第5章:休憩
「な、なあ、いつになったら、その天界とやらに、つくんだ……?」
かれこれ数時間が経過。
その間も俺たちは黙々と青空を飛び続ける。
やはり、この魔法の力もマジックポイントがあるのだろう。だんだんと、俺の体力がエンプティに近づいていくのが分かった。
「そうね、あと二時間ほどってとこかしら。何、あんた息切れ?」
「ちょっと、ヤバイ……。気抜いたら、……落ちそう」
息も絶え絶えになってそういうと、奏はやっとスピードを緩めてくれた。顔は見なくとも、渋い表情をしているのだろう。
「はぁ……。まあいいわ、ちょっと休憩しましょ。そうね、あそこがいいわ」
奏は、何の変哲も無い雲を指して、俺について来るよう合図をした。
いや、いやいや、あれはただの水蒸気の塊ではないのですか?「お空の雲で休憩ね♪」なんて、冗談言ってる場合ではないのですが。
「とにかく来なさい。あんたは黙ってあたしの言うことに従ってればいいのよ」
「……」
既に、俺は奏姫の下僕と成り果てているらしかった。
俺たちは、奏が指差した雲までやってきた。しかし、近づけば近づくほど、それはただの水蒸気であった。
「どうするんだよ。こんなところで休めるのか?」
「このままじゃ無理よ。当たり前じゃない」
おかしい。俺は同じ懸念をさっき持っていたはずだが、かなりバカにされてしまった。
そんな俺のことはやはり微塵も気にかけず、奏はさっさと雲の前に立ちはだかった。
「……」
奏が目を瞑ると、体から幾重もの魔方陣が出現した。
そして、それは前方にあった雲を瞬時に取り巻いた。
しばらくすると、水蒸気の粒であったものが、なんと白く硬質のある物質に変化し、あたり一面が地面のようになった。
「す、すげえっ! こんなこともできるのか!?」
「ま、まぁね。」
素直に喜んだ俺の反応がうれしかったのか、奏は何とも意外な表情を見せた。そうやって、可愛らしい仕草のままであれば、俺のやる気度数も格段にアップしてることだろうにな。
しかし奏は一瞬で元のツン全開性格に戻り、「早くこっち来ないと、落ちても拾わないわよ」と恐ろしい言葉を吐いてやがった。
「あー疲れたー」
「……」
何を思っているのか、奏はまじまじと、俺の顔を見つめていた。
「何だよ。俺の顔に何かついてるのか?」
「……、たとえあんたの額に『肉』と書かれていても、私は教えてやんないわ。」
この減らず口が。
だが俺は、奏を相手にする体力も無いくらい疲れていたため、反論もせずおとなしく聞いていた(あくまでも体力がなかったせいだ)。
しかしその間も、奏は俺の顔をずっと見ている。
そんなに俺の顔が面白いのか?
「何か、シキって、不思議な感じ」
「……? どういう意味だ?」
「なんでもない。こっちの事情」
全く意味が分からん。
こんなどこにでもいるような男子高校生の顔、見ていてもムサいだけだ。
「ねえ、シキ。あんた本当に、何も関わっていないわよね?」
「……何に?」
「私たちに」
当たり前だ。
俺は一度たりとも宇宙人にさらわれたりなどしていないし、天界人はおろか、魔物だってテレビ画面上でしか見たことが無い。ごくごく一般的な標準家庭で育ち、特に才能に恵まれている訳でもなく、成績も中の下くらいで、スポーツだってはっきり言って得意ではない。全く持って、これ以上ないほどにノーマルな一般ピープルである。
「……」
言ってて悲しくなるほどの俺の答えに納得がいかないのか、奏は一人で思惑の海へ航海に出かけてしまった。俺のほうが、何でこんな目に遭っているのか知りたいぐらいなのに。
「まぁ、その天界とやらに着けば、お前が悩んでる原因ってのもつかめるんじゃないか? 今考えたって、仕方ない」
「それもそうよね。天変地異が起こっただけかもしれないんだし」
起こった「だけ」とな。
俺にとっちゃあ命がけなんすけどね。
「じゃあ、そろそろ行きましょう。あとちょっと、頑張りなさいよ」
「ああ、分かったよ……」