらくらだーって言ったけど‥‥まさかこんなことになるとはねぇ~」
奏はニヤニヤしながら僕たちを見る。
ってかチェリーとか言うな。
「‥‥何で知ってるんだ?」
二宮さんが奏を睨みつける。
「そりゃあ最初から最後まで一部始終全部見てたから」
ガダリ、と音がした。
二宮さんが椅子から立ち上がった音がした。
「あ、あれニーノ‥‥目が怖いって言うか‥‥あはは‥‥」
奏がひきつった笑みを浮かべる。
「‥‥殺す」
二宮さんはそう呟いた瞬間、奏に向かって飛びつく。
奏はあっという間に地面に押し倒され、関節技を喰らっていた。
「ちょ、ま、ギブギブギブ!!! 腕とれるって!!」
「‥‥保健室ではお静かに」
「アンタが言うな!!」
奏が床をバンバン叩くけど、二宮さんはやめる気配がない。
僕とフミはぽかーんとし、八雲は二宮を止めようと近づいた瞬間に二宮さんに空いてる手で殴られ気絶、七瀬先生は八雲の手当てをしている。
そろそろ本当にマズいかも、という頃に、保健室の扉が開いた。
「遅いから何やってるかと思えば‥‥保健室で何やってんの!?」
僕のいる位置からは顔は見えなかったけど、彼女の声は知っていた。
三神葉さん。
学校にいる間ずっと二宮さんの側にいる二宮さんの幼なじみ‥‥らしい。
自己紹介の時そんなことを言っていたと思う。
性格も容姿も大和撫子な人だと思ってたけど‥‥今は随分荒れてるみたいだ。
「告白しに行ってから全然帰ってこないから‥‥中庭にもいないし‥‥あちこち探し回ったんだからね!」
「‥‥ごめん」
二宮さんが素直に謝る。
「うん、分かればよろしい‥‥で何やってるの? プロレス?」
「天誅」
「そ、そんな悪いこと‥‥してない‥‥」
奏はもう涙目で抵抗する元気も無くなってる。
ってか、十分悪いことしてるけどね。
「なんかよく分かんないけど、もう十分反省したみたいよ? やめてあげたら?」
「分かった」
二宮さんは三神さんの言う通りにする。
「うう‥‥」
奏は泣きそう‥‥というかすでに半泣き状態だ。
「だ、大丈夫か、奏?」
気絶から立ち直った八雲が聞くが奏は返事をしない。
「まぁ自業自得だろう」
七瀬先生がニヤリと笑いながら言う。
「で、どうなったんだ一之瀬?」
七瀬先生が僕の方を向いて聞く。
「なんで一之瀬君がここにいるの?」
三神さんはその時初めて僕がいることに気がついたようだった。
「二宮さんが奏に唆されて抱きしめたら悠が気絶した」
八雲が説明すると、三神さんはため息をついた。
「全く何やってんだか‥‥一之瀬君はそこ?」
「ああ、そうだ」
二宮さんがそう答えると、三神さんが僕のいるベットに近づき、ようやく僕の前に姿を現した。
凛々しい感じの二宮さんと違って、女性的な、可愛い感じの人だ。
「一之瀬君大丈夫?」
今日三度目の大丈夫に僕は頷く。
「ちょっと、話したいことがあるんだけど‥いい?」
「いいですよ」
「じゃあちょっと‥‥」
三神さんはフミの方を向く。
フミはそれで察したのかニコッと笑い、八雲達の方に行き、三神さんがカーテンを閉めた。
「どうしてカーテンを閉めるんだ?」
二宮さんがちょっと苛立ったように言うと、三神さんが顔だけカーテンの外に出して、
「ちょっと二人で話したいことがあるって言ったでしょ? 本当は保健室から出てって欲しいくらいよ」
と言う。
「別に二人きりじゃなくてもいいだろう」
「心配しなくても変なことはしないわ‥‥それとも、私に取られちゃうとか思ってる? 確かに私の方が愛想いいし、あなたより女性らしいしね」
三神さんが挑発するように言う。
「そんなわけない」
二宮さんはかなり苛々しながらそう返す。
「あら、ならいいじゃない? そんな心配してないならここにいなくても、ねぇ?」
僕から三神さんの顔は見えないけど、きっと三神さんは今悪戯っぽく笑ってるんだろうな‥‥
「‥‥分かった」
二宮さんがそう言うとガタンと言う音と誰かが(多分奏だろう)引きずられる音と扉が開く音が順番にした。
「じゃ、僕達も外にいるから」
「変なことするんじゃないぞ?」
フミと七瀬先生もそう言って出ていく。
八雲は多分奏を助けるために既に外に出ているんだろう。
自分より奏を大事にするような奴だし。
「さて‥‥」
三神さんがこっちを向いて微笑む。
いつも無表情な二宮さんと違って、この人は感情が豊かなようだ。
「えぇっと‥‥話って何ですか?」
僕が聞くと三神さんは真剣な顔になる。
「話というかお願いなんだけど‥‥あの子のことよ」
「二宮さんのこと‥‥ですか?」
「えぇ、そうよ‥‥いきなり告白されてびっくりした?」
「まぁ‥‥でも、嬉しかったです。あんなに綺麗な人が僕なんかに‥‥」
「あら、一之瀬君だってモテるでしょ? こんなに女の子みたいに可愛いのに」
褒めてくれるのはありがたいんだけど‥‥可愛いと言われるのは僕の二つのコンプレックス(低身長と女みたいな顔)を言われてるみたいであんまり嬉しくない。
「モテないですよ」
「またまた、そんなこと言って。私ならほっとかないよ? 今回は真鈴がいたから諦めたけど‥‥気付いてないと思うけど、あの子入学してから一之瀬君のことずっと見てたのよ」
「それ、嘘ですよね?」
「本当よ。暇さえあればずっと。まぁ初恋の相手だからしょうがないかもしれないけど‥‥」
「ふぇ?」
また間抜けな声が出る。
「初恋よ、初恋。あの子、今まで恋をされたことはあっても、恋をすることなんて一度もなかったんだから‥‥だからこの2週間大変だったのよ。あなたにどうやって告白するか考えたり、くじけそうになる真鈴を励ましたり‥‥奏も余計なこと言うし‥‥悪気はないんだろうけど」
三神さんがため息をつく。
確かに奏は無自覚で余計なことを言う癖がある。
「で‥‥OKしてくれたんでしょ? 抱きしめたってことは」
「えぇ‥‥まぁ‥‥」
抱きしめられたことを思い出すと顔が赤くなる。
「まぁ、真鈴のことだから抱きしめた時に首しめたとかそんなんだろうけど」
微妙に違うのだけど、そっちの方が都合がいい。
「な、七瀬先生には言わないで下さいね。二宮さん怒られちゃうし‥‥」
僕がそう言うと三神さんは少し驚いたような顔をした後、笑った。
「一之瀬君は本当に優しいのね。君なら真鈴と一緒にいられるかも」
「どういう意味ですか?」
三神さんはまた真剣な顔をする。
「さっきも言ったけど、真鈴は誰かと付き合ったことがないの。それどころか、まともに会話したこともないわ」
「意外‥‥ですね」
「周りの人が勝手に真鈴のイメージ作るからよ‥‥真鈴がなんて呼ばれてるか知ってる?」
「『氷の女王』‥‥ですか?」
「そう。でも実際の真鈴は氷のように冷たいわけでも、女王のように気位が高いわけでもないわ‥‥ただ他人との付き合いがとっても不器用なだけなの。だから‥‥出来るだけでいいの。真鈴と一緒にいて欲しいのよ」
「真剣にって‥‥」
「真鈴と一緒にいるのは大変よ。わがままはあまり言わないと思うけど、あの子、頭はいいけどその分、抜けてるトコあるし、付き合ったことないから、男女の関係とかよく知らないし‥‥一之瀬君を困らせることも多いと思う。嫌な気分にさせることもあると思うわ。それでも‥‥我慢出来る限りは、真鈴と一緒にいてあげて、人と人の付き合い方を教えてあげて欲しいの」
三神さんの表情は本気だった。
「勝手な言い分だけど‥‥お願い」
三神さんが頭を下げてくる。
「そこまでしなくても、僕の気持ちは最初から‥‥告白を受けた時から決まってます」
三神さんが僕の方を見る。
「‥‥僕は、二宮さんのことをよく知りません。でも、告白されて‥‥二宮さんが弱ったような顔を見て‥‥二宮さんのことをもっと知りたいって、思ったんです。二宮さんの色んな顔を見てみたいって思ったんです。多分‥‥僕も二宮さんに惚れたから、こんな思いを持ったんだと思います。だから、出来るだけなんかじゃなくて、ずっと一緒にいたいって思うんです。多分喧嘩とかも、しちゃうんでしょうけど‥‥そのたびに仲直りして、それまで以上に二人のことを知って‥‥多分そんな関係になりたいんだと思うんです」
僕の、僕自身の気持ちを三神さんに伝えた。
三神さんはそれを聞くと、微笑んでくれた。
「‥‥真鈴がちょっと羨ましいな」
「え?」
「そんなに自分のこと思ってくれる人なんて‥‥なかなかいないからさ」
三神さんはそう言うと、僕の方に一歩近付いて僕の顔見て、また真剣な顔つきになる。
「真鈴のこと‥‥よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ‥‥って、三神さん、二宮さんのお母さんみたいですね」
「まぁ‥‥真鈴が赤ちゃんの時からの友達だから‥‥真鈴には幸せになって欲しいの。だから‥‥お願いね。私も協力するから」
「協力?」
「うん。例えば‥‥」
三神さんはそう言ってカーテンを開ける。
すると、そこにはフミと七瀬先生がいた。
「こーいうのの排除とか」
「ふ、二人共‥‥な、何やってるんですか!?」
「何って‥‥盗聴?」
「どんなことを話しているか気になったしな。安心しろ、私達以外は聞いていないぞ」
「全く‥‥奏といいあなた達といい‥‥この学校はこんなのばっかなのかしら」
三神さんが呆れている。
「君の思いを知ってしまった訳だし‥‥私達も協力するぞ。楽しそうだしな」
七瀬先生がニヤリと笑う。
「100パーセント好奇心じゃないですか‥‥」
「でも利害一致してるでしょ? 悠が僕達の力を借りて二宮さんと一緒にいて、僕達も楽しむ。ほら、一石二鳥」
「まぁ、そうかも知れないけどさ‥‥」
「フミの言う通りだ。まぁ、心配するな。君達の恋路を邪魔しようって訳じゃないんだから」
「まぁ‥‥それならいいですけど‥‥」
その瞬間七瀬先生とフミの目がキラリと光った‥‥気がした。
「何をするかは知らないけど‥‥今日はもう帰らなきゃよ。もう下校時間だし」
時計を見るともう下校時間の6時になろうとしていた。
「うわっもうこんな時間!? 早く帰らなきゃ!」
僕が焦ってベットから降りようとすると、フミが僕を遮るように目の前に立つ。
「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。あの時計23分早いから」
「え、そうなの? ってか何で知ってるの? フミ、時計ないのに」
「忘れたの? 僕保健委員だよ」
フミがニコッと笑う。
「そうだったっけ?」
「そうだよ。まぁ悠は理科係を賭けた戦いしてたから分かんないだろうけど」
戦いっていうか、ただのジャンケンだけど。
理科係というのは、まぁ簡単に言えば理科の時間に何するか聞いて宿題集めるだけなんだけど、この学校の理科の先生は僕らの担任だから聞くの楽だし、何より「俺は宿題は出さない」という宣言をした後だったので、少しでも楽な係を選びたい奴はみんな理科係になろうとし、結果ジャンケンになり僕が勝利した。
まぁ実際は実験の手伝いや片付けがあって意外と面倒だったけど。
まぁそんなわけで僕は誰がどんな係になったのかは殆ど知らない(八雲と奏が僕とのジャンケンに破れ図書係になった以外は誰も知らない)。
「というか、23分も進んでるなら直しなさいよ‥‥」
「いや、面倒だろ? いつか元に戻るし」
いや、元に戻るのに後12時間かかりますが‥‥
「昔からこういう人なんだよ」
フミが僕に言う。
「昔からって‥‥2週間前だろ?」
「いや、家が近所なの。だから昔から知ってるんだ」
フミはそう言うと僕の鞄を取って僕に渡す。
「そろそろ帰ろうか?」
「ん、ああ。そうだね‥‥じゃ、さよなら先生、三神さん」
「おう、もう来るなよ。恋の相談ならいいが」
七瀬先生はニヤリと笑いながら言った。
七瀬だけモデルが実際にいます。
彼女がやってることはほとんどノンフィクションです。
時計が23分遅れてるのもほんとです。