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カナデシキ。  作者: そら
9/13

第9章:パン

 そして、俺たちは新しい朝を迎えた。

 奏は青い某たぬきさんのように、押し入れの中に勝手に寝床を作って寝ていた。俺はというと、彼女の占有スペース外のほんの狭い空間に追いやられ、体を丸めながら苦労して寝なければいけなかった。

 ぱっと見、奏の荷物で溢れかえっている俺の部屋だが、これも普通の人間には見えないのだという。しかし、ということは一般人から見たら、俺は何もないのにこうやって片隅に寝ているモノ好き、ということになる。母親には極力部屋に入っていただかないようにしよう。天界人は便利なものだ。常にステルス迷彩で、何をしようと自由なのだから。一緒に居る俺にとっては迷惑極まりない。見えたら見えたで説明のしようがないのだが。

 

 今日は土曜日。俺の生まれる前はこの日も学校だったらしいが、世の中は学生に「休み」という堕落時間を与えた。しかし、いつもなら心躍るハッピーサンデーでも、今日はまったくもって気が重い。というか、今日から以降、俺に気の休まる日はやってくるのか甚だ疑わしいものだ。

 いつもなら昼過ぎまで寝床でごろごろしているのだが、今日はそんなことしていられる状況ではなかった。何せ、押し入れの中に天使様がいらっしゃるのだからな。俺は、学校に行く時でさえここまで早く起きないであろう、新聞配達のバイクの音が聞こえるか聞こえないかくらいの時間に目が覚め、とりあえず着替えを済ませてから無駄に時間を潰していた。


 午前十一時頃。

 起きてから、ずっと昨日の出来事を反芻していた。何度も何度も夢オチではないかと考えた。しかし、俺の部屋に散らばっている謎の家具類や衣装、俺が今握っている杖が消えることはなかった。何より、時折聞こえる押し入れからの寝返りの音が、今までの出来事の決定的な証拠だった。

 しかし、何故俺は、土曜日の朝、自分の部屋で、ここまでびくびくしなければいけないのだろうか。奏は一向に起きる気配がない。俺だって、できればそうやって惰眠を貪りたかったよ。

 と、考えていると突然「ガタガタッ」という音が鳴り、直後「ガコンッ!」と一つ大きな音がした。案の定、その後押し入れから頭を抱えた天使様がのそのそ出てきた。

「……痛いし狭いし、お腹減った」

 とりあえず寝起きは最悪みたいだ。ああ、今日もまた奏との一日が始まるのか……


 下に降りて食べ物を漁る。しかし、いつもならテーブルに置いてある朝ご飯が、今日に限って見当たらなかった。うちはパン派なのだが、パンの耳はおろかパンくずさえも見つからない。と、テーブルの片隅、お菓子の缶の下に隠れるように母親の置手紙があった。


『シーくん、今日は土曜日なのでご飯がありません。でも家中探したら何かは見つかると思うので、根気よく探してみてください。もしかしたら何もないかもしれません。たまには共働きの母親に同情して、前みたいにおいしいもの作ってくれたら、母は泣いて喜ぶ、確率が二割程度です。じゃあお仕事に行ってきます。なお、この手紙は読んだ後、三十秒後に消滅する……といいな』


 最後の方は走り書きになっていた。おそらくこんな手紙を書いていて遅刻しかけたのだろう。こういう置手紙は、もっと目のつきやすいところに置いておくものだ。無駄な時間を費やしてしまったではないか。「何かは見つかる」と記載があって何か見つかったためしはない。俺はさっさと探索を中止して、奏に何と言おうか逡巡した。その結果、何を言い訳しても俺は怒られる、という解答を得、俺はしぶしぶ二階へ戻った。

 部屋に入ると、奏はテーブルに座ったまま船をこいでいた。そんなに眠いのなら押し入れに戻ればいいものを。しかし俺がテーブルの真向かいに座った瞬間、びくっと肩を震わせて奏は二度目の起床を迎えた。

「……おはよう」

「……たべもの」

 挨拶には挨拶で返す、という基本的事項を習わなかった天使様は、開いているのかいないのか分からない程度の目で俺を見る。うーむ、どうしたものか。

「実は、食べるものがなかったんだよ」

「……たべもの」

「だから、家に今食べるものがないんだよ。だから、買って来なくちゃいけない」

「……たべもの」

 埒があかないので、俺は近くのコンビニに行くために準備を始めた。

「……どこに行くの?」

 ほんの少し、本当にほんの少しでいいから俺の話をまともに聞いてほしい。聞こえてきたものを右から左に流すことも、こいつはしていないのだと思う。リスニングテストでは断トツのビリであることは間違いないだろう。

「だから、食べ物を買いに」

「……じゃあ、あたしも行く」

 この返答は予想外だった。奏は絶対にめんどくさがって行かないと思っていた。

「近くのコンビニだぞ? 十分もかからないぞ?」

「今日、仕事、休みだから」

 改めて思うが、天使の仕事って何なのだろうか。やっぱり魔物を蹴散らすことなのだろうか。営業職みたいに歩合制だったら、俺はすぐリストラにあいそうだ。

 まあ彼女が行くと言っているのだから、無理に止める理由もない。俺は奏に外に出る支度をするように言った。人の目には映らなくとも、さすがにパジャマ姿で外には出られないだろう。既に着替えを済ませている俺は(何せ起きたのが夜明けだったからな)、階下で奏の準備が終わるのを待った。

 そこから三十分、俺は下でテレビを見ながら時間を潰していると、準備を終えた奏がやっと一階に下りてきた。

 その時点で、時計の針は正午を回っていた。


 うれしいことに、家の近くに最近、コンビニができた。

 今までは、近辺にそのような店舗は存在しなかった。この地域だけ十年くらい開発が遅れているんじゃないかと思うくらいだった。それが、社長の思いつきと言わんばかりに、本当にいきなり近所に店が出現したのだった。消費者側にしたら、ちょっとしたものはそこで用を済ませられるので喜ばしい限りだが、その裏で大打撃を受けた昔なじみの店舗もあり、心境は複雑である。つい最近も、小学生のときによく入り浸っていた駄菓子屋のシャッターが閉じられたばかりだった。


「ねえ、シキ」

 今だ寝ぼけ眼の奏が話しかけてきた。

「なんだ?」

「こんびに、って何?」

 これは、まだ頭が覚醒していないからなのか、奏の頭の中自体にその単語が存在していないのか、分からない質問だった。どっちの可能性も視野にいれて、俺は慎重に答える。

「家の近くに最近できた店だよ。親がメシ作ってないときには良く世話になるな」

「ふーん、ご飯を売っているお店なのね」

 この返答は明らかに先ほどの疑問での後者の可能性を示唆している。何だ、天界人っていうのは人間の文明に疎いのか?魔物討伐のためにちょくちょく降りてきているんじゃなかったのか?

 そんなことを思っているうちに、俺たちはコンビニに到着した。自動ドアが開き、来客時に流れる音楽と、やる気のないアルバイト店員の挨拶が重なる。そのなんでもない一連の出来事に、奏はさっきの寝ぼけた表情を一新し、目を見開いた。本当に人間界を知らないらしい。

 ずらりと並ぶ食料品や雑誌、雑貨類。俺はパン、軽食コーナーへと向かう。初めて日本に来た外国人かのように、奏は店舗内をぐるぐると見まわしている。

『奏は何がいいんだ?』

 店員に怪しまれないために、小さな声で話した。ただでさえよく利用するコンビニだ。既にあの店員とも何度か顔を合わせている。あまり目立った行動をすると以降この店が利用できなくなってしまう。

「……」

 見開いた目がさらに大きくなる。視線の先は、マヨネーズコーンパンとコロッケパン。どちらも最近ではよく見かける普通の惣菜パンだ。天界人は普段何を食べているのだろうか。

 そこからしばらく、奏は動かなかった。おそらく二つの惣菜パンで迷っているらしい。俺は仕方なく、その両方を手にとって清算に向かう。にわかに奏の表情が明るくなった。しかし、高校生のなけなしの小遣いをはたいているということは、彼女には到底分かってもらえないだろう。

 

 そして俺の部屋再び。さすがの俺も、起きてから何も食べていなかったので腹が減った。

「ふー、メシがかなり遅くなったな。奏、さっそく食べようぜ」

 中央のテーブルにコンビニの袋を置き、俺は内容物を出していく。

 俺が選んだのは、味より量の「どでかい焼きそばパン」。商品名の通りかなりどでかい。奏には先ほどの二種類のパンを置いてやる。彼女はさっきから、気持ち悪いほど機嫌がよかった。今までこんな表情見たことがない。まあ平穏であるのは良いことだ。

 さっそく袋を開けて食べようとすると、そのどでかい焼きそばパンを、奏がまた目を見開いて見ている。さすがにこれは俺の食糧だ。お前には既に二つもやっただろう。

 視線を極力無視して、俺は焼きそばパンを食べる。奏はずっとこちらを見ている。

「……ちょっとだけなら、やってもいいぞ」

 その言葉に、また彼女の表情が明るくなった。こいつどれだけ食うつもりだよ。細い体のどこに入るのか。

 


 結局、奏はマヨネーズパンとコロッケパン、それに俺のどでかい焼きそばパン2分の1を軽々と平らげた。しかも終始、彼女は俺に満足げな表情を見せていた。文明パワー恐るべし。人間の進化に俺は心から感謝した。予想外の出費は痛かったが、今回はその態度に免じて特別に許してやろう。

 まあ近々、母親に小遣いの値上げを申請する必要があるけどな。


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