第8話 魔物の群れ
翌日、宿の外から聞こえる喧噪で目を覚ました。
窓を開けるとそこから見える大通りのあちこちから怒号や悲鳴が聞こえてくる。
「これは只事じゃあないな。マロン外に出てみよう」
俺たちは急いで荷物を纏めて宿から飛び出ると、町の兵士たちが慌ただしく駆けていくところに遭遇した。
先頭を行くのは昨日賞金首のゴンザレスを引き渡した時に対応をしてくれた兵士隊長のマシューだ。
「ずいぶんと急いでるようだけど何かあったのか?」
思わず声をかけて引き留めるとマシューは安堵の表情を見せて答えた。
「あ、これはルカさん。いいところでお会いしました。実は魔物の群れがこの町を狙っているようなのです」
「何だって!?」
詳しく話を聞くと町のすぐ近くで百を超える大きな魔物の群れが目撃されたという。
兵士たちは魔物の襲撃に備える為に北の門へ向かうところだそうだ。
ここドリットの町は魔の森の目と鼻の先にあることから、時々森から出てきた魔物の姿が目撃される。
魔物の一匹や二匹町の近くに現れたところで大した脅威にはならないが、それが群れを成しているのを見るのは初めての事態だという。
大規模な魔物の群れとの戦闘の経験がない兵士たちは動揺を隠し切れないでいる。
「部外者の方にこんなことをお願いするのも心苦しいのですが、町を守る為にルカさんたちにも手を貸して頂けませんでしょうか。もちろん後程相応のお礼はさせて頂きます」
「それは構いませんよ。是非協力をさせて下さい。マロンも構わないな?」
「うん、ルカがそう言うのなら」
「有り難い、町を代表して感謝の意を表します」
マシューとその部下は俺たちに深々と頭を下げた後再び北門へ向けて急いだ。
俺とマロンもそれに続く。
町の北門では既に兵士たちがバリケードを築いて迎撃の準備を進めていた。
マシューは部下たちに細かい指示を与え終わると今度は俺とマロンを呼び寄せる。
「我々が準備をしている間、ルカさんとマロンさんには魔物の様子を見て頂きたいのですがお願いできますでしょうか」
「勿論です。冒険者である俺は集団行動よりも少人数で動く方が慣れていますからね」
「有難うございます。魔物の群れはここから北に向かったところにある丘の上に集まっているようです。ただ無理だけはなさらないように」
「了解しました。それでは早速情報を集めてきます」
「是非ともお願いします」
一口に魔物と言っても千差万別で、その種類によって対処方法は千差万別だ。
今彼らが築いているバリケードだって空を飛ぶ魔物には何の意味もなさない。
最低限どんな種類の魔物なのか情報を持ち帰る必要がある。
責任は重大だ。
俺は北門を出ると周囲を警戒しながら街道沿いを北へ進む。
やがて小高い丘へと辿り着くと、確かにそこに多くの魔物が屯しているのが見えた。
「あれは……ミノタウロスだ! マロン、身を隠して」
俺はすかさずマロンを岩陰に潜ませ、慎重に様子を探る。
ミノタウロスとは牛の頭をした魔物の一種であり、人間の様に社交性があり集団での狩りを得意としている。
知性も人間に近く、石斧や石槍などの原始的な武器を作り使いこなすことも朝飯前だ。
平均二メートルを超える巨体から繰り出されるその一撃は並の冒険者なら即致命傷になりかねない程の威力を持つ。
木材で作られたバリケードなど簡単に破壊されるだろう。
奴らが本当に町を襲撃するつもりなら町の兵士たちでは荷が重い。
幸いあいつらはまだ俺たちの存在には気付いていない。
俺は少しでも多くの有力な情報を持ち帰ろうとミノタウロスたちが何をしているのかをじっと見定める。
ミノタウロスたちは集めた岩や材木を組み合せて何かを作っている。
少しずつ分かりかけてきた。
どうやらあの場所に町を襲撃する為の拠点となる砦を築いているようだ。
あんなところに砦を築かれたら厄介だ。
「こうなりゃ先手必勝だ。いくぞマロン」
「うん!」
俺はマロンを連れて岩陰から飛び出した。
俺の任務は偵察だという事は理解しているが、このまま砦が完成してしまったら後手に回る事になる。
完成する前に今ここで叩いて置いた方が早いという判断によるものだ。
漸く俺たちの姿に気が付いたミノタウロスたちは即座に様臨戦態勢に入ったが、現れたのが二人だけだと知ると肩透かしを受けた様にお互いの顔を見合わせて大笑いをする。
そして群れのリーダーと思われる一際大きな体躯をした者が丘から下りてくるや俺を指差した後で自分の首を手刀でとんとんと叩いて見せる。
俺の首を落とすと言いたいのか。
ミノタウロスの言葉は理解できないが、人を煽るジェスチャーは人も魔物も万国共通のようだ。
その油断が命取りとなることを教えてやらないとな。
俺はすかさずミノタウロスに向けて杖をかざし魔力を解き放った。
忽ち俺の杖の先から閃光が放たれ一瞬視界が見えなくなる。