第二十五話 三神家にて
二宮さんが目を覚ましたのは、二宮さんの家のリビングにあった、大きなソファーの上だった。
寝返りをうって、僕の方を向いた。
繋がれた手を見て少し顔を赤くする。
「目、覚めましたか?」
「ああ‥‥私は‥‥いつの間に寝たんだ?」
「車の中です。色々あって疲れてるでしょうから‥‥無理しないで下さいね」
僕は笑顔で言うと、二宮さんは静かに頷く。
「一之瀬は‥‥何でここにいるんだ?」
「それは‥‥二宮さんが‥‥心配でしたから‥‥」
僕達はあの後、十文字を後ろに乗せバイクで走り去ったモモさんと別れ、車に乗って僕を自宅まで送ることにしていた。
でも、車に乗ってすぐ二宮さんは眠ってしまい、心配になった僕は同居人の三神さんの了承を得て一度家に帰ってパーカーからいつものボタンで前を留めるタイプのシャツに着替えてから、二宮さんの家に行くことにした。
僕が素直にそう答えると、二宮さんは照れと喜びが入り交じった表情になる。
「そうか‥‥ありがとう」
二宮さんはそう言って、すぐに表情を元の無表情に戻した。
「‥‥いつから、気がついてたんだ?」
「何がですか?」
「私が‥‥『一星』の社長の娘だということを‥‥」
二宮さんは言いにくそうだった。
「お金持ちだってことは、このマンションに住むって聞いて分かりました。このマンションお金持ちばっかですから。でも、『一星』の子供だって分かったのは入学式の時です」
「何でだ?」
「六車さんが言ってたんですよ‥‥『一星』の家の子の二宮って子が、城羽に入学したって」
「なんでそんなことを‥‥」
「六車さんが知ってるのは当然ですよ。あの人の旦那さん、『一星』の副社長ですから」
「え?」
「まぁ二宮さんがうちに来るまで六車さん自身は会ったことはなかったみたいですけど」
僕はそう言って微笑むと、二宮さんもつられたように苦笑する。
「じゃあ、車のこともとっくに気付いてたのか」
「はい。二宮さんに聞いたのは、確認です」
「確認? 何のだ?」
「二宮さんがどんな反応するか、です。二宮さんは分からないフリをしました。だから僕はこのことを知らない人の前では僕も知らないフリをすることにしました」
「じゃあ‥‥百武さんは私のこと知ってたのか?」
僕は頷く。
「ナイトメアに行くときに連絡した時、京極君が十文字とモモさんに話したみたいです。十文字がそう言ってました」
「そう、か‥‥そういえば京極とは前に会っていたからな‥‥」
二宮さんは暗い顔になる。
「‥‥気になるか?」
「何で隠してたか、ですか?」
二宮さんが黙って頷く。
「気になりますよ。二宮さんのこと、沢山知りたいですから。でも、隠し事ってことは知られたくないことです。僕だってまだ話してないことはあります。だから‥‥恋人として、彼氏として正しいのか分かりませんけど―――聞きません」
僕がそう言って笑うと、二宮さんは俯いた。
「‥‥ごめん」
「話せるようになったら話して下さい」
「‥‥ありがとう」
「感謝されるようなことじゃないですよ」
「いや、そのことだけじゃなくて‥‥」
二宮さんが僕の方を見る。
「助けてくれて、ありがとう」
二宮さんはぺこりと頭を下げる。
「いえ、そんな‥‥二宮さんのピンチでしたし」
「一之瀬‥‥かっこよかった」
「そ、そうですか?」
二宮さんに真顔でそんなこと言われると、思わず照れる。
「ああ、王子様みたいだ」
「だったら、二宮さんはお姫様ですね」
僕達は二人で微笑み合う。
ちょうど、その時だった。
くーっ。
可愛い音がする。
二宮さんの顔が真っ赤になった。
「二宮さん‥‥お腹減ったんですか?」
二宮さんは黙って頷いた。
「じゃあ、用意しますね」
そう言って僕は三神さんか用意していた二宮さんのご飯を電子レンジでチンする。
「どうぞ‥‥って、起き上がれますか?」
「ああ、だいじょ―――」
二宮さんはそう言って体を起こそうとして、止まった。
しばらくの間、黙っていたけどすぐにまた横になる。
「どうしましたか?」
「‥‥やっぱり、大丈夫じゃない」
「え? じゃあ食べさせて――」
「自分で食べたい」
僕が全部言い終わる前に二宮さんに断られた。
「じゃあ‥‥起こしましょうか?」
僕がそう言って二宮さんに近付く。
「キス‥‥して」
急にそんなことを言い出した。
「は?」
「キスしてくれ」
「な、何でですか?」
「知らないのか? 姫は王子のキスで起き上がるんだぞ。有名だ」
言いながら二宮さんは顔をさっきより赤くする。
そんなに恥ずかしいなら言わなきゃいいのに‥‥
「ダメ、か‥‥?」
二宮さんは僕を上目づかいで見る。
凄く、可愛いかった。
「いいですよ」
思わずそう答えていた。
「目、閉じて下さい」
二宮さんは言われた通りに目を閉じた。
僕は、緊張と恥ずかしさを堪えながら、顔を近づけ、二宮さんに口づけをした。
ほんの2、3秒だけ。
わずかなキスを終えると、二宮さんの顔がこれ以上赤くなったら爆発しそうなくらい赤くなっていた。
「これで‥‥起き上がれますか?」
僕が聞くと二宮さんは黙ってゆっくり起き上がると、突然僕を床に押し倒した。
「に、二宮さん!?」
二宮さんの顔が僕の顔にだんだん近づいて来る。
二宮さんが初めて家に来た時と同じシチュエーションだ。
「‥‥‥」
あの時は、ここから必死に抵抗した。
「‥‥‥」
今度は、キスは受け入れた。
二人の唇が重なる。
しばらく、二人とも動かなかった。
二宮さんの顔が離れた。
視線を僕の胸元に移す。
また、ボタンを外し始めた。
「ダメです二宮さん!!」
僕は抵抗を始める。
二宮さんに押さえ付けられているから、どうせ動けるわけないけど、三神さん達が助けてくれるのを信じて大きな声を出す。
「止めたら‥‥敬語をやめてくれるか?」
「え?」
思ってもみない提案に驚く。
「一昨日、保健室で京極が言ってたんだ‥‥『敬語はよそよそしい』って‥‥だから‥‥敬語はやめてくれ」
「でも‥‥」
今から変えるのは恥ずかしい。
「助けに来てくれた時は私のこと呼び捨てにして敬語抜きで話してくれたじゃないか」
「あれは‥‥」
あれは、僕が『小さな死神』の『演技』をしていたからだ。
あの恰好をした時だけ、僕は『小さな死神』になれる。
「ダメ、か‥‥?」
二宮さんが僕の目を見ながら言った。
「ダメって言うか‥‥」
「ダメなら、このまま続ける」
そう言って二宮さんはまたボタンを外し始める。
「に、二宮さん!」
「‥‥違う」
ボタンを外す手を止める。
「え?」
まさかの否定。
「‥‥真鈴、だ」
真っ赤になった顔で言う。
このままだと爆発どころか噴火しちゃうんじゃないだろうか、というぐらい真っ赤だ。
「そう言わなきゃ‥‥止めない」
二宮さんはそう言ってまたボタンを外し始める。
最後のボタンに手をかけた。
いくら待っても三神さんが助けてくれる雰囲気はなかった。
「ま、真鈴‥‥さん」
「さんもつけちゃダメだ」
「‥‥真鈴」
僕は出来るだけ小さな声で言った。
ボタンを外す手が再度止まる。
「も、もう、止めて‥‥」
僕がそう言うと、ボタンから手を離された。
そして、『真鈴』は僕にまたキスをした。
さっきよりも、ずっとずっと、長い時間。
真鈴が、僕から離れようとしたちょうどその時だった。
ガタンッ、という物音がした。
物音のした方を見ると、なぜか二人の女性が倒れていた。
どうでもいいことですが、六車と六車の旦那さんは夫婦別姓です。
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ブログにてラブコメ「キス魔な彼女と草食系僕」、バトル「悪魔の魔術式」連載中です