校正者のざれごと――まちがいさがし
私は、フリーランスの校正者をしている。
ゲラ(校正紙)の受け取りや納品で、各出版社の編集者と対峙する。編集者といっても各社さまざまだ。さらっと仕事をこなす人もいれば、ひどく神経質で気が重くなってしまうような人もいる。唯一共通しているのは、みんな時間に追われる忙しい人だということ。
某出版社の加藤さん(仮名)は、とてもアツい編集者だった。
彼から初めて依頼されたのは、確か『3Dで目がよくなる』といったタイトルの本だった。見開きのページの片方に図が載っていて、それをじっと見ているとふわっと立体的に形が見えてくるというものだ。私は生まれつき見え方に問題があり両眼視ができないので、3Dの画像を立体的に見ることができない。3Dの映画を観るときにかける眼鏡(片方が赤で片方が青)をかけると、赤と青がそれぞれ独立して見える。
加藤さんは、そんな私に「小山さん、これ、本当にじっと見ているとふわっと見えてくるんですよ。そう、ふわっとね」と熱心に味方を教えてくれた。コツがあるんだと言う。当時は3Dに対する知識もなく、もしかしたら私にも見えるかも……とがんばってみたのだが、やはり最後まで立体的な画像を見ることはできなかった。
彼とは、以前書いた「校正者、キレる」に登場した業界地図の最初の刊でも一緒になった。このときはまだ内容についてどちらもあまり理解していなかったせいか、締め切りがおそろしく厳しかった。次々に出てくる会社名を検索するため、3日間くらい睡眠時間3時間ほどで乗り切った。明け方5時頃まで仕事をしてから寝て、朝8時に起きる生活。それでも、必死にいい本を作ろうとする加藤さんを見ていると、手を抜くことなどできなかった。
翌年の業界地図からは担当が変わっていた。ベテランの男性編集者。加藤さんはどうしたんだろう。校正プロダクションの社長に聞くと、彼はどうやら出版社を辞めたらしい。一瞬、「燃え尽き症候群」などという言葉が頭に浮かんだ。それ以来、他の出版社からも彼の名前を聞くことはなかった。
今回の3Dの本のように、図やイラストの校正というのもよくある。よく赤字を入れるのは郵便ポストのイラスト。赤いポストに書かれている郵便記号の横ぼうは、上が短く、下が長く書かれていることが多い。この郵便記号は逓信省のテから来ているという説があるが、本来は上下とも同じ長さだ。ちなみに、「〒100-0001」のような書き方は不可とされている。内国郵便約款別記1には、「郵便番号の前後には『郵便番号』『〒』その他これに類する文字……を記載できません」と書いてある。
子ども向けの雑誌などでは、「まちがいさがし」の校正というのもあった。2つの絵を見比べて、正しい絵に対してもう一方のまちがっているところをさがすというものだ。これはおもに、問題としてきちんと成立しているかどうかを見る。「まちがいは5つ」と書いてあるのに4つしかない場合や、さすがにこの違いだけではまちがいとはいえないのでは、といった微妙な違いの場合に指摘を入れる。簡単すぎてもつまらないし、あまりに細かすぎるのも「こんなのまちがいじゃない」とクレームになりかねない。
突然ですが、ここでまちがいさがしを。次の文章には全部で6つあります。
東京では猛暑が続く。長年に渡って研究を続けているある研究者は、地球温暖化の影響で今後猛暑日はさらに増えるであろうと警憧を馴らしている。熱中症対策としては、1こまめに水分をとる、2日陰で休憩をとる、3外出や屋外での作業を控える、5防止や日傘を利用する、などが堆奨される。
校正者を募集している会社に応募すると、こんな感じの誤りを含む文章(だいたい4ページくらい)が送られてくることがある。それに、赤字を入れて返送する。いわゆる校正技能のテストだ。合格すると仕事をもらえるようになり、何も連絡が来なければ不合格。仕事はもらえない。
ちなみにまちがいさがしの正解は、「渡って→わたって(亘って)」「警憧→警鐘」「馴らし→鳴らし」「5→4」「防止→帽子」「堆奨→推奨」となる。いかがでしょうか。
「渡る」と「亘る」の違いはテレビの字幕でもよく目にする。「渡る」は道路を渡る、橋を渡る、のように使う。時間の経過や空間の広がりを表すときは「亘る」を使うが、常用漢字ではないので「わたる」とヒラク(ひらがなにする)ことが多い。
箇条書きの数字の並びのまちがいというのもよくある。3の次が5だったり、3が2つあったり。見出しや章の数字がちゃんと通っているかも校正の重要なチェックポイントだ。
ところで、今回のこの文章の中では前半のほうにも1つまちがいがありましたが、お気づきでしょうか。
それは、「……と熱心に味方を教えてくれた」のところ。「味方」ではなく「見方」が正しい。もちろん、これはわざとですよ。こんなことをしたら、誤字報告来ちゃうかも。それより、意図しないところで誤字があったらもっとこわいな。まさに、校正者としての存在意義が……。どうか、お手柔らかに。