第7話 初めての人間の町
ゴンザレス一味の引き渡しが終わった俺とマロンは次にこの町の商会へと足を運んだ。
そして先程採集したドラゴンハーブを商会が管理運営している宅配便の馬車を通して王都のギルドへ送って貰うように手配を済ませる。
これで依頼は完了だ。
後は自分のペースでゆっくりとギルドに戻って報酬を受け取ればいい。
一仕事終えた俺は「んー」と大きく伸びをするとその一部始終を大人しく見ていたマロンが何やらもじもじしている。
「どうしたマロン? 退屈だったか?」
「ううん、私お腹すいちゃった」
「そっか。じゃあそろそろ食事にしようか」
「うん。じゃあご飯狩りに行ってくる。コボルトでいい?」
「は? コボルト?」
マロンのワイルドな発言に俺は思わず吹き出してしまった。
そうか、彼女にとって食べ物は自分で狩りをして手に入れるのが常識なんだ。
でもコボルトはちょっと食べられないかな……。
まだまだマロンには人間の常識を叩きこむ必要がありそうだ。
俺はコホンと咳払いをして諭すように言った。
「いいかい、狩りなんかしなくても人間社会ではお金を払えば食堂で食べられるんだよ」
「お金って何?」
マロンは小首を傾げ本当に分からないといった表情で聞いてくる。
俺は気を取り直して懐からさっきマシューから受け取った金貨を取り出して売り買いの仕組みを教示する。
マロンは大人しく俺の話を聞いていたがいまいち要領を得ないようだ。
まあ難しく考えるよりは実際に経験して覚えるのが一番だ。
「じゃあ実践してみようか」
俺はマロンを連れて近くの食堂の扉を潜った。
「やってるかい?」
「いらっしゃいませ。どうぞこちらの席へ」
ウェイトレスの案内で席に座り、メニューを眺めながら実際に注文をして見せると程なく頼んだ料理が出てきた。
「人間社会ではこうやってお金と交換で食べ物や色々な物を手に入れるんだよ。覚えたかい?」
「うん、覚えた」
「それじゃあ食べていいよ。いただきます」
「いただきます」
両手を合わせ日々の恵みに感謝の言葉を述べるとマロンもそれに続いて見よう見まねで感謝の言葉を述べる。
なかなか筋が良い。
これは教え甲斐があると思いながら料理にフォークを伸ばすとマロンはお皿の上の料理にそのまま齧りつこうとしたり手掴みで口に運ぼうとしていたので俺は丁寧にナイフとフォークの使い方をレクチャーする。
やがて苦戦をしながらもナイフとフォームの使い方をマスターしたマロンは口の中いっぱいに料理を積め込みながら上機嫌で言った。
「もぐもぐ……これおいしい。もっと食べる」
「マロンはこの料理が気に入ったかい? 好きなだけ頼んでいいよ。何せ君が捕まえた盗賊の懸賞金だからね」
「うん! おかわり!」
追加で料理を頼むとマロンはそれもあっという間に平らげてしまった。
余程口に合ったのだろう。
ドラゴンだった頃のマロンが普段どんなものを食べていたのかは聞かないでおこう。
「ふう、もうお腹いっぱい」
「満足したかい? じゃあそろそろ行こうか」
「うん」
支払いを済ませ食堂を出ると外はすっかり暗くなっていた。
「それじゃあ宿へ行こうか」
「宿?」
「ああ、今夜俺たちが泊まる所だ」
「ルカの縄張りってこと?」
「縄張り……とはちょっと違うな。宿っていうのは店主にお金を払って一日だけ貸して貰える仮のねぐらってところかな。俺のような冒険者はいつも各地を飛び回っているから決まった住処はないんだ」
「人間の社会難しい」
「まあ人間社会とドラゴンの社会は全然違うからね。最初は理解できなくても仕方がない。少しずつ覚えていけばいいさ」
「うん、もっと色々教えて」
「おう。何でも聞いてくれ」
マロンは好奇心旺盛で分からないことがあれば何でも質問してくる。
この調子で人間社会のルールや常識を吸収していけば近い内に普通の人間として一人でもやっていけそうだ。
そうすればもうドラゴンに戻す必要もなくなるな。
宿屋で宿泊の手続きを終わらせ部屋の中に荷物を置いたら今度はお風呂の入り方や歯磨きなどを事細かに指導する。
人間は清潔さが大切だからね。
「よし、ひとまず今日のところはもう教えることはないな。俺は先に風呂に入ってくるからそれまで部屋でおとなしくしてるんだぞ」
「分かった」
俺はマロンを部屋に残して宿泊部屋内に隣接されている脱衣場で衣服を脱ぎ全身をくまなく洗った後で湯船に浸かった。
今までなら自分の身体なんて洗浄魔法で簡単に綺麗にできたのに魔法が使えないということは不便なものだ。
などと考えごとをしていると部屋の方からガタンと大きな音が聞こえてきた。
「何だ!?」
俺は浴槽から飛び出ると急いで衣服を身につけて部屋に戻った。
見ればマロンが癇癪でも起こしたように無言で部屋の中の椅子やテーブルを蹴り倒しているではないか。
たった今大人しくするように言ったばかりなのに、ちょっと目を離した隙にどうして暴れ出したんだ。
あれか、早すぎる反抗期か?
それとも何か気にくわないことでもあったのか。
俺は必死でマロンを取り押さえる。
「何をやってるんだマロン、止めろ!」
「え?」
マロンはどうして怒られたのかまるで理解していないようできょとんとしている。
それは今のマロンの行動になんら悪意はなかったことを意味する。
俺は落ちついてもう一度同じ質問をする。
「今何をしていたのか教えて貰えるかな?」
「えっと、ルカがお風呂に入ってる間にマーキングしようと思って」
「マ、マーキング!?」
「うん、他人がこの部屋に入って来ないように」
どうやらマロンはドラゴンだった時の習慣で椅子やテーブルを森の樹木に見立てて倒し、ここが自分たちの縄張りであることを示そうとしていただけのようだ。
「人間社会ではマーキングとか必要ないから。この部屋の物を壊すと後で弁償しなくちゃいけないからもうやめて……」
「分かった、ルカがそう言うのなら止める」
前言撤回。
マロンにはまだまだ人間社会のルールについて色々と教えないといけないことがありそうだ。