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子爵令嬢

 レティシアとジークハルトは、十七歳になった。

 二人は王都の外れにそびえる、王立魔法学園高等部に通っている。


 ここは、魔力と地位、その両方を備えた者だけに通学が許される、貴族階級の象徴とも言える名門校だ。

 家の威信を保つため、莫大な献金で子弟を裏口入学させることも珍しくない。

 それほどに、この学園に席を持つということは、“特別”の証だった。


 そんな学園に、十六歳の秋。二学期から、ある転入生が現れた。

 彼女の名は、マリエル・ノクターン。

 平民出身だったはずの彼女が、ある日突然“子爵令嬢”として紹介され、教室の扉を開いたのだ。

 その瞬間、王都の令嬢たちに走った衝撃は、小さな波紋では済まなかった。


 彼女の母は、かつてノクターン子爵の愛人だった女性。

 しかし正妻は、高位貴族の名家の出身であり、子爵である夫ですら抗えないほどの力を持っていた。

 母娘は圧力によって屋敷を追われ、王都から遠く離れた辺境の村で、ひっそりと息を潜めるように暮らしていた。


 けれど、子爵は密かに彼女のもとを訪れていた。

 たとえ堂々と愛することができなくとも、彼にとってその女性は、決して慰み者などではなかったのだ。


 やがて正妻が病没し、家の縛りが消えると、子爵は迷うことなく愛人を呼び戻した。

 今度は“正妻”として、正式に。

 そして、その間に生まれていた実子マリエルをも、“正統な子爵令嬢”として迎え入れたのだった。


 マリエルは、可憐で快活だった。

 小柄な身体にあふれる笑顔は、無邪気で人懐こく、誰に対しても分け隔てなく接した。

 しかしその天性の人懐っこさは、学園内に微妙な空気をもたらす。


 とりわけ、ジークハルト王子と自然に親しくなっていく姿は、学内の誰の目にも明らかだった。


「……彼女は、王子と釣り合う身分ではありませんわ」


 かつて誰よりも王子に近く、その傍に立つことが当然と囁かれていたレティシア・アーデン。

 彼女の瞳に、かすかな翳りが宿る。

 マリエルが転入して以来、ジークハルトの笑顔は、まるで彼女だけに向けられているかのように見えた。

 校内でふたりが談笑するたび、胸の奥が軋むような痛みを生む。


 ──彼の視線が、私を通り過ぎていく。


 レティシアは、知っていた。

 ジークハルトの心が、未だ自分にないことも。

 過去に交わされた“婚約”が、単なる政略の産物であったことも。


 それでも、彼の隣に立つために、気品も知性も、礼節も、すべてを磨き上げてきた。

 そうして積み重ねてきた年月が、あの少女の笑顔ひとつで崩れていくなど、耐えられるはずがなかった。


「……わたくしの努力を、あんな子に壊されてたまるものですか」


 その声には、冷たい憎しみではなく、凍てつくような悲しみが滲んでいた。

 それから、レティシアの態度は徐々に変わっていく。

 授業中に飛ぶ刺すような言葉、舞踏会でのパートナー争い。

 マリエルのドレスが“手違い”ですり替えられていたことも、一度や二度ではなかった。


 けれどマリエルは、どんな嫌がらせにも動じなかった。

 彼女はただ、穏やかな瞳で静かに告げた。


「私は、王子様のそばにいることを望んでるだけ。でも……それが誰かを傷つけるのなら、ごめんなさい」


 レティシアはその言葉に、怒りよりもむしろ、強く揺さぶられる何かを感じた。


 ──なぜ、そんな目で謝るの。


 あなたが謝る必要なんて、どこにもないのに。

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