凍りついた約束
高層オフィスビルの応接室にある高級ソファーに座り、私はゆっくりと深呼吸した。息子のために、最善の選択をしなければならない。壁一面の書棚、立派なマホガニーのテーブル。窓から差し込む柔らかな日差しの中、目の前に座る高級そうなスーツ姿のコンサルタントが、静かに話し始めた。
「石田様。本日は弊社にお越しいただきありがとうございます。私たちが提供する『クライオニクス』という技術は、現在の医療では治療が難しい人々に新たな希望を提供します」
私がうなずくと、彼は丁寧な口調で続けた。
「この技術は冷凍保存と呼ばれることもありますが、弊社のクライオニクス技術はただの冷凍保存ではありません。最先端の生物学、低温物理学、そして化学の叡智を結集し、患者様のお体を最高の状態で長期間保存することが可能です。これにより、現在は治療が難しい患者様を、将来、医学が進歩した後で、治療することを目指しています」
コンサルタントの言葉は重みを持って私の心に響いた。私は、夫の忘れ形見でもある、一人息子の静かな寝顔を思い浮かべた。難病の健太は現在の医療では治療が不可能と宣告されたのだった。毎晩、健太の寝顔を見ながら「もっと長生きしてほしい」という思いと、「これ以上苦しませたくない」という気持ちの間で揺れ動いていた。
「私たちは、ご家族が、このような決断をすることの難しさを理解しています。だからこそ、個々のニーズに合わせたプランを提供し、全力でサポートすることをお約束します。あなたのお子様にとって最善の方法を一緒に考えましょう」
彼の言葉で少し心が軽くなった。仕事で偶然、裕福な顧客からうわさを聞き、息子の未来のため、今日私はここに来た。その決断は正しかったのだと、胸の奥が告げていた。未来への一歩を踏み出す準備が、少しずつ出来始めていた。
「各プランの特徴について、ご説明させていただきます」
彼は豪華なパンフレットを差し出し、説明を始めた。
「エントリープランは初期費用が抑えられているのがメリットです。ただし、お体の劣化が進むリスクは若干大きめになることもあります」
私は生命保険の営業職で、日常的に人の命やお金を話題にしている。その経験に照らしても、このコンサルタントは口調や態度はもちろん、話術にも長けていることがわかった。彼が遠回しな言い方をしたときには、積極的に質問しないといけない。
「劣化のリスクとおっしゃいましたが、劣化するとどうなるのでしょうか」
彼はうなずきながら答えた。
「これは食べ物に例えるとわかりやすいかもしれません。冷蔵庫に入れた食品も、長期間経つと傷んでしまいます。これが劣化です。人体の場合も、エントリープランは保存技術がシンプルなため、細胞の劣化が速く進む可能性があります。そして、一度傷んでしまったお体は蘇生することができません」
その説明に、胸が締め付けられる思いだった。確かにわかりやすいが、大切な息子を、肉や魚が腐るのと同じように考えることには抵抗があった。
「それは困りますね」
陰鬱な気持ちになり俯くと、重量感あふれるマホガニーのテーブルの表面に、微妙なひび割れがあることに気がついた。私が顔を上げるのを待ち、コンサルタントは説明を再開した。
「そこで、スタンダードプランです。こちらの保存処理や保存環境は高水準です」
「つまり、手作りのおかずを冷凍するより、工場の冷凍マグロは賞味期限が長い、ということでしょうか」
自分で話しながら、そのような例えをしなければならないことに抵抗を感じた。しかし、息子のためにも、事実を冷静に受け止めなければいけないと思い直した。
「まさにその通りです。高度な処理と設備があれば、劣化を大幅に抑えることができます。それに、良い状態のお体は蘇生しやすくなります。蘇生技術が必要なレベルまで発展するまでの年月は、比較的短くて済むと予想されます」
「なるほど……。でもちょっと待ってください。保存した体を蘇生する技術はまだない、ということでしょうか。病気の治療技術だけでなく、蘇生技術が開発されるまで待つ必要があるということでしょうか」
コンサルタントは穏やかに私の質問を受け止めた。
「はい。弊社でも蘇生技術の研究を進めていますが、現時点ではまだ万全ではありません。マグロのように自然解凍すればよいというものではないからです。ただ、状態の良いお体であれば、早めに蘇生できるようになると考えられています」
「それは良かったです。具体的に何年くらいかかりますか」
健太の笑顔をもう一度見られるなら、何年かかっても待つ覚悟だ。
「技術の発展を予測するのは難しいですが、100年が目安と言われています」
「早いと言っても、そんなにかかるんですね……」
それでは私が寿命を迎えてしまう。落胆のあまり黙り込んでいると、コンサルタントはプレミアムプランについて語り始めた。
「プレミアムプランは最高級の保存技術を提供します。初期費用や毎年の維持費は大きいのですが、それを上回るメリットがございます。最高レベルの保存状態のお体の蘇生に必要な技術は、最も早期に開発されるはずだからです。ご家族がお亡くなりになる前、あるいはご高齢になる前に蘇生できる可能性が最も高いプランとなります」
「私が生きている間に蘇生できるということですね!」
喜びのあまり思わず大声を出した私に、彼は言葉を選びながら答えた。表情に一瞬とまどいが見えたような気がしたが、すぐに穏やかな微笑みに戻った。
「技術の発展次第ですので保証はできませんが、可能性がもっとも高いプランであることは間違いありません。プレミアムプランは低温状態でわずかな生命活動を維持させる点が特徴となります。そのため、生命活動を維持している方にしか適用できないプランとなります」
このプランが適用できるなら、私が生きている間に息子を蘇生できる可能性がある。息子の寝顔を思い浮かべ、期待と緊張が入り混じる声で尋ねた。
「難病の息子は、あとしばらくの生命維持だけが限界と病院では言われています。息子にも適用できるのでしょうか」
「はい。おっしゃるとおりです。プレミアムプランがお子様には最適な選択です。といいますのは、人体は生命活動が失われると急速に劣化します。死亡後にしか適用できない他のプランでは、保存が完了するまでの間に、どうしてもある程度は状態が悪くなるのです。しかし、お子様のケースでは、生命活動を完全に停止させず良好な状態のまま保存でき、蘇生も容易になるメリットがあります」
希望が胸に湧き上がった。息子の、健太の笑顔にもう一度会える。……そうなると、気になるのは費用だ。プレミアムというからには、決して安くはないだろう。だけど、健太のためなら、なんとかしてみせる。
「お話を伺ったところ、息子にはプレミアムプランがベストなようです。具体的な費用についてですが……」
「では、石田様。お手元のパンフレットの最終ページをご覧いただけますでしょうか」
冊子をめくると、最終ページには金額が印刷されていた。私は息を呑んだ。エントリープランでも生涯賃金に匹敵する。プレミアムプランに至っては桁違いの費用がかかる。
「こちらが初期費用となります。そして毎年の維持費は、初期費用の5%とさせていただいております」
私はがっくりと肩を落とした。
「これは……無理です。こんな金額、どうやっても……」
窓の外で太陽が雲に隠れたのか、日差しが翳りを帯びた。
「プレミアムは、それだけの価値があるプランなのですが……、私としても残念です」
自分の無力さに涙がこぼれた。しばらく身動きができなかった。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。
「劣化のリスクや蘇生の時期が遅れるのは仕方がないものとして、息子にエントリープランやスタンダードプランを適用することは可能でしょうか」
コンサルタントはしばらく考えて口を開いた。
「法的な問題がありますので……。それは日本では難しいです」
我が子を生きたまま冷凍できないか、という質問をしていたことに気づき、背筋が寒くなった。そして、日本では、という言い方を平然としたことに、コンサルタントに得体のしれない怖さを感じた。
「……殺人とみなされてしまうということですね」
コンサルタントはうなずき、厳しい事実を穏やかに、しかし淡々と話した。
「もし、お子様にエントリーかスタンダードプランを適用するとすれば……、申し上げにくいのですが、脳死を見届けてから、ということになるでしょう」
そこまで話した時、一つの考えが浮かんだ。額から汗が吹き出した。もし夫が生きていたら、きっと彼は怒るだろう。しかし、息子のことを考えると、非常識だがこの方法しかない。自らの考えに身震いした。私の様子を見守っていたコンサルタントが心配そうに声をかけた。
「石田様?」
「……大丈夫です。その、私の生命保険で費用を賄うことはできないでしょうか」
「それはずいぶん先の話になるのではないでしょうか。エントリーやスタンダードプランであっても、脳死直後に保存処理を行う必要がありますので、タイミングの問題もありますし、そのときまでお子様の……」
少し困った表情を作っている彼を遮って、私は話した。
「いえ、違うんです。私、生命保険の営業をしておりまして、数年前から自分自身にも高額の保険を掛けています。エントリープランの費用くらいならなんとか……」
コンサルタントは当惑した様子で、私を見つめた。そして、何かを思いついた様子で話し始めた。
「石田様。それはいけません。そのようなことは考えないでください。弊社としても、費用捻出のためにそのような手段をとる利用者がいると知られると、イメージが悪くなります。しかし、そこまでの覚悟がおありなのでしたら、私からひとつ提案させてください」
私の渾身の考えは否定された。提案とは何だろう。
「どういうことでしょうか」
「初期費用なしでプレミアムプランを利用いただきます。その代わり、我々の顧客獲得に協力いただけないでしょうか。資料や広告に出ていただき、新規顧客との面談などにも利用者として対応いただきます。顧客獲得に貢献するたびに、返済額を軽減させていただきます」
費用が準備できない私にとっては、渡りに船の話だ。話がうますぎる気もしたが、他に選択肢はない。
「ありがとうございます。本当にいいんでしょうか? 10億円以上のプランを無料で利用できるなんて……」
「石田様。無償というわけではありません。弊社は慈善事業ではなく、利益を上げるために事業を営んでおります。採算が取れるよう、石田様には、他の多くの顧客を獲得するために協力いただくことになります」
「わかりました。ぜひやらせてください。頑張ります」
息子のためなら何でもする。その決断がもたらす結果を、その時はまだ知る由もなかった。
***
私はがむしゃらに働いた。利用者の声を聞きたいという見込み客との面談を数多くこなした。あくまで「個人の感想」という扱いになることから、契約獲得のため、将来を楽観的に、リスクを小さく話した。
見込み客との面談では、クライオニクスの意義を熱心に説明し、愛する我が子を未来につなぐことができたことを語った。営業トークであることを意識せずとも、息子の話になると良かったという感情がこみ上げてきた。私に共感し、契約を決断した人たちが増えていった。
そんなある日、顧客の一人が疑問を投げかけた。
「ネットで見たんですが、保存された人体が密かに人体実験に使われているって。誰が書いたのかはわからないけど、すごく詳しく書いてあって……」
私は動揺を隠しながら答えた。
「そんな根も葉もないことを、どうして信じるんですか」
でも、本当に根も葉もないことなのだろうか。
「この技術、本当に人を生き返らせることができるのですか? 二度と生き返らないといううわさもありますが……」
蘇生技術が完成する前に復原不可能なレベルまで体が劣化するリスクはないとはいえない。私はそう公式の見解を説明し、だからこそプレミアムプランを選んだこと、そして愛する我が子の笑顔を再び見ることができると信じていると付け加えた。心の中ではクライオニクスに対する疑念が芽吹いたが、すぐに打ち消した。
別の顧客からは、もう少し直接的な疑問を投げかけられた。
「一部の医学や生物学の専門家からは否定的な見解も出ているので不安です。例えばこの細胞膜を透過する溶媒に関する……」
彼はそう言いながらなにか書類を見せようとした。論文だろうか。私は専門家ではないので技術の詳細は分からないと断った上で、答えた。
「クライオニクスは、愛する人との再会を確約するものではありません。でも、ゼロであった可能性を、ゼロよりも大きくすることができます。期待を持てるようになること、これは非常に大きな意義あるのではないでしょうか。現在の科学では解決できない問題も、時間とともに技術が進歩すれば解決できる日が来るかもしれません。私はそう信じています」
心の中で疑念が湧き上がるたびに、そうであってほしくない、そうであってはならないと自分に言い聞かせた。それに、現在の医療で助からないのなら、クライオニクスに賭けるしかない。そう考えると、自分の息子をクライオニクスで保存したこと、そしてその事実を元に他の人達にクライオニクスを推進していることは、むしろ意義のあることだと思うようになった。
私は多くの顧客の決断を後押しした。彼らはクライオニクスの様々なプランを契約した。数年後には費用返済に必要な件数を、数倍上回る契約を獲得した。
クライオニクスの技術にも詳しくなった。息子を預けてから後にも、進展はあった。新しい保存液の開発や、より精密な温度管理システムの導入などだ。しかし、蘇生技術の進歩は遅々としている。プレミアムプランであっても、自分が生きているうちに息子を蘇生できる見込みは低いことがわかってきた。蘇生した後のことが心配になる。親である私が死んだ後に息子が蘇生できても、7歳の子供が一人で生きていくことは難しいだろう。
そこで、私は会社に一つの提案をした。これまでの貢献と引き換えに、私自身をプレミアムプランで保存し、息子と同時に蘇生させるというものだ。会社としては、それも一つの宣伝効果になると考えたらしく、その提案は認められた。
***
雪解けの遅い北の大地を、車は黙々と走り続けていた。窓の外には白く凍てついた荒野が果てしなく広がり、まっすぐに伸びる一本道が地平線まで続いている。この果てなき道の先に、クライオニクス施設はある。車内に流れるラジオのノイズ混じりの音声に、私は耳を傾けた。
「クライオニクス技術の是非について、専門家の間で議論が紛糾しています。カナダの科学者グループは、この技術には重大な欠陥があり、倫理的にも問題があると指摘しています。一方で、クライオニクス関連企業は……」
ラジオのスイッチを切った。今さら悩んでも仕方がない。こんな話は何度も何度も聞かされてきた。未来の技術発展に賭ける選択なのに、現時点で100%の安全など見込めるはずないではないか。
私は日本の最北端に位置するクライオニクス施設を訪れた。未来への旅立ちだ。施設は機密保持のため、ごく限られた人数で運営している。そのため、親族でもこの施設に立ち入ることはできないそうだ。入口の簡素な受付で、分厚い書類が目の前に出された。
「最終の意思確認です。サインをお願いします」
ひどく事務的で冷たい印象だったが、これで息子との再会が叶うと思い、迷わずサインした。息子の保存カプセルを見ておきたいと申し出たが、安全確保を理由にその願いは聞き入れられなかった。
施設内は静寂に包まれ、壁からは冷たく湿った空気が漂っていた。案内された手術台に横たわるとその冷たさが直接肌に触れた。保存中の生命活動を維持するため、人工心臓や人工呼吸器を装着する手術だ。病気でもないのに、このような処置をすることに不安はあったが、平静を保つため息子の笑顔を思い浮かべた。打たれた麻酔が静脈を通じて体内に広がった。冷たさが体を覆い始めた。その冷たさは皮膚を這い、深く骨まで染み渡るようだった。意識がゆっくり閉ざされていった。
****
呼吸の苦しさと胸の痛みで目を覚ました。私は完全な暗闇の中にいた。保存カプセルの内部は想像以上に狭く、閉塞感があり、その金属の冷たさと硬さが際立っていた。口には管が挿入されている。ヒューヒューという自らの呼吸が耳障りだ。苦しいが声も出せない。代わりにうめき声が漏れた。人工心臓の手術のせいか、胸が切り裂かれたように痛い。体は動かせず、深く息を吸うこともままならない。耐え切れずに、わずかに動かすことができる手先と足先でカプセルの内側をガリガリと引っ掻いた。指に激痛が走った。爪が剥がれたようだ。
体の中から熱が奪われていくのがわかる。体外の人工心臓に繋がれたチューブを通して凍結寸前まで血液を冷却するのだった。体温が下がると共に、全身に猛烈な寒さと痛さを感じた。しばらくすると、外の技術者たちの話し声が漏れ聞こえてきた。
「あれっ、大丈夫かな」
「どうした?」
二人が話している。私には聞こえていないと思っているようだ。
「このカプセル、センサの活動レベルが少し高いが、なんか間違ったか」
「誤差じゃないか? プレミアムは生きたままの処理だから、ばらつきも大きくなるんだろう」
「そうか。ま、多少違ってもわかりゃしないか」
「そうそう。大丈夫だって。気にするな」
二人は楽観的であり、彼らにとっては私の保存処理は単なる業務の一部に過ぎないという事実に、私の孤独感と恐怖は増すばかりだった。
「この石田って、会社の広告に出てた人じゃねえか」
「ああ、そうか。どおりでどこかで見たことがあるような気がしてたよ」
「身をもって安全性を示す、ってことかい」
「そういうことだろうな。でも、卵子や精子は蘇生できるけど、臓器や生物は無理らしいよ」
技術に精通しているはずの施設の技術者の会話としては少し違和感がある。現在は不可能でも、将来できるようになるのを待つ。それがクライオニクスのはずだ。
「会社の研究所に科学者がたくさんいたが、あんなに学者がいてもダメなのか」
「ああ、でも、まともな科学者はいないらしい。客寄せのため、研究しているフリをしているだけ、ってうわさだ」
なんだ、それは。高額な費用の一部は、一刻も早い蘇生技術の開発のために使われているはずじゃないのか。
「なんだ、詐欺みたいだな。でも、ウチの会社じゃなくても、誰かが技術を開発すればいいんだろ?」
「そう簡単じゃないみたいだ。これも聞いた話だけど、死んだら脳細胞のタンパク質は変質するから、元には戻らないって」
そんなはずはない。技術が発展すれば元に戻せるはずだ。
「今は無理でも、将来はできるようになるだろ?」
「脳の中では神経のネットワークが、その人の性格や記憶になってるらしい。でも、脳が死ぬとネットワークが切れるから、100億以上ある細胞がどんなふうに繋がっていたかがわからなくなるそうだ」
「技術ができても、どう直せばいいかわからなくなってる、ってことか」
「そうだね。必要な情報が失われてしまってるんだ」
「じゃ、エントリーやスタンダードプランは、ただ死体を冷凍庫に入れてるのか」
「まあ、そういうことになるかな」
そんな……。でも、それが事実だったとしても…… プレミアムプランなら脳死前に保存するから大丈夫。そう、大丈夫なはず。
「じゃ、意味があるのはプレミアムだけってことかい」
「それもかなり怪しい。脳死前に低温にするんだが、実際に脳がどうなるかわかってないらしい」
「どういうことだ?」
「そこまで低温にすれば脳は死ぬかも知れないってことだよ」
「だったら、安いプランと同じだ」
「でも、もっと怖いのは、脳が生きてる場合だよ」
「プラン通りなら、脳は生きてるんだろ?」
「ああ。生きてても意識を失っているならいい。だが、意識があったら、どうかな? 何十年、何百年も、冷たくて暗いカプセルに閉じ込められるんだ。耐えられるか?」
……私には意識がある。暗い。痛い。苦しい。声を出すこともできず、ただ彼らの話を聞いている。爪がこそげ落ち、血まみれでヌルヌルする指先で、カプセルの内側をかきむしっている。
「そういえば、このカプセルから、かすかにうめき声やひっかくような音がする」
「さすがに、それは気のせいだろう……まさか」
一瞬の沈黙の後、二人の笑い声が響いた。
「どうだ、面白いだろう?」
「カプセルを冷やすと、排熱で部屋は暑くなるからな。その話で少し涼しくなったよ」
「それにしても、いい仕事にありつけたぜ。白衣を着るだけで、マグロを冷凍するより給料がよくなった」
「そうだな。生まれ変わりを説いて財産を寄付させるヤバイ宗教と一緒だ。そりゃ儲かるよ。ははは」
なんということをしてしまったのか。しかし、体は既に動かせず、声も出せない。カプセルの中で凍りつくような寒さを感じながら、私は再び目を閉じた。これが正しい選択だったのか、それとも取り返しのつかない過ちを犯したのか、もはやわからない。健太、ごめんね…… 私たちはこれから一体どうなるの? 闇の中で、かすかに聞こえる機械音だけが、終わりのない不安と後悔の中で私に答えた。