表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/42

第9話 屈強な戦士


 視界が慣れると俺の目の前にはひとりの屈強な肉体の男が立っていた。

 確認するまでもなくミノタウロスのリーダーが人化したもので間違いない。

 男は自分の身に何が起きたのか分からずに茫然としている。


 俺は男に杖を突き付けて宣言する。


「町を襲うつもりなら容赦しない。ここにいる全員を俺の魔法で人間にしてやる」


 漸く自分が人間の姿にさせられたことを理解したミノタウロスのリーダーは困惑しつつも毅然とした態度で答えた。


「……ふん、確かに不思議な魔法を使うようだが俺たちを全員を人間の姿に変えたところでたった二人でこれだけの数を相手にできると思っているのか」


 見た目が変わってもミノタウロスたちはこの男が群れのリーダーだということを理解するだけの知能は持っているようだ。

 後方のミノタウロスの群れは雄叫びを上げ、石で作られた無骨な斧や槍などの武器を頭上に掲げてリーダーの指示を待つ。


 確かに人化の魔法は対象を人間の姿に変える効果しかない。

 しかもミノタウロスは戦いに備えて人間の戦士の様に自らの身体をとことん鍛えあげる習性がある。

 鍛え上げられたミノタウロスが人化すると出来上がるのは只の人間ではなく鍛え上げられた戦士だ。

 そこが生まれつき強大な力を持つが為に自らを鍛える必要がなかった漆黒龍との大きな違いである。

 人になった姿が屈強な戦士ならば俺の魔法で人化したところであまりアドバンテージは取れない。

 満足に魔法が使えない今の俺ではあいつらを全員人化したとしてもあれだけの数を相手にするのはかなり骨が折れるだろう。


「野郎ども、こいつらを生かして帰すな、かかれ!」


 リーダーが攻撃の合図を出し、ミノタウロスどもが今まさに丘を駆け下りようとするその時だった。


「!?」


 背後から思わず身震いする程の殺気と共にじゅるりと涎をすする音が聞こえる。

 それはミノタウロスのリーダーも感じたようで一瞬ビクッと身体を震わせたのが見えた。


「何だ!?」


 恐る恐る後ろを振り向くとマロンが指をくわえながら小声で呟いている。


「じゅるり。おやつ……」


「……は?」


「みんな美味しそう。ルカ、あいつら食べていい?」


「ええ……?」


 マロンは物欲しそうな目で丘の上のミノタウロスたちを見つめている。

 どうやらマロンの目にはミノタウロスの群れが御馳走(にく)の山に見えているようだ。

 何か見てはいけないものを見てしまった気がする。


 丘の上を見ると先程までイキっていたミノタウロスの群れはマロンが放つ捕食者のオーラに圧倒され完全に萎縮していた。


「あーもういいや。あとは宜しく」


 悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなったので俺はマロンに向けて杖をかざし人化魔法を僅かに解いてあげた。

 するとマロンの頭部からは角が、その背中からは翼が生えてきた。

 ここまでは前回と同じだが今回の相手はミノタウロスだ。

 人化率七十五パーセントでは若干心許ないので今回は更に人化を解く。

 やがてマロンの手足から真っ黒な鱗が生え、ドラゴンのそれに形を変えたばかりか身体が巨大化していくではないか。

 お尻からは巨大なしっぽも生えている。


 今人の形を保っているのは角を除いた頭部から胴体にかけての部分だけだ。

 ここまでで大体人化率五十パーセントといったところだろうか。


 これ以上ドラゴンの姿を解放するのは俺も危険だ。

 俺は杖を下ろして魔力の放出を止める。


 ミノタウロスの二倍程の大きさまで巨大化したマロンはミノタウロスのリーダーを見下ろしながら言った。


「あなたはあまり美味しそうじゃない」


「ひ、ひぇ……この姿、この気配、あんたはもしかして……」


 リーダーは恐怖のあまり腰を抜かしてその場に尻もちをついた。

 その気持ちはよく分かるとリーダーに同情する一方で俺はマロンが人間の姿を餌として認識していないことを知ってほっと胸を撫で下ろした。


「どいて」


 マロンは翼をはためかせてリーダーの頭上を飛び越え、丘の上のミノタウロスの群れの中に一瞬で飛び込んだ。

 忽ちミノタウロスの群れはパニックに陥り辺りに悲鳴がこだまする。


 俺はミノタウロスの言葉はよく分からないが恐らく「食べないで」とか「俺は美味しくないから」とか言ってるんだろうな。


 運悪く逃げ遅れたミノタウロスの一頭があっという間にマロンの巨大な前脚に捕まった。


「いただきまーす」


 マロンが口を開けるとその可愛らしい顔の中に隠されていた凶悪な牙が露わになった。

 今まさに目の前で惨劇が繰り広げられようとする瞬間俺は再び杖を翳してマロンに人化魔法を掛けた。

 みるみる身体が縮み、黒い鱗に包まれた両手足が少女の柔肌に戻り、お尻のしっぽが胴体の中に消えていく。


 人化率七十五パーセント。


 マロンの身体が縮んだことでその牙から逃れることができたミノタウロスはその場で泡を吹きながら気を失ってしまった。

 食事を妨害されたマロンは「ぶう」とふくれっ面を見せながら戻ってきた。


「そうふくれるな。後で人間界のご馳走をたらふく食べさせてあげるから機嫌を直してくれ。そうだ、後でまた昨日の店にいこう」


「本当? 楽しみ」


 忽ちマロンの機嫌が直り嬉しそうに「ふんふーん」と鼻歌を歌い出す。

 そして俺はまだ腰が抜けたまま立ち上がれないリーダーに向けて言った。


「もう気付いてると思うけど彼女の正体は魔の森にいた漆黒龍だぞ。まだ続ける度胸ある?」


 リーダーは首を千切れそうな程の勢いで左右に振りながら答えた。


「い、いえ……もう町を襲おうだなんて考えません。どうかお許しください……」


「それでお前には色々と聞きたいことがあるんだが」


 マロンを止めたのは別にマロンに嫌がらせをしたいわけでもミノタウロスたちに情けを掛けたわけでもない。

 その前にどうしても確認したいことがあったからだ。


 リーダーは平伏しながら答えた。


「はい、オレが答えられることならなんでも聞いて下さい……」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ