科学の発達した世界
ニンゲンの隷属となったネイト族。
ジャンは、ネイトの少女イリレアと共に戦火に巻き込まれる。
他人にどこまで尽くせるのか。
優しさとは何か。
自然淘汰、人種差別、科学発展の限界と衰退。
人間の残酷さ。
幸せの恐ろしさ。
何かを得ると、必ず何かを失う。
この世界は独自の科学進化をした。
空を飛ぶ技術の発展は停滞している。
大気汚染によって空はどんよりと暗い。
一時期は空に衛星ステーションを造り、宇宙開拓時代もあったが、分厚い光化学スモッグや太陽フレア、宇宙電磁波、強大な重力嵐、衛星ステーションの事故など様々な影響で原始的な発展に留まる。
しかし宇宙には、建造中の移住用衛星などが多数あり、すでに国際的に選ばれた有力者たちが移住していたにも関わらず、見捨てられていた。
この有力者たちが直面している問題は、永い年月を待たずして、後世の時代に大変おおきな危機をもたらすことになる。
空を捨てた人々は、地下の交通網がメインになっている。
独自の技術で高速移動が可能になっていた。
地下は法律によって交通のために使われ、人々の居住は地下には無い。
地下といっても人工的なもので、地殻変動やプレート移動などによる地震の影響を受けないつくりになっている。
水は人工でつくられるため、雨は降らないように人工操作されている。
雨が降ると、酷い酸性雨が降るため人体への影響が大きかった。
ほぼ全ての家庭に空気清浄機が設置されており、子供が生まれると鼻と喉に人工フィルター、眼球に高性能フィルムレンズなど…劣悪な環境でも問題なく生活できるように、これらの他にも科学的医療処置がなされている。
* 種族 *
・ネイト(寧人族)
… 自然と共存してきた種族で、むしろ自然そのものと言っていい。
力がなく、逃げる事に特化している。
中肉中背以上太ることはない。
外敵から身を守るために、遭遇しない事を主目的として聴覚が発達した。
音を広く捉えるために、耳は人間よりも少し大きく尖っている。
外見はとても美しい。
自然治癒能力があり、綺麗な自然と空気があれば、その力を最大限に発揮することが出来る。
美しい外見はその治癒能力が大いに関係しており、傷、疣、湿疹などの皮膚疾病はおこらない。独自の遺伝子細胞を有し、染色体の異常などもあらわれないため、その美しい外見は健康の証でもある。
食事は必要としないが、水の摂取と日光はたいへん重要であると共に、彼らの必要最低限度の生命線でもある。
劣悪な環境におかれると、彼らの体は徐々に衰弱していき、美しい外見はみるみるうちに醜く、そして汚いものへと変わっていく。
その原因に挙げられるものは、治癒能力の低下による、老化などが原因とされている。
豊かな自然の中では長寿であるが、汚染された環境下では短命になる。
いち個人による単独行動が多く、仲間意識は薄い傾向にある。
他人を平気で囮などに利用するが、悪いことだとは思わない。
自己防衛意識が非常に高い。
・ニンゲン(人間族)
…… ある種族を駆逐したのちに、ネイト族を隷属させた種族。
肉体的にはネイト等に劣るものの、頭脳と技術力、そして何よりも貪欲な欲求と傲慢さで全てを手中におさめた。
ただ、ある学者の説ではニンゲンの治癒能力はネイトと似ていて、祖先が同じか、あるいは何かしらの接触があったのではないかとも言われているが、反対派が多く、説としては弱い。
あらゆる感情を要し、十人十色であるのだが、基本的には弱者は強者に従うという気質である。
道徳心を説いたところで力を行使することに変わりはなく、結局そういう人物は革命も起こさず、見てみぬふりになる。
総じて卑怯と言わざるを得ないが、生きる為には仕方のないことなのだ。
1・火種はいたるところで燻る
ジャンは体の半分が機械。
13年しか生きていないが、知識はそれなりにある。
体は丈夫だが、使用期限はあと5年しかない。
つまり…残りの寿命が5年、ということだ。
夢は、この5年の内に世界を一周すること。
ジャンは困っている人をほっとけない性格の持ち主で、数人のニンゲンに暴力をふるわれていたイリレアを助け、仲良くなる。
彼女はネイトだった。
科学が発展してからというもの自然はなくなり、ネイトは住む処と力を失い、好機とばかりに、ニンゲンに蹂躙される。
ニンゲンが幅を利かせるようになると、役目が無くなった大型の武力は廃れていき、倉庫で埃をかぶっていた。
一方で、銃火器系統の武器は愛好者が多くおり、莫大な金銭が発生するために進化を続ける。
隷属された現在のネイトたち……。
彼らは、犬や猫と寿命が変わらず、その用途までもがペットと同じ…いや、むしろそれ以下という、余りにも酷い扱いを受けていた。
ネイトの平均寿命は17歳だ。
30歳まで生きることが出来た者、がいるのならば、それだけで大往生といわれている。
ネイトの少女、イリレア。
ニンゲンの12,3歳位の少女と似たような外見だ。
容姿は……、おそらく美少女だったのだろう。
顔は晴れ上がり、口元には乾いた血がへばり付いていた。
そして……
イリレアは飼い主に、車から汚い川へと投げ捨てられた。
泣いたから捨てられた。
感情を出すことを嫌う主人だった。
川からなんとか這い出すと、ゴミや石を投げつけられた。
子供、大人が楽しそうに投げつける。
そのままの姿勢で耐えていた。
体をかばう姿勢をとってしまうと、暴力が酷くなってしまう。
大人の全力の暴力は、人を殺すだけの力がある。
段々、人々はつまらないと別の遊びを始めた。
いつもなら飽きた時点で暴力は止むのだが、特に今日は酷かった。
え? なんで?
ただならぬ雰囲気を察知し、顔が引き攣り強張る。
逃げなければ…しかし足や腕、あばらの骨が折れており、筋肉や内臓も傷付いているのを感じる。
何よりも精神的ダメージの方が大きかった。
恐怖で体が震え、力が入らない。
もがき嫌がるイリレアを押さえつけ、散乱しているごみの中から細い鉄の棒を数本集め、彼女の足首に突き立てた。
何本も何本も順番に代わる代わる突き立てる。
泣き叫び、ぐしゃぐしゃの顔のイリレアをみんなが笑って見ている。
可哀そうに…と思う者はひとりもいなかった。
イリレアが過呼吸を起こし、痙攣し始めると、気持ちが悪い! と、人々は姿を消した。
汚れた河川敷に横たわっていた体をなんとか起こし、呼吸を整えると、痙攣が治まった。
足の感覚は無くなり、痛みを感じない。
見えていない目で足の棒を引き抜く。
まだ数本残っていたが、気付いていない。
這いずり、ゴミの山に摑まれる物を手の感触で見つけ、頑張って立ち上がる。
フラフラになった少女は死角を探したが、先ほどの暴力の影響で目が見えにくくなってしまった為、仕方なくその場にしゃがみ込んだ。
震える手で目に突き刺さった数本の針金を、痛い痛いと泣きながら必死に抜いた。
大怪我を負ったイリレア。
目から大量の血が流れ出て、その姿は恐怖映画に出てくる化物のようだ。
もしも目の当たりにしたのならば助けるどころか、幽霊に遭遇したような感覚で逃げ出してしまうだろう。
ネイトはじっとしていると、少しずつ怪我や体力を回復出来る。
しかし、その分寿命が減ってゆく。
酷い暴力を受けても、命が減っても、それでもイリレアは幸せを感じていた。
今は堂々と感情を出せるから。
飼い主に捨てられたネイトの末路は悲惨だ。
酷い病気や感染症がある場合は保健所で殺処分される。
または悪意ある者に攫われて人身売買され、そういった場合は主に殺人愛好家たちの玩具にされてしまう。
そして……
その後、ジャンと出会う。
真っ暗闇に光が射したように、キラキラと輝いて見えた。
目を怪我していた影響で眩しく見えていたのだが、イリレアは感動していた。
人に優しくされたのはいつ位ぶりだろう。
いや、今までそんなことあっただろうか。
彼女は大きな声で泣く。
嬉しくて泣いた。
汚れて悪臭を放ち、そして恐ろしく醜い外見のイリレアを、ジャンは優しく抱きしめる。
その時、二人は互いの心が一つになったのを感じた。
嬉しくて笑う。
互いに寿命が短いことを知ると、
「 一緒に旅をしよう 」
とジャンが言う。
まだ互いの名前も知らぬまま、二人は旅に出た。
2・あがった反骨の火は集い、やがて炎になる
旅に出て楽しそうに過ごす二人。
イリレアはジャンが献身的に接してくれたおかげで、元の美しい姿を取り戻していた。
しかし、突然…戦争が始まる。
ネイトの逆襲だった。
以前の戦争で個体数が減ったネイトだったが、ペットとしての需要が広がり、専門のブリーダーによって数が増えた。
客の要望に応えて躾を行う。
マインドコントロールや薬漬け等さまざまだ。
不満を抱くネイトが徐々に増えていく。
ネイトを隷属させ、意のままに弄ぶ。
ペットに何が出来る。
そんな驕りが、戦争へとつながってしまったのだ。
古代兵器で反旗を翻す。
古代兵器は、禁忌の兵器で使用を禁じられていた。
そしてニンゲンが管理するようになる。
しかし奴隷として使っていたネイトに、清掃や管理を任せるようになった。
清掃用のロボットもあるが、ネイトを使い、浮いたコストを懐に入れていた。
こういったことは至る所で起きている。
以前であれば、あり得ないことだ。
ニンゲン以外立ち入り禁止の区域で、厳重なセキュリティが布かれていた古代兵器の格納施設。
そして、その更に先…ニンゲンですら立ち入り禁止の区域があるが、ここだけは怠け者の担当者でもネイトを近づけさせなかった。
ニンゲン側が所有する、巨大人型兵器はネイトの古代兵器をもとに開発された。
その動力源は人工エネルギーだ。
一方、ネイト側の古代兵器の動力源は……ネイトの命。
古代兵器と共に管理されていた、巨大炉。
あの厳重な規制がかけられていた先にあったもの。
しかし実際のセキュリティーは脆弱で、規制がかけられていたにも関わらず、いとも容易く侵入出来てしまった。
そのことが、かえってネイト達に火をつけた。
この炉は、兵器にエネルギー供給するためのものだ。
各地に存在する。
このまま奴隷として朽ち果てる位ならば、ニンゲンに一泡ふかせてやると、命を差し出すネイト達。
ニンゲン側の巨大人型兵器の特徴は、二足歩行で地上戦に強い。
ネイト側の兵器は、小回りが利く中型人型兵器とパワーが絶大な大砲型兵器。
他者の命を顧みない、特攻の精神で様々な施設を襲いだす。
中には、命を惜しむ者もいたが、同族の面汚し! と罵られ、無理やり連行される。
拘束具によって身動きが出来ない者、行動が制限されている者を中心に、その命が…薪をくべるように簡単に消し炭にされてゆく。
復讐にとらわれ、同族が苦しんでいても気にしないネイト族。
この戦争も、虐げられている同胞の為ではなく、ニンゲンの横暴と自身の置かれている状況を変えたい…そういった本位が根底にあった。
元々のネイトの本質でもあるが、充分な教育と理性などがあれば、ここまで酷くはならない。
ネイトの多くは少年少女の子供たちが多いこと、導くべき者が全く徳の無い者であること、これらのことが影響している。
その立場に属しているネイトは、十代後半からの大人が多かった。
他者を欺き、従い、それこそ本当に泥水を啜り、生き抜いてきた。
……優しい気持ちなど少しも残ってはいない。
……そんなもの、そもそも生まれた時からない。
戦争の中で、3つの勢力がみえてくる。
ニンゲン、ネイト、そしてニンゲンとネイトの連合。
連合は信頼関係で成り立っている。
連合のリーダーは、14歳の少年だ。
ニンゲンとネイトの連合は…割合は半々で、数は少ない。
力は無いが、道徳心が高い者の集まりだった。
力は、
ニンゲン〉ネイト〉連合の順になる。
ネイトは、汚染物質をつくり出している工場などを次々に破壊していく。
そして、同族の命を使い、古代兵器で植物を増やし、自然力を回復させる。
科学の街は、植物に壊されていく。
ここまで大規模に破壊を繰り返し行えるのも、他者の命を顧みない精神に起因する。
自然が増えると共に、ネイトの力は増大していった。
数では負けているが、力の均衡を崩し、
ネイト〉ニンゲン〉連合になる。
慌てたニンゲン側は、古代兵器に対抗するチームとは別にネイトの駆除作戦も開始した。
ネイトを飼っている家庭に処分命令を出す。
一匹でも多くのネイトを殺すために、全てのネイト専用拘束具に心臓の活動を停止する信号を送る。
しかし、どういう訳か心臓の活動を停止させる信号がエラーをおこし、作動しない。
実は、ネイト側に電波塔の重要地点を既に抑えられてしまっていたのだ。
その際に、偶然とらえたニンゲンを脅し、広域に亘りジャマーをさせていた。
重要地点に勤務しているだけあり、優秀なプログラマーだった男性を戦争が終わるまでの間、ネイト側は利用することにした。
ニンゲン側は、広域ジャマーの影響で通信障害が起こり、遠隔で動いていた武力が誤作動などを起こし始めた。
通信による意思疎通もままならず、パニックになる者もいた。
プログラムによって動いていたロボットや、しっかり訓練された兵士などは安定していたが、しかし巨大人型兵器の強力な武器などは、通信によって使用許可が下りなければ解除することが出来ず、搭乗員たちは苦労していた。
発電所も破壊され始め、主要施設以外が停電していく。
夜になると、明かりが灯っている所を中心に攻撃された。
自家発電をしていた家庭も、もちろん標的だった。
するとニンゲン側は明かりが漏れないような工夫を始める。
しかし、その時には既に多くの施設が把握されてしまっていた。
長期化するほど自家発電だけではもたない。
人工エネルギーは優先的に兵器に使用される。
しかしニンゲン側の優秀なハッカーによって、ジャマーのシステムが書き換えられた。
あらゆる電波の通信が使えないため、レーザー光通信や可視光通信、赤外線通信など様々な、考えられるだけの廃れてしまった方法を試す。
自然が少し復活したことにより空気が少し浄化され、汚染物質や塵による反射が軽減し、ぎりぎり光による通信が成功したのだ。
その時にはネイトの拘束具の多くが作動しなくなっていた。
ネイト側が唯一襲わない地点がある。
人工エネルギーの製造施設と武器・人工エネルギーの補給地点などだ。
ここを攻撃してしまうと、大規模に様々なものが消失してしまう恐れがある。
大地がなければ、ネイトの古代兵器をもってしても自然を復活させることが出来ない。
オフラインの状態が続くため、無線が頻繁に使われるようになるが、相手に内容を聞かれてしまう。
ニンゲン側はネイトが襲わない地点を調べると、そこに最優先で電波塔の建設を始める。
残りの人生を楽しく過ごしたかったジャンとイリレアも、戦火に巻き込まれていた。
そして…とうとうイリレアもネイトに捕まってしまう。
嫌がる彼女を、無理に古代兵器の動力炉に投げ捨てる。
イリレアは泣いた。
自分は何度、捨てられたのだろう?
イリレアが炉に捨てられた瞬間、古代兵器に不思議な輝きがあらわれた。
彼女は、かなり遠いが、古の王族の血が混ざっており、そのせいで他のネイトとは違い、兵器に囚われ、苦しみ続けることになる。
普通は兵器が力を使用すると存在全てが消滅し、塵ひとつ残らない。
古代兵器はイリレアを取り込み、力を増してゆく。
彼女を手に入れた古代兵器は、もう同族の命を必要としない。
ネイト側は一層、勢いが増した。
・
どんなにつらくても平気だった……。
しかし、生まれて初めて感じる強い憎しみに……ジャンは発狂した。
3・ジャンは連合に…
イリレアと離れていても、彼女の叫びが聞こえた。
ジャンの血が…それをみせる。
体の制御が壊れ、暴走を始める。
イリレアと同じネイトを無差別に殺してしまう。
ジャンの体には鱗があらわれ、手の爪は鋭く尖り、瞳は縦に瞳孔が開き、口からは牙が出ている。
「!!」
「あの姿は……!」
暴走しているジャンを止めたのは、連合のリーダーだった。
ジャンは連合所属のネイトにまで攻撃をしていた。
ネイトであれば、連合だとかなんて関係が無かった。
脱兎のごとく逃げ惑うネイト達。
両腕が血だらけになるリーダー。
しかしネイトから貰ったネックレスのお陰で彼は助かった。
これは、負の力を吸い取る。
強い負の力が薄れたジャンは、放心状態になっていた。
そんな彼を、ひとりのネイトが思い切り殴り飛ばしたのを皮切りに、気が抜け無抵抗のジャンを、殴り…蹴り飛ばし…酷い暴行を始めた連合のネイト達。
この行為は、仲間が殺された恨みというよりは、外敵を排除するというものに近かった。
いくら連合のネイトといえども、本能的な部分は拭えない。
手を出さないで見ていたリーダーは、両腕を負傷しながらもギリギリのところでネイト達を止めた。
「もうその位でいいだろ? それ以上やると、お前らを苦しめた奴らと変わらない」
渋々…手を引く彼ら。
しかし、そんな彼らの中のひとりだけは、ハッとした表情になると、悔しそうな…やってしまった…というような顔で、痛めてしまった拳を見つめていた。
「こいつを殺しても足りない位だ!」
「言うな。 彼も被害者なんだ。 酌んでやってくれ」
「何を酌むっていうんですか! ねぇ、副リーダー!」
拳を見つめていたネイトの男性は、いつもの冷静な顔つきに戻ると、
「ああ。 確かに同情する余地はないが、オレらもやり過ぎた。 ……リーダーに従おう」
と、その場を去って行った。
残ったネイト達は顔を見合わせると、副リーダーに続いていなくなった。
救護室へと連れて行かれるジャンだが、激しく抵抗を始めた。
「おい!暴れるな!」
やむを得ず、彼を気絶させた。
診察台に乗せ、服を脱がせると……、
「やっぱりな……。」
自身の怪我は後回しに、リーダーは推察が当たり暗い表情になる。
「可哀そうに……。せめて怪我だけでもきれいにしてやってくれ。」
ジャンの怪我は、見た目ほど酷くはなかったが、それとは別の部分を見て顔が歪んだ。
その後、ジャンはネイトに暴力を受けることは無かったが、化物と罵られたり、軽くこずかれるようなことは無くならなかった。
「あいつニンゲンでもネイトでもない。 ニンゲンに造られたバケモンらしい!」
と、妙な噂もついてまわる。
また暴れたら困るので、連合に軟禁されるジャン。
本当だったら殺されても文句は言えない。
しかしそこには、連合リーダーの目論見があった。
ジャンの軟禁部屋へとやって来たリーダー。
自分の首からネイトのネックレスを外すと、彼の首にかけた。
「これは負の力を吸い取ってくれる。 この前みたいに暴走しないで済むはずだ。 体がいくぶん、楽になる」
ジャンはペンダントトップを手に取り、眺める。
あまりキレイだとは言えないつくりだった。
「ダサいけど我慢してくれ。 キレイな見た目だと盗まれてしまうんだ」
後ろ頭を掻きながら苦笑いをうかべるリーダーに、ジャンはお礼を言い、手に取っていたペンダントトップを見えないように胸元に隠した。
しかし、この日を境に……イリレアの叫びが聞こえなくなった。
4・リュウジン
・リュウジン(竜人族)
……ネイトとは逆に、力の象徴。その強い力を恐れられて駆逐された。
体格は痩せ~大柄まで幅広い。痩せていても力は強い。
こちらも自然と共に生きていた。
好物は新鮮な肉。野蛮と思われていたが、ただ気性が荒い者が多いだけ。
同族意識が強く、絆は強い。
集団行動をとることが多く、外見はネイトには劣るがバランスのとれた顔。
強靭な肉体と精神力を合わせ持つ。
外傷に強く、いざ怪我をしても直ぐに瘡蓋が出来る。自然治癒能力はネイト程では無いがニンゲンよりは上で、リュウジンはあらゆる細胞が強いということが理由に挙げられる。
そして、それは新鮮な肉を摂取すると大きく発揮される。
ただリュウジンだけはネイトとニンゲン、それぞれのみが持っている細胞を保有しており、リュウジンという種が誕生する進化の過程にも関係している。
リュウジンの免疫を研究し、遺伝子組み換えの薬をつくったニンゲンは新生児が誕生した際にそれを投与し、リュウジンには劣るものの現在の公害に負けない体をつくりあげた。
しかし長時間の屋外での労働の際は、全身にプロテクトスーツを着用しなければならない。
利用されるとは知らずに、怪我をおして頑張るリーダーに感銘を受けるジャン。
連合は、いつもニンゲンとネイトの争いで出た被害者を救済していた。
さすがに何もしていないのは申し訳ないと思い、仕事を手伝っていると、イリレアに似た(顔は似ていないが、背格好の似ている)ネイトを見つける。
体が強張るのを感じる。
ジャンは、複数のニンゲンから暴行を受けているその少女を助けることが出来なかった。
ニンゲン達が姿を消したので、恐る恐る近付くと、その少女は死んでいた。
腰が砕けるジャン。
イリレア……イリレア……死んでしまった……。
離れた所からジャンを見つけたネイトが近づいて来た。
連合所属のネイトだ。
死体を袋に入れて持って行く。
彼はジャンに声をかけてきた。
「……しっかりしろよ。オレらには悲しんでる暇なんてないんだ」
「え?」
「……お前の大事な人はまだ生きている。……勘だけどな。」
ジャンを置いて行ってしまうネイトの青年。
彼はジャンに暴力を振るった中の一人だった。
自分達とジャンは、仲間だと言ってくれたような言葉だった。
“オレら”という中にジャンが含まれていた。
そこへリーダーが現れ、
「珍しいことがあるもんだ」
と、青年の後姿を笑顔で眺める。
「ジャン。ネイトの勘はよく当たる。特にアイツのはな。……ただ、分かってるとは思うが……つらい思いをしているのは君だけではない」
「…………ええ。」
ジャンは頭を下げると、自室に戻り、溢れそうになる涙を必死でこらえた。
この出来事を経て、ジャンは連合の仕事、雑務などに精を出すようになる。
あの時のネイトの青年が、さり気なくサポートをしてくれるお陰で、他のネイトも少しずつジャンを認めてくれるようになった。
タイミングを見計らったように、リーダーから声がかかる。
「 君に入ってほしいチームがあるんだが、来てくれるか? 」
ジャンは頷き、リーダーの後に続く。
もしかしたら…イリレアと戦うことになるかもしれない。
しかし、ジャンは既に覚悟を決めていた。
生きて出会うことが出来たら……、
『 あの時のように助けたい 』 。
また……一緒に旅がしたいよ…イリレア。
厳重な警備の中を進んでいく。
ニンゲンの施設内にあったネイトの古代兵器を管理していたものと、似ている。
この施設も同じく立ち入り禁止だが、あちらと違う点は規則をきちんと守っているところだ。
進んで行ったその先には、凄い施設があった。
ネイトの兵器にも劣らない、むしろその上をいくであろう古代兵器が7体並んでいる。
ニンゲン側にはない技術。
ネイト側にはない型。
……飛行が出来る古代兵器もある。
しかし、使用できるのは5体のみで、2体は修理が不可能なほど傷付き、傷んでいた。
施設内部を進むと…連合に入ってから一度も会ったことの無い、数人のニンゲンの男女が目に入る。
連合内で、一度も見かけたことが無い。
あのようなニンゲン達がいただろうか。
そんな疑問と共に、嫌な感じから息苦しさを覚える。
そして、直感した。
自分と同じだ……と。
彼らの体……。
自分と同じ体……。
そう思うとなぜか……足がすくんだ。
ジャンの体に取り付けられた機械は、服を脱ぐと分かる。
しかし、目の前にいる彼らの中には、肌が露出している部分に機械を取り付けている者もいたので、すぐに自分と同じだと気付いたのである。
リュウジンの外見は、そのままではニンゲンとは違うとバレてしまうが、機械の制御でリュウジンの外見に関係する部分の遺伝子を抑え込む。
そして、僅かに含まれるニンゲンと同じ遺伝子情報を強化する。
すると見た目だけではリュウジンとは分からない、ニンゲンのような容姿になるのだ。
ジャンの目の前にいる彼らの外見は、ニンゲンにしか見えなかった。
ジャンは、リュウジンの生き残りが6人もいることに驚く。
連合内の限られた者のみが知る事実。
チームに入ったからといって、『自分はリュウジンだ』と明かすことは、固く口止めされた。
立ち並ぶ古代兵器は彼らにしか扱えない。
リュウジンに伝わる兵器だった。
この古代兵器を起動させるには、七人のリュウジンの血液が必要で、残り一人のリュウジンを探していた。
ジャンが加わったことで、やっと古代兵器を動かせる。
連合は救済活動をしながら、リュウジンを探していたのだ。
古代兵器を起動するために、ジャンを除いた6人のリュウジンは、体に取り付けてある機械を外しはじめた。
ニンゲンの外見だった彼らの容姿が、本来持つ姿へと戻り始める。
戸惑うジャンにリーダーは声を掛けた。
「君たちの体に取り付けられた機械は、リュウジンの力を抑えるもの。大きな感情の変化くらいで制御が緩んだりはしない。…君の体の機械は…はっきり言って欠陥品なんだ。リュウジンの力を完璧に制御できていない。」
ジャンの顔は強張る。
「…知っていたみたいだな。だから意識が薄いにも関わらず、救護室に運ばれるのを拒んでいたんだ?検査されれば一発でバレてしまう。……具合が悪くても医者にかかることさえ出来なかったんだろ?そのせいで残りの寿命も…」
「ち、違うんです…! そんなんじゃ……。 オレ……オレは…13年、生きられただけでも幸せで……だから……! 気にしないで下さい……」
悲しそうに笑顔を浮かべるジャンの顔を、周りにいた人々は見つめた。
リーダーは面白くないといった顔つきになると、それ以上は続けず最後に、こう言った。
「必要なのはリュウジンの血だ。」
ジャンは頷き、自らの血を捧げた。
全てが済み、古代兵器が使える状態になると、リーダーは物にあたりながら去って行った。
( たかだか13年生きた位で幸せだと!? ふざけんな! )
自分と年齢があまり変わらないのに、悟ったようなことを言うジャンに腹が立った。
( 俺は…………生きるぞ……!! )
5・巴
ジャンが連合所属の操縦師、つまり古代兵器を操る者になったことで連合は本格的に動き出す。
古代兵器は二人乗りになっており、操縦する者と自らの力を送り込む者の二席がある。
操縦する席は古代兵器に選ばれた者しか座れないが、もう一つの席、特殊席は誰でも座ることが出来る。
しかし、古代兵器に力を吸収されてしまう。
そして個人が持つ個性が、古代兵器に反映される。
例えば、特殊席にネイトが座れば古代兵器に回復能力が加わる。
それぞれの個性が、回復能力の違いにあらわれる。
自分の搭乗している兵器を回復させる、や、味方機を回復させる、など。
経験を積めば更に強化され、種類が増える。
特殊席に座る者のことを、補助師という。
補助師は、積み重ねた経験をそのままに、他の古代兵器にも搭乗出来るが、操縦師との相性が悪ければ力を発揮することが出来ない。
理想は、スキル能力が高く、誰とでも息を合わせられる者だ。
能力の違いは下記の通りである。
・ネイト…回復能力
・リュウジン…機体の性能アップ
・ニンゲン…攻撃のレパートリーが増える
・・・・・・
連合の管理するリュウジンの古代兵器にはネイトが同乗し、回復役を担うが作戦によって変わる。
ネイトが特殊席に座ると命を削ることになるが、自然力が回復してきた今、彼らは全く気にしていなかった。
リュウジンの場合は疲れる程度で、
ニンゲンの場合は、極度の疲労が体を襲い、神経衰弱をおこす。
・・・・
「お二人に、お願い……いえ、頼み…いや、なんて言ったらいいのかな…?」
「?」
ジャンに話があると言われ、忙しいなか時間をつくってくれたリーダー達。
「どうした? 言いにくいことか?」
「オレが乗る兵器の特殊席に……あの……」
そう言うと、副リーダーの顔を申し訳なさそうに見た。
副リーダーは腕を組んだまま顔色一つ変えずに、顔だけをジャンに向ける。
そして、
「オレにお前の補助師をやって欲しい。 違うか?」
と、彼は察してくれた。
リーダーは渋い顔になると、
「君は自分さえ良ければ、他人なんて関係ないのか?」
と、強い声音で言った。
ネイトが補助席に腰掛けるリスクを説明したばかりだったので、己の聴覚を疑ってもいたのだ。
しかし、当の副リーダーはというと……、
「いいだろう」
と、なんでもない感じで、さらりと答えた。
驚く二人。
こんなあっさりと了承してくれるとは思わなかった。
「おい……!」
「もともと特殊席に座る予定でいた。 ……ジャン。 オレの勘は役に立つぞ」
「あ、ありがとうございます!!」
ジャンがいなくなった後、リーダーは尋ねた。
「どういうつもりだ?」
「ジャンはネイトの古代兵器の動力源を知らないみたいだ」
「深くは聞かなかったが、彼女が炉に投げ込まれるところを見たらしいぞ」
「それは無理だ。 炉がある場所はネイトでも限られた者しか知らない」
リーダーはハッとすると、ふぅーっと…ため息をつき、口を開いた。
「……動力を生み出す仕組みを、リュウジンの古代兵器と同じだと思っているのか…。 つまり、ネイトの兵器のどれかに彼女がいるかもしれないから、お前に協力して欲しいってこと……か」
「弱いとはいえリュウジンの力は必要だ。 今、ジャンに抜けられると困るんだよ」
リーダーは呆れた顔で、
「ネイトってのはホントしたたかだよな。 黙ってれば美しい種族なのに」
と言うと、
「そっちこそ、ニンゲンらしい感想だ」
と、返した。
ひとり…古代兵器の前で思いを巡らすリーダー。
ニンゲンの自分。
ネイトの副リーダー。
リュウジンのジャン。
連合には、全ての種族がいる。
種族間でトラブルは生じるが、1週間に1度話し合いの場を設け、遺恨を残さないように気を配っていた。
このトラブルなどを、リーダーはむしろ喜んでいた。
未だリュウジンのメンバーの存在は隠されており、渦中の者はネイトとニンゲンだ。
『 全ての種族が協力し合い、支えあって、そして共存していく 』
これは連合の標語だ。
しかし、理想を言うだけではいけない。
連合での活動の全ては記録されており、問題点・改善点なども同時に解析していた。
そして、もともと準備していた共存の為の代替案の見直しにも役立っていた。
これらのことは、ネイトでもリュウジンでもない。
全てを壊し、汚したニンゲンがやらねばならない。
自分が……やらなければならないのだ!
15歳になった少年リーダーは決意を新たにする。
ジャンは14歳になっていた。
リュウジンの古代兵器で奇襲を開始する。
連合側も驚く。
理解するまでに時間が掛かり、混乱していた。
奇襲が成功してから連合内、全ての者に奇襲のことや、隠していたことなどを報せる手筈になっている。
ニンゲン側は唖然としてしまっていた。
リュウジンの古代兵器を知っている者がいなかったのだ。
リュウジンが絶滅したのは凡そ150年前。
その存在は伏せられ、どの文献にも残っておらず、一握りの者にのみ口伝されていた。
しかし実際は、ニンゲンに隠れ、紛れ、科学の進歩と共に…少しずつ少しずつその数を増やしていた。
今も、この世界のどこかに、リュウジンの生き残りが、何人か、いるはずだ…。
ニンゲン側が、正体不明の攻撃兵器がリュウジンの古代兵器だと知ると、その内部で数人の者が姿を消した。
ニンゲン側で、脱走兵の問題が起こる。
彼らは、ニンゲンに紛れたリュウジンだった。
人手不足から、健康診断や身元確認などせずに採用した者達だった。
自分たちと同じリュウジンが戦っている。
逃げ隠れしていた自分が恥ずかしくなった。
せめて、戦争が終わるまで何がなんでも生き延びてやる!
最初はリュウジンの数人だけだったのが、ニンゲンも少しずつ脱走し始めた。
大切な人員を減らすことは出来ない。
ネイトに使用していた大量の拘束具を、ブリーダー達に提出させ、戦争に従事する者すべてに装着を義務付けた。
この拘束具は首につける物で、日常生活に支障は来さない。
ネイトの体は、さんざん実験や解剖などで調べつくされ、脳の基本構造はニンゲンとほぼ同じだった。
この拘束具は首の後ろ側が重要で、そこを起点に装着する。
無理に外そうとしたり、指定範囲外に出てしまうと脳に信号が送られ、体が自由に動かなくなる。
一つ一つ操作することも可能だが、利便性を最優先し、自動的にこの拘束具を装着された者は、特攻要員として使われた。
つまり、この拘束具は無理矢理、特攻させるための物になったのだ。
生きている者の命を、攻撃の道具として使い捨てる。
ニンゲン側もネイト側と同じことを、大々的に始めたのだ。
残酷な手法ではあるが、攻撃の多様化につながった。
命が、何よりも大切であるはずの命が、軽んじられてゆく、この戦い…。
いや、元よりニンゲンによってこの世界が支配され、公害が蔓延し、リュウジンが駆逐され、ネイトを隷属させた、あの時から、火種がつくられ、そして今、大きな炎へと変わり、大規模火災のような有様になり、収拾がつかない事態へと至ってしまったのであろう。
6・彼の中にあった火種
戦争が続く中、ニンゲン側とネイト側の勢いが弱くなってきた。
両軍ともにエネルギー面での問題が、特に深刻だ。
ネイト側はイリレアを手に入れてから、同族の命を必要としなくなっていたが、イリレアの力自体が弱まってきた影響で全体のパワーが落ち込んでいた。
ニンゲン側の兵器は直接の補給が必要で、
リュウジン側の兵器は特殊席に座った者のエネルギーが兵器に充填されるが、ニンゲンが座った場合は長くはもたない。
ネイト側の兵器は、隠された補給炉から遠隔で各兵器へとエネルギーが補給される。
かなりの熱量だが、熱源探知はされない。
兵器の心臓部の宝石のようなものが重要だった。
補給炉は各地に複数隠されており、イリレアの存在とその場所を隠すために、必要では無いにも関わらず、未だにネイトの命を擬装程度、炉に投げこんでいたが、力が弱まってきているのは明らかだった。
複数の炉は、目視できない不思議な力で繋がっており、一つ壊されてもエネルギーは別の炉へと転送される。
しかし、段々と全てのことがハイリスクであったことに気付き始める。
リュウジンの古代兵器が参戦することは、予想外過ぎたのだった。
数の面では劣るが、一騎当千の活躍をみせるリュウジン。
戦争が…
連合側の有利になり始めた中、リュウジンの一人が、古代兵器と共にネイト側に行ってしまう。
ネイト側の女に、心を奪われてしまったのである。
特殊席にはこの女が腰を掛ける。
彼の本心は、ニンゲンに対する復讐だった。
女に惚れたと見せかけて、寝返ったのだ。
理由もなしにネイト側に行っても、信用されない。
しかし、あちら側から接触してきた。
女を使って。
これは利用できる。
そのまま色香に負けたふりをして、ネイトの軍に入る。
リュウジンは、その強い力を恐れられ、ニンゲンによって滅ぼされた。
ジャン以外のリュウジンの生き残りは、今でも皆、ニンゲンが嫌いである。
“ 憎しみは、己を滅ぼすだけ ”
ジャンの母は、ジャンを愛する者の仇であるニンゲンとして育て、リュウジンの末路などを一切教えなかった。
それに、リュウジンだと知られれば、殺されてしまうかもしれない。
だがジャンは、自分がニンゲンではないことを感じていた。
母に心配をさせないようにと、言わず考えずを貫いていた。
しかし、他のリュウジン達は怒りや憎しみを、親などに植え付けられて育ったため、ニンゲンが嫌いなのである。
リーダー達と過ごすようになってから、ニンゲンにもマシな奴がいると知るが、敵に寝返った男の憎しみは強く、どうしてもニンゲンを許すことは出来ない。
チーム内の者達は、アイツが裏切るなんて……と、驚く。
そして恋人だった女性のリュウジンを見る。
もともと気の強い女性のため、気丈に振る舞っていた。
リュウジンは深い絆が築かれると、相手の気持ちが流れてくる。
彼女には何も打ち明けないまま行ってしまったが、分かってくれるだろう……。
言葉では伝わらないことも、リュウジンの強い絆が伝えてくれる。
そして彼らには、ふたりを繋ぐもっと強いものがあった。
彼は、リュウジンの中でも特に人一倍正義感が強く、優しく、熱い男だった。
しかし、そんな彼だからこそ、ニンゲンの非道な所業が許せなかった。
もしこのまま連合が勝ったら、リーダーは……あの人のことだ、これからは皆仲良く暮らそうだのと言うに決まっている……。
標語ですら気に入らなかった。
あのニンゲン達がのうのうと生きるなど、あってはならない!
自分一人がネイト側に行ったところで、大きな戦力にはならないかもしれないが、気が付いたら体が動いていた。
リーダーに従っているリュウジン達は、リーダー個人に惹かれ、一緒にいる。
リーダーの想いが実現すれば、リュウジンの個体数も増え、過去の悲しみから解放されるかもしれない。
皆の希望と頼りを一身に受ける少年の重圧は、かなりのものであろう。
この時、少年リーダーは16歳になっていた。
少年は、重圧を少しも感じさせない。
しかし、心の深奥は違った。
彼には他にも、重くのしかかってくるものがあった。
敵はネイト側だけではない。
本当は、ネイトともニンゲンとも、争いたくはないのだ。
ニンゲン側には、彼の友人、知人、そして、家族がいる。
もう既にその手は、友を殺め、赤く染まっていた。
そのことが重く、心にのしかかる。
ニンゲン側には、多くの知人がいる。
知る顔に会う度に、胸が締め付けられる。
……殺さなくては……。
心が次第に麻痺してくる……。
苦しいのは、まだ俺でいる証拠だ…!
本当に麻痺してしまったら、終わりなんだ…!
強気に振る舞ってはいるが、ただの虚勢に過ぎない。
……自分の心、精神は、これからも続く重圧に何度も耐えなければならない。
俺は最後まで正気でいられるのだろうか…。
もうマトモじゃ無いしな…。
未来のため、覚悟を決めた、のに……。
7・永訣
あの時、そう覚悟を…した……。
しかし…。
連合をつくると決めた、その日のことを思い出す。
そんなことを思い出したのは、
今、
目の前にいる
敵のせいだった。
…妹が彼の前に立ちふさがる。
・
リーダーの家族は軍人一家だった。
そして、ネイトを奴隷として使っていた。
少年はそれが嫌だった。
・
そして彼女は、ありったけの暴言を兄に浴びせる。
相手が兄だと知ると電波通信を送って来たが、遮断することが出来るにも関わらず、彼は繋いでしまった。
両者ともにニンゲンが開発した兵器に搭乗していたため、会話をするには回線を繋ぐ必要がある。
古代兵器にはそういったものは、いらない。
妹は、なぜここまで兄を追い詰めるのか?
それは……
兄に恋人を殺されたからだった。
そしてその恋人は、彼の親友でもあった。
恋人を殺されて以来、妹は兄に対して強い憎しみと殺意を抱き、そして立ちふさがる。
ずっと大切にしてきた妹。
楽しいことも、つらいことも、沢山の思い出が、昨日のことのように頭に浮かぶ。
そんな妹からの罵倒は、彼の精神を充分に痛めつける。
吐き気がする……。
青白くなった顔を下にして、うなだれた……が……次の瞬間、顔を上げると、
涙で濡れた瞳のまま、
顔の中心に皺をよせ、
体の奥底から絞り出すように
強く 、叫び! 、
そして…
妹を自分の機体でその手にかけた。
少年は魂が抜けたように、座席にだらりと沈んだ。
……涙を見せないリーダーがみせた男泣き。
その顔は右手で隠れ、見えない。
皆の前に姿を現した時には、いつもの明るい彼に戻っていた。
8・ロゴス
最終局面ーー…
ニンゲン側は人工エネルギーや武器を壊し、大地そのものを無くしてしまえ!という結論に至っていた。
大地など無くとも科学の力があれば、ニンゲンは生きていける。
ネイト側も各地の補給炉に大量のネイトの命を捧げ、臨界突破による炉心融解を計ろうとしていた。
炉心融解による大爆発と、有害な放射線を撒き散らすことが目的だった。
両軍とも自暴自棄になり、そして同時に、危険を冒そうとしていた。
そうなれば、全ての生物が死滅してしまう。
連合の3人は覚悟を決めた。
副リーダーがネイト側。
リーダーがニンゲン側。
それぞれ、単身で説得へと向かう。
ジャンが2人の留守を守る。
ネイト側は、寝返ったリュウジンと、捕虜にされていたニンゲンのプログラマーの協力もあり、説得…というよりも協定を締結させた。
先に副リーダーが成功する。
次に、ジャンが敵勢力の全ての鎮静化に成功した。
残るはリーダーだ。
ニンゲンの説得が一番難航していた。
リーダーは少年の割には腕が立つ方だったが、ニンゲン側にはここまで生き延びてきた戦闘のプロが多くいる。
説得するにも、圧倒的に経験が足りなかった。
怪我を負いながらもニンゲン側のトップにやっとのことで会えたが、一方的な条件を突き付けられ、応じなかった場合はここから帰すわけにはいかないと言われる。
リーダーは応じない! と、強く言い切った。
その場にいた全てのニンゲンが二人に注目していた。
拘束されるリーダー。
処刑されることが決まったにも関わらず、笑いながら軽口を叩く。
尚も皆、彼に注目していた。
その場にいる全ての人々が自分に注目しているのを確認すると、突然リーダーは腹の底から大きな声で、
「うわーーーっ!!」
と、叫んだ。
しん…と、静まり返る空間。
肺の中の空気をほとんど出し切ってしまい、すぐに酸素を吸い込む。
その際、気管に埃か何か入り込んだのか、咽た。
ニンゲン達は気が狂ったのかと目を丸くし、笑う者もいた。
はぁ…はぁ…と、少年の呼吸の音だけが際立っていたが、沈黙を破ったのはニンゲンのトップの苦しそうな声だった。
「お前たちが提示した条件を飲もう」
ニンゲン達が驚き、その男の方へと視線を向けると、彼の護衛が床に倒れており、男は膝をつきジャンに足首部分を踏まれ、後ろ手に仰け反るような姿勢で拘束されていた。
副リーダーはレーザーナイフをオンにして、男に突き付ける。
「一瞬で首と体が二つに分かれる」
と、冷たく言い放つ。
その言葉を聞いた男は笑い出した。
そして、喋り辛そうに話し出す。
「私が死んで事が済むと思っているのか? そのような脅しは馬鹿のすることだ。 ……私を殺すことなど出来ない! うっ…、私っ…の…はぁっ声帯認証でなければ決することは出来ないからだ! わ、私は死なない! ……そのっ…その男を殺せぇーっ!!」
目をひん剥き、叫ぶように命令をするが、仰け反るような姿勢のせいで喉に痰が絡むのか、えずいている。
ニンゲン達がリーダーを手にかけようとすると、副リーダーが叫んだ。
「馬鹿はお前たちニンゲンだ! ネイトは我らに下った! お前たちのエネルギー施設は既にハックされ、無力化している! ……もとより、お前たちが死んでも何も困らない」
「な……だったら何をしにっ…こ、ここへ来た…! 態々《わざわざ》そこのガキ一人を助けに来たのか?! 馬鹿だろ!」
「フン、馬鹿はお前の方だな。 こういった事は直接聞いてこそ効果がある」
副リーダーの話を聞いたニンゲン達はがっくりと肩を落とした。
リーダーを拘束していた者たちも手を放す。
リーダーは副リーダーのところへと、足を痛そうに引きずりながら歩み寄り、
「大した役者だな」
と呆れながら声をかける。
副リーダーはレーザーナイフをオフにし、
「いや、本当のことだ。 ネイト側に捕まっていたニンゲンのプログラマーの助力によって、全てのエネルギー施設の停止作業に取り掛かっている。 全停止も時間の問題だ」
と、言うと、
「マジかよ、ソイツすげぇな…。 なにもんだよ…」
と、更に呆れた声を出すと、
副リーダーの胸に頭から寄りかかり、そのまま気を失った…。
・ ・ ・
様々な困難を乗り越え、決着がつく。
連合が所有する古代兵器の圧倒的な力で勝利したが、連合所属のリュウジンは3人しか残らなかった。
混乱している状況の中、リーダーは副リーダーとアイコンタクトをすると、喧騒の中をかき分け、怪我の痛みを堪えながらも足早に消えて行った。
副リーダーはネイトとは思えない逞しい眼差しで、リーダーを見送った。
ジャンを除いたリュウジンの2人。
この2人は、女性の方は気の強い性格で、男性の方は控え目だがユーモアのある性格。
互いに恋愛感情など全くないが、リュウジンの未来を思い、結婚する。
そのことを、ジャンと別れる時に伝えた。
「アタシがバンバン子供産んで、リュウジン増やすからね! アンタには将来アタシ達の子供貰ってもらうから、頑張って長生きするんだよ!」
ジャンは、力を制御する機械が欠陥品だったため、寿命が短い。
なぜ欠陥品を付けられたのか。
ジャンの母親のみが知る真実。
母ゆえの想いがあったように感じる。
「長生きか……出来たらいいけどな」
と、笑うジャン。
「でもオレには好きな人がいるから、子供はもらえないよ」
「私達だって相愛の間柄じゃないんだ。 ネイトの女なんてどうせ死んでるんだからぁっ! こっちはリュウジンの未来の為に苦渋の決断をしたんだぞ!」
「なぁあにぃ~? アタシじゃ不服だっての?」
「いっいえー…っ! 頑張らせて頂きます!」
頭を下げながら、リュウジンの男はそう言った。
(さっそく尻にしかれてる感じがするなぁ……(汗))
ハハハと笑う3人。
2人と別れたジャンは独り、彼女を助けに行く。
イリレアは死んでいない。
確信にも近い羈絆だった。
事実…彼女はまだ古代兵器の炉に囚われていた。
2人は旅立つジャンの、その後ろ姿を心配そうに見送る。
そして、女性の方は自身の下腹部を優しく撫で、敵に寝返り、安否と所在が不明の…かつての恋人のことを想っていた。
9・瞳にうつるのは、二人の夢
各地では、ネイトの隠し補給炉の停止作業が進んでいた。
そのまま放置すると、放射能漏れが起きる可能性があるためだ。
ジャンは誰もいない大自然の中にいた。
草木をかき分け進み、隠された穴の中に入り、さらに進む。
すると…
荘厳な神殿が姿を現した。
中に入り進むと、様々な部屋があった。
神殿内は太陽の光が届く造りになっており、牢屋に捕らえられたままのネイト数人が生存していた。
彼らに声をかけられ、助けるかわりに炉の場所を聞き出した。
そして、炉へと到達すると、なんとか侵入し、そして苦労のすえ彼女の元へと辿り着く。
炉の中は、迷宮のようだったが、リーダーから貰ったネックレスが導いてくれた。
彼の手の平に乗っているこのネックレスは、リーダーから貰った時のような無骨なデザインではなく、とてもキレイなものに変わっていた。
神秘的な優しい光を放ち、イリレアのいる場所へと導く。
* * *
リュウジンの二人と別れてから、ネイトのことやイリレアのことを調べまわっていた。
初めてイリレアと出会った、汚れた川付近へと再び訪れる。
あの頃とは見違えるほど、川にはきれいな水が流れていた。
科学的な街並みを飲み込むような大自然。
しばらく佇んでいると、一人のニンゲンの少年が声をかけてきた。
「間違ってたらゴメン。 あなたの名前はジャンですか?」
驚きながら頷くと、
「はぁ~、やっとだ~! どこにでもあるような顔だから、大変だったよ! ……だけど、これもお金のため。」
少年はどこかへと連絡を取り始めた。
そして通信端末をジャンへと差し出す。
恐る恐る受け取ると、馴染みのある声が聞こえてきた。
行方知らずのリーダーだった。
会う約束をすると、少年に端末を返した。
数日後……、
待ち合わせの場所へと向かう。
リーダーの姿が目に入ると、自然と笑顔になる。
リーダーも照れたような顔で笑っていた。
最後に見た姿と少しも変わらない。
しかし、戦争での後遺症で松葉杖をついていた。
戦争の話はせず、たわいの無い会話に花が咲く。
別れ際にリーダーから地図を貰った。
それをもとに、ある場所へと向かう。
ひとつは、イリレアが住んでいたニンゲンの屋敷跡。
もうひとつは、ネイトの隠れ遺跡だった。
このふたつの場所を巡り、そしてネックレスの秘密を知ると、元の美しい状態へと戻したのだ。
* * *
古代兵器に囚われたイリレア。
その姿は……老婆になっていた。
ジャンは見た瞬間、すぐに彼女だと分かった。
ジャンは、悲しい顔も、同情する顔も、驚いた顔もせず、明るい笑顔で、イリレアのしわくちゃな体をぎゅっ…と抱きしめる。
彼女はしわがれた声で泣いた。
ジャンは17歳になっていた。
彼女と出会った時は13歳だった。
彼女と離れて4年の月日が経つ。
イリレアはこの4年……ずっとジャンを待っていた。
酷い苦しみの中での4年は、永久に続く地獄の苦しみのようだった。
奴隷の頃を思い出す。
ジャンに逢いたい……。
ジャンに逢いたいよ……!
あの時の……短い間だったけど……あの幸せを知らずにいたら……こんなに苦しくはなかったのかな……?
だけど……来てくれた……!
弱り切ったイリレアはまともに話すことが出来なくなっていたが、再び訪れた幸せを全身で感じていた。
「イリレア……やっと逢えた! ずっと逢いたかった…!」
ジャンは彼女に優しく声をかける。
手に握りしめたネックレスが熱い。
ジャンの手を離れ、更に大きくキレイな石へと姿を変え、強い光と共にイリレアの方へと向かっていく。
そして彼女の心臓あたりに入り込むと、彼女を囚えていた古代兵器の管や粘膜のようなものが取り払われた。
彼は肩掛けカバンの中から服を取り出すと、裸だったイリレアに着せてあげる。
ジャンに残された命の期限は、1年を切った。
老婆になったイリレアを連れ、ジャンは姿を消し、その行方を知る者はいない……。
その後…世界はどう進むのだろうか。
連合のリーダーは要職には就かず、一線を退いてしまった。
ジャンと再会したあの後に、全ての要職を辞任してしまう。
「この印の所に君の一番知りたい情報がある」
と言い、古びた地図を渡すと、肩を優しく2回たたき…去って行った。
副リーダーと別れた後、この事を調べてくれていたのだ。
ジャンは、受け取った地図に目線を落とし、そして彼の後ろ姿を見送ると、またいつか会えるような気がして…寂しさは感じなかった。
しかし、リーダーを失った連合は簡単に崩壊してしまう。
そんな中、副リーダーが世界のトップに就任する。
副リーダーの所属していた、かつての仲間である元連合のニンゲンですら、納得していないことだった。
ネイトの本質は同族ですらも大事にしない。
ニンゲンの彼らは、そのことを気にしていた……。
ただ……ひとつだけ分かることは、機械で溢れた無機質な世界は無くなり、緑豊かな新しい世界が生まれた……ということだ。
これから世界は……復興の道を歩んでいく。
・
・
・
・
・
“ 守りたい人がいるからオレは強くもなれる。
だけど、守りたい人がいなくなったら、どうすればいい…… ”
イリレアは死んだ。
彼女を助ける手だては、何ひとつなかった。
イリレアは自分よりも大好きなジャンの…、ジャンの為に、何かしたかった。
僅かに残っていた回復の力を、イリレアの命を、ジャンに渡す。
彼女の心臓の辺りからキレイな石が出てくる。
石はイリレアの命と力が加わり、再び形を変え、ジャンの中へと入っていった。
すると機械の部分がなくなり、元のリュウジンの姿を取り戻す。
しかし、長年に亘り粗悪な機械に制御されていたその体に、リュウジンの力は僅かしか残っていなかった。
そのため、すぐにニンゲンの姿に戻ってしまった。
以前は、見た目はニンゲンでも遺伝子などはリュウジンだったが、今のジャンは、見た目も遺伝子もニンゲンへと変わってしまった。
しかし体の中に、少しのリュウジンの血が残る。
微量でも強力なリュウジンの血。
その影響が体に現れ、長い命と、ゆっくり老いる力と、高い身体能力が残った。
今の自分は、
彼女と、
二人分の命と体だ。
大切に生きることを誓う。
二人で旅を始めたばかりだった。
そんな矢先に戦火にあった。
果たせなかった自分とイリレアの夢を果たすため、ジャンは旅に出る。
行く場所全てを目に焼き付け、彼女に届ける。
イリレア……。
この自然が見えるかな?
君が行きたいと言っていた所は無くなってしまったけど、こっちの方がいいと思うんだ。
緑豊かな木々、花々、川、滝。
見晴らしの良い崖に腰かけていた彼は立ち上がり、息をはくと美しい景色を見渡した。
空気がとても澄んでいて、変な感じがするよ。
あと……空がすごく高くて…風が……気持ちいい。
ジャンは瞳を閉じてその場に少し佇み、ゆっくりと瞳を開ける。
労わるように心臓の辺りに手を添え、彼女の鼓動を感じる。
『 どくん…、どくん……。』
優しい笑顔で言った。
「 君に見せたい景色があるんだ……。
この先に……。 」
終わり