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カナデシキ。  作者: そら
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第10章:異文化交流

 朝昼兼用の食事が終了し、特にすることもなくなった俺。いつもであれば、適当に小林などを誘って隣街にでも繰り出すのだが、どうしたものか。「今日は休み」と、先ほど宣言されたしな。一応礼儀として、聞いてみる。

「なあ奏、今日はこれから、予定あるのか?」

「……あたしをあんたみたいな暇人と一緒にしないで」

 もう機嫌が平常に戻ったのか。パン効果は案外持ちが悪いな。そんなに期待もしていなかったが。

 まあとにかく、奏は俺のように暇人ではないみたいだ。俺も、せっかくだから土曜日を謳歌したい。特にすることもないが、外でぶらぶらしてみるか。

「じゃあ俺は隣街に行ってくる。奏は用事、あるんだろ?」

「え、う、うん」

 何故か返事の歯切れが悪かった。俺は少し突っ込んでみる。

「仕事休みなのに大変だよな。何するんだ?」

「え、ええっと……。うーん、部屋の片付け、とか?」

 さっきのは虚勢だったらしい。何だよ、お前も俺と一緒じゃないか。しかしまあここで、奏に向かって「暇人」などとは口が裂けても言えないのだが。死亡フラグを敢えて立たせるような趣味はない。

 俺は、奏の無駄に高いプライドを逆なでしないように言った。こんな技術ばかり長けてくるのが少し悲しい。

「よかったら、お前も一緒に来ないか? 一人で出歩くのもつまらないから」

「え、ほ、本当に……?」

 何故俺がここで、全く利益を被らない嘘をつかなければならないのか。むしろ嘘をついた方が天使様にボコボコにされそうだ。

「街って言ってもそんなに栄えてる所じゃないけどな。それでもいいのなら」

「い、行くっ!!」

 奏は思わず立ち上がりそうになりながら、勢いよくそう返事した。隣街に何を求めているのか全然分からないが、何だかとても気合いが入っているようだ。まあ嫌々ついて来られるよりかは断然マシなので、天使様のこの無駄なハイテンションを俺は歓迎したい。

「じゃあ、さっそく行こうか?」

「あ、ま、待って!」

 さっきコンビニに行くのに準備をしたのに、奏は少し時間をくれという。何をそんなに備える必要があるのか。ゲームでラスボス戦に挑む前でもここまで何度も準備しない。しかも、天使は一般人には見えないというのに。

 まあ、特に俺も急いで隣街に行くような用事もないので、俺は再び階下で、くだらない土曜の昼番組を呆けた表情で見ていた。


 数十分後。

 年齢は若くない若手芸人が、ツッコミに困ったようでとりあえず「なんでやねん」と大きな声で叫んでいる最中、奏様が階段から下りてくる音が聞こえた。やっと準備が終わったようだ。

 奏が襖を開け、俺が居た部屋に入る。一つ伸びをして、俺は後ろを振り返った。

 と。

 俺はそこで、不覚にも固まってしまった。

 色恋沙汰に疎く、三次元よりどちらかといえば平面上の女の子に恋をしているような高校二年生だと自負していたが、この不意打ち攻撃は誰だってクリティカルヒットを食らうだろうと思う。

 奏は、俺の学校の女子生徒が着る、紺色ブレザーの制服を着ていたのだった。胸元には、赤い指定リボン、足元は、黒のハイソックス。そして、用意がいいことに今流行りの眼鏡までかけていた。事情を知らない人間から見たら、完全にうちの学生スタイルだった。

 背後のテレビで再度、芸人が「なんでやねん」と叫んでいた。代弁ありがとうよ、無名の新人。

 俺が何も言えない状態で突っ立っているのを、奏は快く思わなかったらしい。少し頬を赤らめながら、ふいと向こうを向いてしまった。

「あ、あの、か、奏……」

「……変?」

「い、いやいやいや! 変というか何というか、むしろそこらへんの現役女子高生より似合っているというか、てかそもそも姿見えないのにそんな格好する必要があるのかっていうか、何というか、つまりそんなところ」

 動揺しすぎて何を言っているのか自分でも分かりにくい発言をしてしまった俺。無理もない、先ほどの攻撃で俺のHPは瀕死状態だったからな。奏は、そんな俺を察することなく依然向こうを向いたまま話す。

「今は人間にも私の姿を認知できるようにしてる。折角の休みだから、私だって人間の世界で遊びたいし。で、あんたと一緒に出かけるんだから、この格好が一番不自然じゃないって思って着替えた。あんたが嫌なら見えないようにする」

「そ、そんな、全然嫌だなんて思ってないしさ! 似合ってると思うよ、それ」

「……じゃあこのままで行く」

 若干照れた様子で、彼女はそう言った。

 奏はさすが天使なだけあって、整った顔立ちをしている。俺が隣にいたら、それこそ世の中の人間男性諸君は目を疑うだろう。そして、「俺だって頑張れば何とかなるんだ」という全く無駄な希望を抱かせる結果となるのだろう。努力でなんとかなるのなら、もうとっくに俺には彼女の一人や二人、居たはずなんだがな。

 しかし、何故に奏様はよりにもよって制服をチョイスしたのだろうか?恐る恐る聞いてみると、「このあたりの人間がよく着ているから」という何とも平凡な答えをいただいた。俺は何を期待していたのだろうか。

 ということで、俺は思わぬところでダメージを受けながらも、やっと出発することができたのだった。



 電車を乗り継いで約三十分、最寄りは特急が止まらないため各停で隣街に向かう。

 空を飛んでいけばすぐなのに、奏は頑なにそれを拒んだ。理由は今朝のくだりで御承知だと思うが、彼女は今、人間文明に大変興味をお持ちだからだ。俺は、こんなどこにでもあるローカル電車より魔法の翼の方が絶対すごいと思うけどな。環境適応というものは恐ろしい。

 電車に乗っている間も、奏は車窓の風景に夢中だった。良い鉄子になれると思う。

 そんなこんなで隣街。「街」という名で呼んでいるが、この場所も完全な繁華街ではない。お金と交通手段が限られている学生たちが、仕方なく土日に繰り出す程度の場所である。最低限の遊び場はそろえているが、「これだ」という決定打がなく、その結果中途半端な街並みと化してしまっている地方でよくある場所である。しかし、おのぼりさん全開の某天使は、目の中に星マークを輝かせ、五感すべてで感じる真新しい存在に対して逐一反応していた。

 特に興味を示したのは「エスカレーター」だった。基本的に天界人は空を飛んで移動するため、多少の高低差は気にならない。よって、重力に支配されている俺たちが、上下運動をいかに少ないエネルギーで行うか苦心した後に完成した産物がとても面白いのだという。奏は上にあがって下に降りる、という行為を二回ほど繰り返した。三回目に差し掛かったところで人の視線がさすがに痛くなってきたのでやめさせた。


 こんな調子で数時間。

 さすがの俺でもそろそろ奏の対応に疲れてきた。

 当の本人は、歩き通しであるにも関わらずまだまだ元気なご様子である。どこからそんな力が湧いてくるのだろうか。俺は、暫しの休憩を希望するもあえなく却下を食らう。理不尽極まりない対応だ。労働基準は軽くオーバーしていると思うのに。

 しかし、俺のHPがついに赤く表示されてしまう。ゲームの世界ではこの状態を「戦闘不能」または「しぼう」と言う。分かるか、動けなくなるんだぞ? 教会行くか一泊宿屋に泊まるかしないと回復しないんだぞ? 

 と、強制的に俺は動くことができなくなってしまったので、仕方なく奏は俺の休息を許可した。たかが隣街散策で、ここまで体力を奪われるとは思わなかった。


 俺たちは、近くにあった公園のベンチに腰を下ろした。

 土曜の夕方なので、周りにはカップルですよと言わんばかりの輩たちが有象無象だった。一見したら、俺たちもその中の一部と映るのかもしれないが、そう見られたところで俺にとっては何の役得もない。とりあえず、くだらないことを考える力も俺には残っちゃいなかったので、何も言わずにベンチにだらりと腕を預け、夕焼け空を眺めていた。

 そんな俺のことを、奏はしばらくぼーっと見ていたようだった。俺自体、さっき奏が興味深々であった人間文化の一部と化しているらしい。

 しばらくして一言、奏が何かつぶやいた。

「……キョウ」

「ん? 何か言ったか?」

 俺の質問に答えることなく、奏はふと、空を見やった。

 夕焼けの空がだんだんと黒味を帯びていく途中だった。

「ちょっと、出かけてくる」

「え、今から?」

 するといきなり、奏は自身に羽を背負わせた。そして、躊躇することなく、足を蹴って宙に浮く。

「すぐに帰ってくるから、ここで待ってて。用事、思い出した」

「何の用事だ? だったら俺も一緒に……って、おい奏!!」

 俺の台詞が終わるのを待たず、奏はそのまま中空に舞い上がり、どこかへと行ってしまった。俺は、まだ十分に体力が回復していなかったのもあり、その一連の様子を見ていることしかできなかった。

「まったく、本当に勝手な天使様だよな……」

 昨日今日の奏の行動で俺が理解できたことなんて一つもない。また勝手に何かしているのだろうと、俺は再びベンチにどっかと座り、休息に努めることにした。

 奏の姿はすぐに見えなくなってしまった。猪突猛進という言葉は奏のためにある、と今更ながら思った。思い立ったらすぐ行動に移す彼女のバイタリティを、ほんの数パーセントでもいいから分けてほしいものだ。

 


 俺は何もすることなくぼーっとする。いかん、非常に眠くなってきた。そういえば今日はかなり早い時間に起きたのだった。いつもだったら、とっくの昔に充電が切れている頃だ。奏が帰ってくるまで、少し仮眠でもとっておくか。


 と、俺がその瞼を閉じようとした瞬間。

 俺の視界の端に、何か変なものが映った。

 たった一瞬だったが、とても不吉なものだったような、気がする。

 

 いかんせんコンマ一秒程度のことだったから。

 俺は都合の悪いものを、「考えない」という自己処理によって片付けようとしたのだが。

 俺の動体視力の性能は優れていたようだ。

 次の瞬間は、その不吉な影がはっきりと、俺の目の前に現れていた。


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