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ドワーフ王と団長

 一行は、静かに王都への道を進んでいた。


 舗装の行き届いた幹道を馬車が揺れながら進む中、車内では久々に緊張感のない会話が交わされていた。だがその一方で、ティアの表情だけはどこか曇っていた。


 その様子に気づいたのは、ルゥナだった。


「ティア……どうしたの?顔、怖いよ?」


 おどけた口調だったが、心配は隠せていない。ティアはわずかに目を見開き、すぐに笑みを作って首を横に振った。


「……ううん、なんでもない。ちょっと考え事してただけ」


 そう言いながら、視線を窓の外に逸らす。


 ──あれから、もう一ヶ月は経っている。ジークハルト様たちは、きっともう王都を発っているはず……。


 そう自分に言い聞かせるものの、胸の奥に燻る不安だけは、どうしても拭えなかった。


 数日後、ついに彼らの馬車は、ドワーフの王都「グラントハルド」へと辿り着いた。


 丘の上から見下ろしたその瞬間、誰もが思わず息を呑んだ。

 切り立った崖に沿って築かれた城塞都市。その重厚な構造は、まるで岩山そのものを削り出して造られたかのようだった。圧倒的な存在感を放つその景観に、ルゥナも、ティアも、言葉を失っていた。


 イグレア領主の計らいによる紹介状と印章の効果は絶大だった。王都への入城は驚くほどあっさりと許され、城門を守る衛兵たちは深々と頭を下げ、敬意を示してくる。


 黒鉄で鍛え上げられた城門の奥に広がるのは、石と鋼で構成された、まさにドワーフの都そのものだった。

 建物の大半は分厚い石材と金属の補強によって築かれており、屋根の上には無数の煙突が立ち並ぶ。

 街のあちこちからは煙が上がり、空には灰色のもやが薄く漂っていた。だがそれは汚れではない。

 絶え間なく何かが「創られている」都市の息吹だった。


 炉の熱気、金槌の打音、歯車の回転音。

 それらが混ざり合い、まるで鉄と火の心臓が鼓動しているかのような音が街全体を包んでいた。


「……これが、ドワーフの都……!」


 ルゥナが馬車の窓から身を乗り出し、目を輝かせる。


 路地を行き交うのは、筋骨たくましいドワーフたち。分厚い革の前掛けや工具を身につけ、顔には煤の跡がついている者も多い。

 子どもたちは木屑と鉄屑の山で遊び、路地には水力式の送風機や精錬装置が整然と並んでいた。


 露店では手作りの歯車細工や装飾金属が並び、パンや燻製肉と一緒に、泡立ちの良い黒ビールや、強い香りのスモーキーモルトウイスキーが振る舞われていた。


「みんな職人か、それに近い人ばかりなんだろうね……」


 ティアも感心しながら、車窓の外に目を向ける。馬車の進む石畳の道も、路地の隅に据えられた排水管も、すべてが計算された無駄のない造りだった。


 奥に見えるのは、岩山を削って築かれた王城「ハルドホルム城」。巨大な門を支える鉄柱には精緻な紋様が彫り込まれ、城壁には過去の英雄たちの像が並んでいる。いずれも分厚い鎧を纏い、戦斧や槌を構えた威容に満ちていた。


 工業と鍛冶、戦と誇りが混ざり合ったこの街は、ティアの知るどの都市とも異なっていた。


 そうして、一行が王都へと入るや否や、思いがけない光景が待っていた。

 街の入り口に集まった市民たちが、ティアたちの乗る馬車を取り囲み、歓声を上げていたのだ。


「救世主様だ!」

「ドルマリスの病を鎮めた英雄だってよ!」


 商人が花を投げ、子どもたちが旗を振る。城門の外とは打って変わって、街は祝祭のような熱気に包まれていた。


「え……?何、これ……」


 ルゥナが呆然と呟く。その答えを示すかのように、数騎の騎士を伴った人物が馬を走らせて近づいてきた。濃い緋色のマントを翻し、装飾の施された甲冑に身を包んだ使者が、馬上から堂々と宣言する。


「ドルマリスの地にて燻熱病を鎮めし英雄たちよ!ドワーフ王の名において、あなた方をお迎えに参上した!」


 街の人々がどよめく中、ティアたちはまるで夢の中にいるようだった。


「救世主として、王よりの歓待を受けられます。どうかご同行を」


 そのまま彼らは王宮へと案内され、石と金属が組み合わされた重厚なドワーフ建築の広間へと通された。天井には鍛冶神を描いたフレスコ画、壁には英雄譚を刻んだレリーフ。炉の火が静かに燃え、荘厳さの中にも温かみが漂う。


 やがて、玉座に現れたのはこの王国の主、ドワーフ王ボルグラム三世だった。

 堂々たる胸板と白銀の髭をたくわえ、背には見上げるほど巨大な戦斧を負う。まさに「戦士王」と呼ぶにふさわしい風格を備えていた。

 王はゆっくりと立ち上がり、その声音には山のような重みがあった。


「ドルマリスの民を救った者たちよ。その勇気と知恵、我らドワーフの誇りである。余は、おぬしらに感謝を示したい。誇りある名と共に、この国の友として遇する!」


 その言葉に、王国の臣下たちが一斉に胸を打ち鳴らし、敬意を示した。

 まるで物語の一幕のようなもてなしに、ティアはまだ現実味を掴めずにいたが、街の命を救ったことが、ここまで大きな反響を生むとは思ってもいなかった。


 だが次の瞬間、玉座にいた王──ボルグラム三世の表情が、ふっとわずかに緩んだ。


 鋼のように厳しかった眼差しが、懐かしさを帯びてやわらかに細められる。威厳を湛えたその顔に、ごく私的な温もりがにじむ。


 王の視線が、ティアたちの中にひとり立つ男へと向けられた。


「……久しいな。クラース・ノイマン」


 その名が、堂々と、しかし静かに、王の口から放たれた。


「大きくなったな……いや、もう老けたと言うべきか?」


 ボルグラム王が、口元に笑みを浮かべて言った。その声音は、まるで旧友に語りかけるかのような、温かな親しみに満ちていた。


「陛下……ご健在で何よりです」


 団長――否、クラースは深く頭を下げて応じる。その声に、若い面々が一斉にざわめいた。


「団長って……名前、あったんだ……」

「クラース?クラース・ノイマン?……聞いたことない」

「ずっと“団長”が本名だと……」


 あちこちから、ひそひそと驚きの声が漏れる。というのも、クラース自身が自らの名を口にすることはほとんどなく、誰に名乗る時もただ「この隊の団長だ」とだけ言っていたのだ。周囲の者も、それを当然のように受け入れていた。


 だが、ドワーフ王はそんな空気など意に介さず、懐かしげに語りはじめた。


「小僧だったお前が、商隊の後ろで荷車を押していたのを思い出す。火薬袋を落として、余に怒鳴られ、泣きながら拾い直していたな」

「……その節は、ご迷惑をおかけしました」


 クラースが頭を掻くように小さく頭を下げる。


「迷惑だと?とんでもない。あの頃から、お前はただ者じゃなかった。黙々と荷運びをこなしたと思えば、夜には誰にも見られない場所で剣の素振りを欠かさずしていた。跡取りだからと奢らず、人一倍、いや誰よりも努力していた」


 懐かしさと誇りが、王の言葉にじんわりと滲む。


「まさか、あの小僧が……今や一団を率いて、国の民を救うとはな。いやはや、見事に立派になったものだ」


 その言葉には、遠い日々を共にした者だけが知る記憶と、今を讃える素直な敬意が宿っていた。


 玉座の間を満たしていた緊張が、まるで温かな湯にほぐされるように、ゆるやかに解けていく。


 そして王は、ふっと笑みを深めた。


「さて、これ以上は堅苦しい話になる前に切り上げよう。酒と肉はもう用意させてある。おぬしら、腹を空かせてはおるまいな?」


 その言葉に、臣下たちがくすりと笑みをこぼし、場に和やかな空気が広がる。


「余は儀礼よりも食を愛する王だ。祝いの膳はすでに整えてある。語るべきことは、杯を交わしながらでよかろう」


 ボルグラム王は玉座から立ち上がると、豪快に笑いながら両腕を広げた。


「ドルマリスを救った英雄たちに、我が王国の最高のもてなしを。──さあ、参ろうぞ!」


 王の声が響いた瞬間、玉座の間に控えていた従者たちが一斉に動き出す。荘厳な雰囲気は一転し、にぎやかで温かな祝宴の空気が生まれはじめていた。

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