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カナデシキ。  作者: そら
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第8章:抵抗

 さて、今回は久しぶりにクイズから始めよう。


「志稀くんは、3.5時間ほどかけて天界に行きました。帰りは何時間かかったでしょう?」


 小学校で習う、時間・距離・速さの公式なんて、もう当てはまらない。というか物理法則は魔法の力で全て無視されるんだったな。

 で、考えるだけ無駄だってことで、ちゃっちゃと正解を申し上げる。


「答えは2秒」


 何人の人がこのクイズに正解できただろうか。まあ「人」の時点で解答者にはかなりのハンデがあるので、正答率は半端なく低いと思われる。 

 あの後、神様が魔法の力で、俺たちを「一瞬」にして、ほんとうに「あ」っという間に、もとの世界へ帰してくれたのだった。そんな便利な力があるのなら、俺は無駄な耐久レースをする必要性は微塵もなかったというのに。

 今回ばかりは精神的ダメージが大きかったので、奏にちょっと抗議してみた。しかし。

「あんたが途中で力尽きて、あたしの知らないままに墜落してしまってた方があたし的には楽じゃない? そっちの可能性にかけてみたのよ」

 案の定一蹴された。というか、本当にこいつ天使なのかよ。俺にとっちゃあ悪魔にしか見えないのだが。


 で、とにもかくにも俺たちは地上に帰って来れた。

 しかし、その後俺はどうすればいいのか分からずに、「疲れた」という奏の言葉を受けて、天使様をとりあえず俺の部屋に入れた。この聖域に入ることができる異性は俺の母親と未来の彼女だけだ、という無駄なポリシーを17年守り続けていたが、それは儚くも夢想と化した。

 天界人は、普段は人間の目には映らないらしい。母親が台所でカレーという名のレトルトを茹でていたが、俺の帰宅にさえ気づいていないようだった。一応「ただいま」とだけ声をかけ、俺は奏を連れてすぐに二階の部屋へ向かった。

 



 帰宅して以降、奏は仏頂面で窓際に座ったまま、一言もしゃべらなかった。ため息ばかりは何万回とついている。この部屋の二酸化炭素濃度は、通常よりはるかに高いのだろうと思われる。

 一回絞り切ったレモンから汁を出すような気持ちで、俺はなけなしの勇気を振り絞る。


「な、なぁ」

「……」


 神様は何故、俺のようなチキン野郎にこのような大役を任せたのか。これは前世からの贖罪か何かなのか。そうだとしたら、俺のご先祖様はどれだけの悪行をしでかしてきたことだろう。

 何とかして話題を作ろうと、俺はゼロに近いコミュニケーション力を総動員させる。

「また、その魔物って奴が襲ってくるのか?」

「……そうかもね」

「俺もまた、襲われちまったり、するのか?」

「……たぶんね」

 やった、相槌は打ってくれた。これは人類の偉大なる第一歩だ。国民栄誉賞をもらってもいいくらい、俺は人類代表としてがんばっている気がする。




「……言っとくけど」

 急に、天使様がしゃべってきた。

 俺はびっくりして思わず肩を震わせちまった。俺が栄誉賞を受賞する余韻に浸っている間を狙ってきやがるとは、卑怯だぞ、天界人。



 奏は、そんな俺の複雑な心境を完全無視して、続ける。

「あんたが魔物に襲われようが食いちぎられようが一緒に戯れて遊んでいようが、あたしには『全く』関係ないのよ。あたしだってね、一応これでも役職付きの天使なんだから、あんたみたいなミジンコと遊んでる暇なんて『これっぽっちも』ないわけ。『あんたを守る』っていう仕事なんて、『朝起きて歯磨きをする』ことの方が重要なくらい、あたしが抱えてる仕事の優先順位からしたら下の下の下に位置するわけよ。そんな仕事を引き受けてたら、山ほどあるあたしの仕事が一向に減らないわけ。むしろ増えるの。どうしてくれるのよ。クレス様の命だから仕方なーーーーーーーーーーーく引き受けてるけど、あんた、そこんとこ分かってるんでしょうね」

「……」

 かなりの長台詞だった。よくかまずに全部言いきれたな、なんて、全く他人事の様に聞いていた。

 俺だって、思うところはたくさんある。読書感想文で原稿用紙八枚という宿題を課されても余裕でクリアできるくらい、たくさんある。

 しかし、やっぱり俺はそんな思いを口にすることができなくて、うつむいていることで時間を経過させる、という卑怯な手法しかとることができなかった。

 一言だけ発した言葉は、明らかに俺の弱さを象徴させるものだった。


「ごめん」

「……」


 それだけ聞くと、奏は最後に一つだけ大きなため息をついて、窓から飛び去ってしまった。

 とっくの昔に日は沈み、雲間からは三日月が顔を出していた。

 仕方ないだろ、俺はこういう「人間」なんだ。






 昔から、こんな性格だった。

 人の言うことを従順に聞いていれば、とりあえずその場は流せる。その時は辛くても、反抗する方が体力を消耗する。時間が、全てを解決してくれる。

 だから、大人から見たら俺は優等生で、子供から見たら俺は卑怯者だった。

 反抗することが面倒くさかったし、辛かったし、怖かった。

 本気の喧嘩なんか、今までしたことないのかもしれない。


 この人間社会を生き抜いていくには、

 俺のような生き方の方が賢いんだと思う。

 既に社会はコンピューターの様に正確に時を刻んでいる。

 それなりに勉強して、それなりにいい学校を出て、それなりの会社に就職して、それなりの生活を送る。

 そうやって生きていくのが必然の様に、人は皆同じような人生を歩む。

 一回でもその社会システムに逆らってしまうと、途端に生きづらくなる。

 社会は異常を極端に嫌うからだ。


 俺は社会に組み込まれたピースになることに対して、そこまで抵抗を感じなかった。むしろその方が心地よいのではないかとも思った。

 俺が考えなくても人生はなんとなく決まっているんだ。あとはそれに外れないように適当に努力していればいいんだ。


 しかし、今の俺は何なのだろうか?

 奏という天使に出会い、魔法を使えるようになった。その力で魔物を倒し、天界にまで行った。

 こんな俺を、果たしてまだ人間社会は受け入れてくれるのだろうか?

 俺は以前、というか今の今まで、日々の生活に飽きていた。

 従順に、人の言うことを聞く生活に、飽きていた。

 奏と出会ってからも、以前と同じような生き方をするのか?

 あんなに暇だと嘆いていた、以前と変わらない生き方をするのか?


 こんなに、面白そうな力を手に入れたのに?



「天駆ける力を我に! フライ!!」


 俺は部屋の中で、宣言する。

 そして、奏が飛び去った窓から、勢いよく飛び出した。


「かなでーーーーっ!!」

 俺の家のはるか上空。

 雲もあまりない、穏やかな夜。

 どこにいるかも分からない相手に向かって、俺は目いっぱい叫んだ。


「さっきはよくも言ってくれたなあっ!! 俺だって、好きこのんでお前なんかを見つけたわけじゃないんだよっ!! お前ばっかり被害者みたいに言ってるけど、俺だって酷い目に遭ってるってことが分からないのかよっ!! 右も左も分からないまま、今まで戦ったこともないし空なんて飛んだこともないし、ましてや魔法なんて使ったことあるわけないし、そんな状況でも一生懸命がんばろうって思ってるんだよっ! それを何だ、俺をハエとかミジンコとか呼びやがって! お前の仕事が増えたのも分かるけど、俺だって平穏な生活がしたいんだよっ!! だから、ちょっとでもお前と仲良くなろうって、がんばってるんだよーーーっ!!」

 

 下界で、何事かと人が家から出てきているのが見えた。

 聞いてもらいたい相手には、所詮聞こえない俺の言葉。

 何だかとても、滑稽に見えた。

 

「……帰ろう」


 五月といえど夜、しかも空は寒い。

 くしゃみを一つして、俺はのろのろと自分の家に帰って行った。







「お腹減ったんだけど」


 俺んち。

 六畳ほどの狭い部屋の、3分の2くらいのスペースに、先ほどはなかった家具やら衣装やらが散在していた。

 その中心にでっかいテーブルを置き、数時間前と変わらない様子で、奏が頬杖をつきながら窓から入ってきた俺のことを見上げていた。

「あ、あれ、奏……? 何して…」

「何って、私は地上であんたを守るっていう使命を受けたでしょーが。あんたも聞いてたでしょ? だから、これからあたしもあんたの部屋で生活することになったのよ」

「は、せいかつ? 誰と? 俺と?」

「あんた以外に誰が居るってのよ。はあ、こんな狭い部屋で暮らすだなんて、犬小屋の方がまだましなんじゃないかしら」

 そんなことを言いながら、奏は持ってきた家具たちを整理し始めた。ものすごい量だが、どこからどうやって持ってきたのだろうか。

 そんなことより、俺は、彼女に今すぐ重要なことを聞かなければならない。


「なあ、奏」

「……何よ」


 沈黙が流れる。

 やっぱりいつまでも言いだせない俺。

 しびれを切らして、奏は言った。


「……あんたがハエやミジンコではないってところ、あたしに証明してみなさい。そしたら、あんたを認めてあげる」

「……」


 今の俺は、黙って頷くことが精一杯だった。

 その瞬間、奏のお腹がぐぅと鳴った。

 

「わ、分かったんならさっさとあたしに食事を用意して! 今日はほんとに疲れたんだから!」

 天界人もお腹がすくんだな。タイミングの良い腹の虫に、今は感謝でいっぱいだ。

 レトルトカレーが奏の口に合うかどうかは分からないが、奏はどんな食べ物も文句しか言わないだろうからよしとする。

 さっきと変らない罵声を浴びながら、俺は階下に降りて行った。




 そんなこんなで、俺の長い一日がやっと終わりを告げたのだった。



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