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カナデシキ。  作者: そら
13/13

第13章:三角関係

「……何で、あんたが居るわけ!?」

「何故私が居たらいけないのでしょうか?」

 俺んち。

 この狭い部屋に、天使と天女と俺が居る。そして、彼女たちは何故か険悪な雰囲気となり、どこに要因があったのか全く分からない言い争いをしている。あるぇ? 詩音さんと奏って、同僚じゃあなかったのか……?

「私はクレス様から志稀様をお守りするよう仰せつかりました。よって、志稀様のご自宅であるこの場所に伺ったのです。この、矛盾も全く何もない事柄に、何故あなたは疑問を持つのですか?」

「シキを守ることなんて、あたし一人で十分なの。それがなんでよりによって、あんたみたいな小言女がやってくるのよ!!」

「こっ、こごとおんなですって……!? 貴方は何という暴言を口にされるのですかっ!!? 私がいつそのような言われようをされる行動をとりましたかっ!!」

「いつって、毎回に決まってるじゃないのよ! 屁理屈ばっかりくどくど言って、あんたとしゃべってるとイライラするのよ!!」


 あのー……。


「大体、あんたがいなくったって十分なんだって言ってるでしょっ! ここはただでさえ狭い部屋なのに、これ以上狭くしないでくれる!?」

「貴方みたいな野蛮な方に、志稀様をお任せしておけません!! 貴方こそ、天界へ帰ったらよろしいのでは!? 元々乗り気ではなかったのでしょう!?」


 ダンッ!!


 奏が傍にあったテーブルを思い切り叩く。詩音さんは一瞬怯みながらも、キっと奏を睨み返す。どちらも一歩も譲らない。

 タイプ的には真逆だな、と薄々感じてはいたのだが、ここまで激しい喧嘩が繰り広げられるとは思わなかった。どちらかといえば、奏が極端に詩音さんを嫌っているように見受けられるのだが、理由は俺が知る由もない。

 そして、完全に蚊帳の外であった俺に、ついに火の粉(どころか火事大本)が飛んできた。

「シキ、あたし、気が変わった」

「え……? な、何が……?」

「こんな女に任せるくらいなら、あたしがあんたを一人で守りきる。クレス様に早々に辞退させていただくよう申請してたけれど、撤廃する」

 そ、そんな申請をしていたのか……新事実にかなりのショックを受けた。最近は奏ともうまくいっていたと思っていただけに、そのダメージは大きかった。

 そんな、軽い放心状態の俺の腕を、詩音さんはゆっさゆっさと引っ張る。

「志稀様は私がお守りいたしますっ!! 貴方は、新しい任務でもお受けになったらいいのですわっ!!」

 これは、一体……

 二人の天界人が俺を取り合うという奇跡が、目の前で繰り広げられている。

 今までの過程をすっ飛ばして見ている人がいれば、俺は確実に、二股をかける最低な男として映っているのだろうが、これだけは声を大にして言いたい。「俺は全くの無実だ」と。今の争点は俺自身の取り合いでもないしな。

「とにかく、ここへはあたしが先に来たんだから、新入りの入ってくる余地はないわよ! 出て行ってくれる!?」

「嫌ですっ! そっちこそ天界へお帰りになったらよろしいこと!!?」

 二人は俺の狭い部屋で、大声を張り上げて言い争う。そこまで大きな声を出さなくても十分聞こえるのだが。むしろ近所迷惑なので止めてほしい。母親がまだ帰ってきていないことだけが幸いだった。

 二人は俺を間に挟み、なおも罵倒中だ。事態は悪化するばかりである。ここは俺が仲裁するしか……

「あ、あのーお二人方」

 ぎろっと二人が俺をにらむ。蛇に睨まれた蛙ということわざを、使う日が来ようとは思わなかった。

 しかし、ここで怯んではいけない。ここで負けたら男じゃない。俺は必死の決意で、続けた。

「俺にとったら、二人とも一緒に俺を守ってくれるなら、これほどうれしいことはないんだけど……あのー、やっぱ無理かなぁ……?」

 当たり前だというオーラが二人からにじみ出ている。

 うーん、やっぱ、俺には無理だ。俺の決意の儚きことよ。二秒ももたなかったな。

 と、その時、空から一筋の光が俺の部屋に差し込んできた。

 これは、クレス様の光通信である。

 以前も数回、唐突に通信があったことがあるのだが(ものすごく他愛もないことだったので、内容は忘れてしまった)、このタイミングで通信が入るとは。

『シキさん、シキさん、聞こえますか?』

「は、はい、クレス様、よく聞こえます」

 俺は光に向かって答える。光通信なので、音声だけで姿は見えない。いわゆる電話みたいなものである。何度会話しても、姿が見えなくとも、クレス様と話すのは緊張する。

『今頃詩音があなたの元へ到着していると思いますが、そちらに詩音は居ますか?』

「はいっ、クレス様! 私はここに居りますっ!!」

 詩音さんが、勢いよく手を上げて答えた。姿は見えないだろうに。

『おそらくそちらに奏も居ることでしょう。それで、今頃大変なことになっていると思いまして、シキさんにご連絡差し上げました』

 クレス様は絶対に、この状況を楽しんでいると思う。とばっちりを受ける身にもなってほしい。

『まあ騒動の原因は言わずとも承知しておりますが、今日はまず、私から奏と詩音に、新たな命を授けたいのです。よろしいでしょうか?』

「はいっ、何なりとお申し付けくださいませ!!」

「……分かりました」

 詩音さんは光に向かって恭しく頭を下げた。一方の奏は、軽く目を伏せただけだ。ここまで大きな態度に出られる奏は逆に尊敬に値する。

『命というのは簡単なことです。二人で、シキさんをお守りしなさい。それだけ』


 ……。

 それだけ、って……。

 二人は、何も言えずに固まっている。


『今回のことは、あなたたち二人にとっても良い機会です。クラジスの一員であるのに、あなたたちはいつも言い争ってばかり。この機会に、少々二人にはチームワークというものを学んでほしいのです。現在は、あなたたち一人ひとりの力で魔物を退けられているかもしれませんが、今後そのような敵ばかりがやってくるとも限りません。シキさんと共に、力を合わせ、地上の均衡を守ってください』

「……」

 クレス様の命なのに、二人は同意せず沈黙している。よっぽど仲が悪いのだろう。俺は、さりげなく俺自身も、地上を守るメンバーに入れられていたことの方が気になった。

『なお、この命が受けられないようでしたら、二人には別の命を与えようと思っています。ですがそれは、ミッションβですのであしからず』

「え、えええっ!? クレス様、βだけはやめてくださいっ!!」

「それ以外ならばお受けいたしますっ!! なので、βだけはお止めくださいませっ!!」

 な、何なのだろう、べーたって……

 二人は必死にミッションβを断っている。気になるが、絶対に聞かない方がよい気がする。

『分かりました。では先ほどの命、受けるということですね?』

「……分かりました」

「……畏まりました」

 本当に渋々、二人は首を縦に振った。

『では最後にシキさん、二人をどうぞよろしくお願いいたしますねっ☆』

「は、はぁ……」

 でわ~、というお気楽な声と共に、クレス通信は途切れた。

 後に残されたのは、依然として険悪な雰囲気をかもし出す二人の天界人と、それに怖気づくただの人間のみであった。





 おそらく実際の時間であれば五分もかかっていないのだろうが。

 体感にして二、三時間は裕に越しているような感覚が俺を襲った。

 クレス通信が途絶えてから、今までの間。

 沈黙の中で繰り広げられる各々の葛藤が、目に見えるようにはっきりと分かった。

 ……その均衡を破ったのは、意外にも奏であった。

「あんた、あたしの邪魔だけはしないでよ」

「わ、分かっていますわよっ! そちらこそ、私の足手まといにはならないで下さいねっ!!」

 冷たい横目で、奏は詩音さんを見た。

 恐ろしさのあまりそのまま固まってしまいそうだったが、さすが詩音さん、応戦した。

 しかし二人が言葉を交わしたのはそれっきりで、その日は冷戦状態のまま、彼女たちはそれぞれ俺の元から姿を消した。



 こんな愉快な状況下。

 奏一人だけでも大変だったのに、余計にひどくなっているのは何故だろう。

 神様、仏様、クレス様、どうにかしてくださいよ全く……



 


 そんなこんなで次の日。



「おっはよーございますっ!!」

「!!!?」

 テンションが計れるメーターがあるのなら、一発で振りきっていると思われる挨拶により、俺はノンレム睡眠から強引に覚醒させられた。

 声の主は、奏ではありえない言動ということからしてあの人しかいないだろう。

「おはようございます、詩音さん……朝っぱらから元気ですね」

「あら、志稀様、早起きは三文の徳と昔から言うではないですか! さあさあ起きて、このまばゆい朝日を存分に体に浴びてくださいませ!!」

 といい、詩音さんはカーテンを全開にし、無理やり俺を窓際に立たせた。

 朝の神々しい光は俺にはきつすぎるようだ。逆にダメージを受けてしまった。

「あら、まだ眠たそうですわね。ではっ、朝の目覚ましがてらにパトロールに参りましょう!!」

「え、ぱと……?」

 なんだその、とてつもなく面倒くさそうな響きしかない単語は。

 詩音さんはそんなことをいつもやっているのか?

「はいっ、朝のパトロールは私たちの一日の始まりです。これは、クラジス業務規定の第3条に記載されている、立派なお仕事です!」

「そ、そうなんですか……」

 いや、規定なんて俺知らねえし。

 てか俺、クラジスじゃねえし。

 そもそも、クラジスっていうものの説明さえ受けてないし。

「じゃあ、俺は足手まといになるので、やめときます」

「なにを仰いますか! 私が志稀様のところへ参ったのも何かの縁です! 縁を持った者同士は、どのような些細なことであっても関心を持って接したほうがよろしいのですよ!」

「……」

 ごめんなさい、詩音さん、全く意味が分かりません。詩音イズムを当然のごとく主張されても困ります。やる気なんかこれっぽっちも起こらない俺を完全においてけぼりにして、詩音さんは勝手に俺の身支度を手伝い始める。 

 今まで奏は俺のことを基本無視であったので、そのスタイルに若干慣れてしまった頃に全力介入してくるキャラが登場されては敵わない。しかし、この事なかれ主義である俺が不平不満を言える訳が無く、結局俺の貴重な睡眠時間は、きれいさっぱり消滅することになった。




「では、今日はこの二丁目当たりを散策致しましょう。大丈夫ですか、志稀様。何だかふらふらしていますわよ」

 そう見えるなら、どうぞ遠慮なく俺を家に置いていってほしかったです。

 そんな心の声は詩音さんには届く訳もなく、当の本人はさっさと業務を遂行していらっしゃった。

「今日は天気も良いので、邪悪な気配もあまり感じられませんわねっ! 魔物も良い心がけですわ!」

 魔物の出現率も、この人にかかれば天気予報だ。当たらない確率の方が高いな。

 どうでもいいが、眠すぎる。時計を見ると、朝のラジオ体操が生放送で聞ける時間帯だった。いつもギリギリ遅刻寸前の俺にとっちゃあ、今の時間はまだ夜だ。 開いているかいないかの狭い視野で、俺は何とか詩音さんの姿を追う。

 と、そこに目を疑ってしまうような光景が俺の水晶体に映った。思わず瞼が全開した。

「あ、あれは……」

「ちゃんと、業務はこなしているようですわね……」

 俺が見たものは。

 詩音さんと同様に街を見回り、時々小さな魔物に対して魔力を振るっている奏の姿であった。


 何と言うか。

 奏が真面目に業務を遂行しているところを見るのは初めてだったから。

 その姿にひどく違和感を覚えてしまったのであるが。

 やっぱり素直に、すごい、と思った。

 

 今まで俺を助けてくれたことはあっても、「仕事」として働いている奏は見たことがなかった。忙しいとは言いながら、実際その姿を俺に見せたことはなかった。疑ったことはなかったけれど、こうして真面目に働いている奏は、やっぱ偉い天使なんだろうな、と漠然とした感想を抱いた。


 奏は俺たちに気づくことなく、業務を行っている。

「ここで俺たちの姿を見たら、あいつ絶対嫌がるだろうな」

「奏に挨拶をして参りますわ。少しここでお待ちくださいませ」

 って言ってる傍から詩音さん、何やってんすか!!

 俺の制止を聞きもせず、詩音さんはさっさと奏がいる所へ行ってしまった。


 その後の展開は言わずもがな。

 顔を真っ赤にした天使様は、無実である俺にまでも、ショック死してしまいそうな罵声を浴びせ、さっさとどこかへ飛び去ってしまった。

 火に油を注いだ当の本人は、自分が何故怒られたのかが納得いかず、一人でぷりぷりと怒っていらっしゃった。

 ……二人の仲が最悪なのが、よーく分かった朝の惨事であった。

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