第1章:妄想から目が覚めて
「志稀くん……ごめん、私、やっぱり星に帰らなくちゃいけないの……」
「そんな……どうして。あの『思い出の丘』で約束しただろ!? 俺は、一生お前を守るって……」
「だけど、私が今帰らなくちゃ、星がめちゃくちゃになっちゃうの……。私がやらないと、駄目なの」
がしっ!!
「志稀くん!? ちょ、苦し……」
「俺はお前を離さないっ! お前が星に帰るんだったら、俺も一緒に連れて行ってくれっ!!」
「でも、もう地球に帰って来られないかもしれないんだよっ!? ここには、志稀くんを大切に思ってくれている人がたくさんいるんだよっ!?」
「じゃあ、お前の星には、お前を大切に思ってくれる人はいるのか?」
「……」
「だったら、俺がずっとお前のそばに居てやるから。お前の星で、俺がお前を守ってやるから……」
「志稀、くん」
「今まで辛い思いをさせて、ごめんな……。もう、お前に悲しみの涙なんか、流させやしないから…」
出典:『俺の妄想ノート』「エンディングその8」※一部に抜粋を含みます。
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無駄に燦々と輝く太陽。ひばりのつがいがぴゃーぴゃー騒いでいる。
五月下旬。晴れ。
ゴールデンウィークも終わり、ただでさえ五月病真っ只中な連中に、追い打ちがかかる時期。梅雨入りと同時に、期末考査と称したヒエラルキーが再構築される。
高校に入学したての、夢と希望に満ち溢れた奴らだって、「連休明け」という敵に大ダメージをくらってやがるのに、「モチベーション」ステータスが去年よりダダ下がりの俺ら高校二年生は、誰がその強大な敵に立ち向かえるというのであろうか。まぁそんな中でも期末に向けて着々と準備を進めている少数派も居ないことはないわけだが、そんな奴らはもう既に三角形のてっぺんで愚民どもを見下しているのであって、今更形成された勢力図を塗り替えようとするマニアックな奴はさすがにいない。
当然俺も、既に「中の下」ぐらいの位置に組み込まれ、向上心を持つわけでもなく、また下の勢力を脅威に思うわけでもなく、あまり持ち続けても意味がない位置をキープし続けていた。しかしながら開き直って「なにもしない」という行動にも、小心者という性格からか選択はできない。RPGなどの戦闘で、ターンが周ってきてもお前じゃ敵は倒せないって言うときに、無難に防御などを選択せずにとりあえず殴っておく、とかいうパターンだ。またはシュミレーションで、あと一日余ってるんだけど行動すると次の日の体力とかがヤバいから、何もせずに終了したいんだけどなんだかもったいないから無駄に行動して失敗する、とかいうパターンとも言える。
まぁ長ったらしく書いたが、俺はそういう人間なので。
とりあえず試験直前までダラダラしておこうと、この春の陽気を全身で享受する体制に入った。
ということで冒頭のぶっとんだ話が脳内で繰り広げられたわけであるのだが。
「はぁ……」
五限終了のチャイムと同時に、俺はため息をついた。
英語教師が、のんきに「See you next week.」なんて言っている。
夢の世界から現実に戻ってくる時が一番苦痛を伴って仕方がない。
若干の羞恥心とともに、数時間前から何も成長を遂げていない自分を直視せざるを得ないからだ。他の奴らは、その間さすがに単語の一つや二つでも覚えただろう。
時計を見ると、針は二時過ぎを指していた。
「しーくん、なーにぼんやりしてるんですかぁ?」
日常に起きてる事なんて、何も面白くなんてない。
たとえばこんな風に、つまらない隣人の相手をする事のように。
こいつの話を聞くぐらいなら、円周率の暗記や机の木目を数えている方がまだマシだ。有益な話なんか、こいつと交わした覚えはない。
「お前はいつも楽しそうで、いいよなぁ」
「なに、どしたの? 哲学でも考えちゃってる? そんな非現実よりさー、俺たちに実際に迫っている現実を直視しようぜー」
隣のバカ(又の名を小林太郎と言う、何のひねりもない野郎)は、ごそごそと机から数学のノートを取り出し、真っ白なページを広げて言う。こいつのノートに、俺はあらかじめ字が書いてあったという記憶はない。
「今日も頼みますよぉ、シキ大納言様ぁ」
大納言がどのような位かも分からずに適当に乱用しながら、小林は両手を合わせ頭上で拝む。これ以上つまらない頼みを聞いていられないので、俺は机からノートを取り出し、隣に放った。小林は砂糖に群がるありのように、すぐさまノートを掻っ攫う。
「ははぁ、ありがたやありがたや」
こんな、俺より絶対適当に生きてそうな奴の方が、俺より人生を謳歌しているようにみえる。いや、それは考え違いなのかもしれない。真面目に生きている人間だけが、決まりきった日常をなぞるだけの生活にうんざりしているのだろうか。
しかし、小林が得だとか、真面目が損とか、ぶっちゃけそんなことはどうでもいい。俺は真面目ではない方だしな。
まあ何というか、俺は日々の生活に「飽き」を感じずには居られなかった。
「お腹と背中がくっつくぐらい、面白いこと、ねぇかなぁ」
「しーくん、腹減ってるの? さっき食ったばっかりじゃんー」
俺は、胃の底から出たような深いため息をつき、五月の無駄に晴れ晴れとした青空を見やった。
そんな、俺のくだらない願い。
夢見がちな少年少女が、描きそうな空想。
しかし、天の神様は気が狂ったのか。
何の変哲もない男子高校生の、そのちっぽけな願いは、あろうことか実現していただける羽目となる。
それがよかったのか悪かったのかは、後の俺に聞いてくれ。
それから、幾日かが過ぎた。
俺は、いつものように妄想をし、いつものように無駄な日常を嘆いていた。
その日も、天気はよかったなぁ。
学校がひけて、ぼーっとしながら空を見て歩いていた。
と。
上空に光る何物かを発見した俺。
太陽のきらめきか、と目をしばたいて再びその方向を見やる。
いや、確かにそれは、きらめきなどではない他の何かなのは間違いない。それは不自然に瞬き、未確認飛行物体のように右往左往している。
この時期、しかもこの大都市の真ん中で蛍か、いやいやさすがにあんなに強い光は出さぬ、などと、俺の中で考えられる全ての事象と現在の状況を照らし合わせること幾分。
その光は突然方向を見定め、俺に近づいてきた。
と、近づくにつれてその光が徐々に大きさを増す。
「ちょ、……おいおいおいっ!!!」
ズガーン!!
俺が後一歩、その足を踏み出していたものなら、あまり未練はないといってもやはり悔いは残るであろうこの世との別れを告げていたであろう。その謎の光る物体は、俺の目の前にクレーターをつけるほどの勢いで着陸した。
「な……なんだっ!!?」
こんなSFみたいな状況で冷静になれるほど、俺の神経は麻痺していない。ただただ、目の前に落ちてきやがった謎の物体を凝視するだけだった。すると、それは徐々に光を失い、その形状をあらわにし始めた。
それが何だったと思う?
少しは想像力に富んでいるだろうと自負している俺にも全く見当つかなかったぜ。
コンクリを粉砕するほどの破壊力で落ちてきたのにもかかわらず、
それは、羽の生えた少女だったんだよ。