第十六話 理由
今回は一之瀬→二宮→一之瀬と視点が移っていきます
「あれは―――入学式の一週間前だ」
「それで一目惚れ?」
「いや、そういうわけじゃないんだが‥‥少し長いぞ、この話」
「別にいいよ。ノーカット版でお願い」
千夏さんがそう言って二宮さんが話を始める。
「あの日私と葉は、初めて白新町に来た」
「二宮さんは、白新に住んでないんですか?」
モモさんが二宮さんに尋ねる。
「いや、今はこの町に住んでる。この学校に通うために、引っ越して来たんだ。前は松上市に住んでいた」
松上市は白新町から街一つ挟んだ所にある市で、ここら一帯では一番都会だ。
由香もたまにそこの市営コートに行っている。
「土地勘もなく、知り合いも一人もいなくて、途方にくれてた。周りの人達は、私達を見るだけで、私達に声をかけてくれる人なんていなかった」
それは、二宮と三神が綺麗過ぎて話にくかったんじゃないだろうか?
「でも、一之瀬だけは違った。微笑みを見せながら、私達を心配してくれたんだ―――」
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「どうかしたんですか?」
少女のような風貌の小動物みたいな雰囲気の男の子―――一之瀬悠は私達に尋ねた。
「え?」
「いや、困ってるみたいだったので‥‥違ったらごめんなさい」
一之瀬は小動物オーラ全開だった。
可愛い。
多分万人全てが抱く印象が、私の一之瀬に対する第一印象だった。
「迷惑なんて‥‥そんなことないですよ。私達、困ってますし‥‥助けてもらえますか?」
葉が、外用の口調、声、表情で一之瀬に答えた。
「勿論です」
一之瀬が再び私達に微笑む。
「それで‥‥どうしたんですか?」
「マンションを探してるんです。私達、今日からここに住むんですけど‥‥迷ってしまったみたいで」
「住所はどこですか?」
葉が答えると、一之瀬が苦笑いする。
「えっと‥‥真逆、です」
「え?」
「今お二人が向かってる方とは真逆ですよ、そのマンション」
一之瀬はそう言ってポケットから携帯を取り出し、少し操作するとポケットに戻した。
「じゃ、ついて来て下さい」
「え‥‥?」
「そのマンションに行くんでしょう? だったら案内しますよ」
「い、いいですよ、迷惑でしょうし‥‥」
「迷惑じゃないですよ、僕もそっちの方に用がありますし」
「それなら‥‥お願いできますか? えっと‥‥」
「一之瀬悠です」
一之瀬が自分の名前を葉に告げた。
「じゃあ、一之瀬さん、お願いできますか?」
「はい、もちろんです」
「ありがとうございます‥‥ほら、真鈴も恥ずかしがってないでお礼言いなさいよ」
そう言って葉は私の背中を叩く。
「あ、ああ‥‥」
私はそう言って頭を下げる。
言葉にしないのは、感謝することが嫌いとか、そうゆうわけではなく、ただ、私が人見知りだから、言葉で伝えることが出来ないのだ。
言葉だけでなく、喜怒哀楽が顔に出ない(悲しくても涙が流れないし、楽しくても笑えない)から、相手を誤解させることも多いし、目つきが鋭いから相手から話しかけてくることはほとんどいなかった。
告白されることはたびたびあったが、ほとんどが手紙が靴箱に入っていたり、三神を通してだったりと、私に直接言ってくる人は僅かだった。
そのことは私を長い間悩ませ、なんとか直そうともしたが、目つきはもちろん、人見知りも感情が相手に伝わらないのも全く直る気配がなかった。
私は、そんな「欠落」している自分が嫌いだった。
そんな私に、一之瀬は初対面で話しかけてくれた。
だから、一之瀬に少しだけ興味が沸いた。
この男の子は、どうして私達を助けようとしたのかと。
「じゃ、行きましょう」
一之瀬はそう言って歩き始めた。
しかし、目的地にはなかなかたどり着けなかった。
理由は単純で簡単だ。
一之瀬は誰かが困っていると、見過ごすことが出来ない性格だったのだ。
私達に声をかけてくれたのも同じ理由だったのだろう。
この日は道の途中に困ってる人が多く(重そうな荷物を担いで歩く御老人、自販機の下にお金を落とした少年、母親とはぐれた少女など)、いっこうに着く気配が(まぁそもそもどれくらいかかるかなど知らないのだが)なかった。
「すいません‥‥お二人も巻き込んでしまって‥‥」
一之瀬が私達に謝る。
御老人の重い荷物は一之瀬だけでは持ち切れず、私達も手伝い、自販機の下のお金は一之瀬では手が届かず、私が取ってあげ、母親とはぐれた少女をあやしていたのは葉だった。
「いえ、全然構いませんよ。でも‥‥」
「でも、何ですか?」
葉はそこで一旦言うのを躊躇ったが、一之瀬に促され、決心した。
「一之瀬さんはそれでいいんですか?」
「え?」
「手伝ってもらってる私がこんなこと言うのはおかしいと思いますけど‥‥色んな人を手伝って‥‥大変じゃないんですか?」
「大変ですよ」
即答だった。
「助けたからって見返りがあるわけでもないし、得より損の方が多いです。妹にも、友人にも、いつも言われてます。『もっと器用に生きろ』って‥‥でも、そういう性分だから仕方ないんですよ」
「仕方ないって‥‥」
「僕は、変えるために努力するくらいなら、それを受け入れて前に進む方に努力した方がいいってそう思うんです」
一之瀬は葉を向いて話していたが、言葉は、私の心に突き刺さった。
私が自分を変えようと模索している時、一之瀬はそれを受け入れていた。
目から鱗が落ちるとはああいうことを言うのだろう。
気がつくと、私は微笑んでいた。
「真鈴‥‥笑ってる」
「ああ、分かってる」
「凄いじゃない! 人前で笑えるなんて、初めてじゃない!?」
「ああ‥‥そうだな」
嬉しくて、涙が流れそうだった。
残念ながら、流れることはなかったけれど。
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「それで惚れたの?」
「惚れたと言うか‥‥一之瀬となら私は笑えると思った」
「そっか」
千夏さんはそう言ってメモ帳をパタンと閉じる。
「じゃあ‥‥二人でキスして」
「はぁ!?」
僕が思わず大声を出す。
「だってそういう写真があった方が記事的に面白いじゃん」
「き、記事にするのか!?」
二宮さんが大きな声で叫ぶ。
「当たり前じゃん」
「真鈴‥‥気がついてなかったんだ」
三神さんが呆れた顔で呟く。
「だ、ダメに決まってる! メモ帳」
「渡さないからねっ!」
二宮さんの言葉を遮るように千夏さんが言って席をたって逃げ出す。
「ま、待て!!」
「待てと言われて待つやつなんていないよっ‥‥パス!」
千夏さんはそう言ってモモさんに手帳を投げる。
ただ眺めてるだけだった僕を、後ろから誰かが抱きしめた。
「悠っ!」
由香だった。
「ちょ、いきなり何してんの!?」
「だって二宮さんと二人でラブラブしてつまんないんだもん!」
「ラブラブって‥‥」
「私も二宮さんと同じくらい大切にしてくれるんでしょ? だったら私にも同じことして」
「同じことって‥‥」
何すればいいんだろう、と思っていたら由香に強引にキスされた。
みんな二宮さん達の方を向いてたから誰も気付かなかったけど。
「な、何するんだよ!」
「何ってただキスしただけじゃん。二宮さんとはもうしたんでしょ?」
「そうだけど―――」
その時、僕の背後から物凄い音がした。
振り向くと、千夏さんの手帳を持った十文字が三神さんを押し倒してた。
顔と顔が密着するくらい近い。
「っっ痴漢っ!」
三神さんが真っ赤な顔で大きな声を出しながら十文字を突き飛ばす。
「な、誰がだ馬鹿野郎!」
十文字も顔を赤くして叫ぶ。
「あんた以外に誰がいるって言うの!? 一回ならまだしも二回も押し倒すなんて‥‥もう、ホント信じられない!」
「誰がお前みたいな壁女押し倒すか!」
「壁‥‥失礼ね! これでもCあるんですからね!」
言い争いは続く。
周りのメンバーも止めるどころかむしろ楽しんでいる。
「あの二人ぃ、仲よさ気だねぇ」
そう言ってのんびりゆっくり僕達に近づいて来たのは京極遥君だった。
京極君は僕や十文字よりも前から『ナイトメア』にいるかなりの古株だ。
「望海も好きなんだからぁ、素直になればいいのにねぇ」
「そうなの?」
「というか、なんで知ってるんですか?」
僕と由香が聞く。
「カマかけたからねぇ」
‥‥京極君はこういう人だ。
「悠もぉ、相変わらず由香と仲良いみたいだねぇ」
京極君はいつもの笑顔で僕を見る。
僕は、ようやく今僕がどんな体勢か思い出した。
「あ、いや、これは」
「二宮さんにぃ、バレないうちにぃ、離れちゃいなよぉ」
「あ、うん‥‥」
僕はそう言って由香から離れる。
「二宮さんは?」
「あそこでぇ、『折檻』してるぅ」
京極君が指差した場所では、二宮さんが千夏さんに間接技を決めていた。
「ギブギブギブギブギブギブ!!」
「二宮さん強いねぇ」
京極君はニコニコ笑いながら見ている。
「と、止めて来る!」
もう部屋の中は混沌だった。
京極についてはこちら↓
http://syousetukani.blog133.fc2.com/blog-entry-9.html
をご覧ください
「キス魔な彼女と草食系僕」連載中です。
町や学校の紹介もしてあるのでぜひお読みください。
Apocarius様の感想とカブト様の感想を合わせた結果「由香といちゃいちゃする」になりました。
‥‥キスくらいなら大丈夫だと思いましたので(こういうことに厳しいキャラ担当Kも現在テスト期間中ですのでのびのび書けました(笑))こういうことになりました。
追記
以前ちょろっと話しに出たバトル物について、いつ書くのか、とキャラ設定担当のKが友人に聞かれたそうです。
バトル物はストックがまだ三話しかないうえ、まだキャラのビジュアル等の設定が固まっておりません。
なので、もうしばらくお持ちください。
後2~3話書いたら連載する予定です
‥‥こんな感じでいい、K?