第一話 いきなりの告白
「私と‥‥つ、付き合って、くれないか?」
いきなり言われた、告白の言葉。
しかも相手が学校一の有名人で、僕は友人に聞いてもマトモな長所が殆ど挙がらない可哀相な少年なんだから‥‥
いや、本当に人生って何があるかわからないね。
『氷の女王』―――それが彼女、二宮真鈴を表す代名詞だ。
彼女が城羽学園入学してから僅か二週間で、学園でその名を知らぬものはいなくなった。
まず、凄く美人だ。
元々が外国の出身らしく(確か自己紹介でクォーターと言ってたっけ‥‥)、背中まで伸ばしたサラサラ金色の髪、彫りの深い鼻筋に、大きめの唇、それに意思の強そうな大きな茶色の瞳。
その魅力を余すことなく引き出す美貌に長身がみせるモデルのような抜群のプロポーション。
そして、頭もいい。
そこそこ難しいはずのこの学園の入試で満点近い得点を取り、入学直後のテスト(なんでも学力を測るためだとか)で全教科満点という快挙をやってのけた。
さらに、運動神経もいい。
入学直後の体力測定の50メートルで6秒ジャストというタイムを叩きだし、立ち幅跳びでは3メートル、反復横跳び72回、ハンドボール投げ40メートルと日本人離れした身体能力を見せつけてくれた。
おまけに、性格もいい。
自分の才能を鼻にかけず、穏やかで、誰にでも分け隔てなく接する。
入学二日で極秘のファンクラブが出来たらしい‥‥多分本人は知らないだろうけど。
だけど、彼女が『氷の女王』と呼ばれる理由は別にある。
誰も、彼女の笑顔を見たことがないのだ。
少なくとも、学校にいる時は感情が凍ったみたいにいつも無表情で、武士みたいな雰囲気をまとっている。
いつも色んな人が笑顔で話し掛けても、無表情で答える。
それでも彼女の人気が落ちることはなく、むしろそれがいいと、人気はうなぎ登りで彼女に告白し、フラれた人は(男子だけでないんだこれが‥‥)手が二倍になっても足りない。
一方僕は、さっきも言った通り、かなり残念な子だ。
唯一運動だけは自信はあるけど、頭もそんなに良くないし、顔もあまり良くないし、背もそんなに高くない。
‥‥うん、自分で言ってて悲しくなった。
つまり僕はさしてモテることもなく‥‥というか、告白したこともされたこともなかった。
なのに。
今目の前の彼女――二宮真鈴は僕に告白してきた。
どうしてこんな状況に陥ったのか‥‥必死に記憶をサルベージする。
10分前‥‥‥
授業が終わり、いつも通りに帰る準備を終え、友達の二人と帰ろうと下駄箱を開けると、一通の手紙が入っていた。
「どうしたん?」
隣にいた、五十嵐一二三が僕に聞いてきた。
出席番号と席が僕の一つ前で、この学園に入学してから初めて出来た友人でもあり、身長もわりと僕と近い(クラスで二番目に低い。ちなみに一番低いのは僕‥‥)。
僕としては名前の80パーセント以上が数字で構成されているという点が気になってしょうがない。
ちなみに愛称は『フミ』。
「いや‥‥手紙が」
「恋文か?」
もう一人の友人で腐れ縁の幼なじみ、八雲雄祈がわざとらしい言葉を選んで聞いてきた。
こいつは勉強は出来ないが、スポーツ万能でイケメンだからかなりモテるし、実際に交際している相手がいる。
うらやましい‥‥
「素直にラブレターって言えよ‥‥」
僕は冷静を装ってそう言いながら、実際は心が爆発しそうなくらいドキドキさせながら中身を読んだ。
『放課後、学園の中庭に来て下さい』
それだけだった。
それだけの文字が、めちゃくちゃ綺麗な文字で書かれていた。
「行くの?」
フミが僕に聞く。
「うん。待たせてちゃ悪いし‥‥ついて来るなよ、雄祈」
「何で俺だけに言うんだよ!?」
「小学生の修学旅行で女風呂覗いてたじゃん。あ、中学の時もか」
「それを言うんじゃねぇぇ!」
八雲が怒り狂って襲い掛かって来る前に、僕は中庭に急いで向かった。
で、そこにいたのが‥‥
「に、二宮さん‥‥」
二宮さんが、中庭のベンチで座っていた。
「ど、どうしたんですか? こんなところで‥‥」
この学園の中庭は人通りはほとんどなく、ましてや人がずっと待ってることは滅多にない。
「君を‥‥」
二宮さんが小さな声で呟いた。
「え?」
「君を‥‥待ってた」
今度は、さっきよりも大きな声で、ゆっくりはっきりと言った。
その言葉で僕の心臓がいつもの2倍速で動き出した気がした。
「手紙‥‥読んでくれたのか?」
「は、はい‥‥これ書いてくれたの‥‥二宮さんですか?」
二ノ宮さんはこくりと頷いた。
その表情はいつもの凛々しい感じではなく、どこか不安そうで、でもそれが凄く可愛いかった。
外敵から守ってあげたいというか‥‥まぁ多分彼女の方が僕より強いんだろうけどさ。
「えっと‥‥僕、どうして呼び出されたんですか?」
声が裏返りそうになりながらもなんとか平静を装いながら聞いた。
と言っても、手紙で呼び出される用なんて、一つしか思いつかない。
でも、よりによって『氷の女王』と呼ばれる二宮さんがそれまで会話したことのない平凡男子の僕になんて‥‥そんなことがあるだろうか?
そんな二つの思いがぐるぐる頭の中で巡る中、二宮さんが口を開いた。
「一之瀬は‥‥今付き合ってる人とか、いるのか?」
「ほえ?」
なんとも間抜けな声が出てしまう。
「今付き合っている人‥‥もしくは、好きな人とか‥‥いる、のか?」
二宮さんが顔を真っ赤にして僕を見下ろしながら聞いてきた。
「いや‥‥いませんけど‥‥」
そう告げた瞬間に一瞬だけ安堵の表情を見せ、すぐに緊張した顔になった。
「じゃあ‥‥あの‥‥」
小さな声顔を僕ではなく真下に向けてもにょもにょ喋ってから、僕の目を見つめ、言った。
「もし、迷惑じゃなければ‥‥その‥‥」
顔がトマトみたいに赤くなったまま、その言葉を告げた。
「私と‥‥つ、付き合って、くれないか?」
その言葉を聞いてからどれくらい経っただろうか。
二宮さんは少し震えながら僕の返事を待っているようだった。
「‥‥ど、どうだろうか‥‥やっぱり、だめか‥‥?」
二宮さんが僕を見つめて来る。
瞳が潤んでいるその顔は、これまで見たことのないくらい(そもそもこんなにじっと見たことはないんだけど)、二宮さんは弱ってる気がした。
その顔は、今まで見て来たどんな女の人より、綺麗で可愛いと思った。
その表情で僕の答えは決まった。
「いいですよ」
「え?」
「オッケー、です。僕もその‥‥二宮さんみたいな綺麗な恋人が欲しかったので」
それがいつも彼女の自慢をする雄祈のせいだと言うことは絶対内緒だ。
「いい‥のか?」
「はい」
「本当に‥いいのか?」
「はい」
「本当に本当か?」
「はい」
その言葉を言った瞬間――
二宮さんに抱きしめられた。
「ありがとう‥‥私、断られたらどうしようと思って‥‥」
二宮さんは泣いてるようだった。
けど、今の僕にそんなことを考えてる余裕はなかった。
理由は簡単、抱きしめられたから顔が胸にうずまって――
息が出来ない。
なんとかじたばたしてみるけど、二宮さんの力が強すぎて手足以外全く動かないし、二宮さんも気付いてくれない。
そのまま――意識が遠のいた。