第6話 旅は道連れ
「おーい、生きてるか?」
「う、うーん……」
「うわしょうじょつよい……」
地面に伸びているゴンザレスたちの顔を叩きながら声を掛けると悪夢にうなされるようにうわ言を繰り返している。
こいつらは後で近くの町の衛兵に突き出せばいいとして、問題はこの少女の処遇だ。
ドラゴンは凶暴だが知能が高い。
今自分が人間の姿になっているのは俺が魔法で人化させたからだということは既に理解しているだろう。
少女は警戒心を露にし、俺から距離を取って俺の一挙手一投足に目を光らせている。
今回俺が受けた依頼は薬草の採集だ。
ドラゴンの討伐ではない。
このまま何もせずに放置して町に帰ってもいいが……。
俺はまじまじと少女を見つめる。
ほぼ人化してしまったこの少女が魔の森の中でひとりで生き抜く事はできるのだろうか。
きっと他の魔物の餌になるのがオチだろうな。
すがにそれは可哀想だ。
かといって元のドラゴンの姿に戻してしまったらまた暴れ回る可能性がある。
悩ましい問題だ。
まあこのまま悩んでるよりは直接本人と話をしてみる方が早いか。
折角人の姿になったんだ。
まずは人として接してあげるのが筋ってものだな。
俺は杖を下ろし少女に敵意がないことを示しながら声を掛ける。
「えーと、もう気がついてると思うけど君は俺の魔法で人の姿にさせて貰ったよ」
「……分かってる」
少女は俺の目を見据えながらながらはっきりと返事をした。
良かった、話し合いの余地はあるようだ。
「それで君をどうするかを決めかねているんだけど」
「……私はあなたの魔法に負けた。喰い殺されても仕方がない」
少女の口から喰い殺されるという穏やかならざる単語が出てきて俺は逆に面食らった。
考えてみれば彼女は長い間この弱肉強食の魔の森の中で生き抜いてきたドラゴンだ。
誰よりも野生の掟は理解しているだろう。
しかし今わざわざ彼女を討伐する理由はどこにもない。
彼女の立場から考えても自分の縄張りに無断で足を踏み入れた敵を排除しようとしただけである。
思いがけずバトルに発展したのは不慮の事故だ。
「いや君を殺すつもりも理由もない。かといってドラゴンの姿に戻すのもちょっと考えものだな」
「じゃあ私はどうすればいい?」
少女は心細そうな表情で俺に判断を委ねる。
彼女もこの事態にどうしたらいいのか分からないようだ。
「うーんそうだな……」
ここで悩んでいても仕方がない。
迷った時は即決せずに処分を保留するに限る。
俺は彼女に手を差しのべながら言った。
「どうするかは後で考えるとしてとりあえず町まで同行してもらうよ。俺もこの薬草を早く依頼者に届けたいし」
「分かった、あなたについていく」
少女は迷うことなく従順の意を示した。
これだけ素直だと逆に心配になる。
仕方ないこうなったらしばらくは俺が面倒を見てやるか。
このまま人化していれば特に危険はないだろうが念の為釘を刺しておこう。
「町についても暴れたりしたら駄目だからね。何かあったら君を討伐しなきゃいけなくなる」
「分かった。暴れない」
少女はこくりと頷き、少し間をおいて口を開いた。
「人間の世界のことはあまり知らないから色々教えて欲しい。人間の世界には興味がある」
「ああうん、じゃあ町に行くまでに少しずつ教えてあげるよ」
「ありがとう。……ところで」
少女は地面に這いつくばっている盗賊たちを指差す。
「あれはどうする?」
「あいつらなら後で衛兵たちを呼んで連れ帰って貰うよ」
「それだと二度手間になる」
少女はそう言いうと十名の盗賊たちをその腕力で次々と拾い上げ肩に担いだ。
俺はぽかんと口を開けながらそれを見つめる。
なんて力だ。
考えてみれば人化率七十五パーセントとはいえ、元々のドラゴンの力は相当なものだ。
今は従順でもいつ心変わりするかも分からない。
彼女に対しての警戒を怠らないようにしよう。
再び一刻程かけて来た道を戻り森の入り口で待たせてあった馬車まで戻ると、盗賊たちを軽々と担ぎあげる少女の姿を見て困惑する御者に事情を説明し、盗賊たちを縄で縛りつけた上で荷物の様に荷台に乗せる。
そして万が一にもこの少女が俺たち人類の脅威にならないようにもう一度人化の魔法を放つ。
再び角も翼も消えて人化率百パーセントになった少女はどこからどうみても人間と変わらない。
腕力も普通の少女のそれになっているはずだ。
少女は俺が魔法をかけている間も特に抵抗する素振りも見せなかった。
どうやら彼女が人間に危害を加えるかもしれないというのは心配のし過ぎだったのかもしれないが、完全に信用ができるまではこのまま人の状態でい続けて貰おうと思う。
「それじゃあ近くの町に寄って下さい」
「あいよルカさん。ここから一番近いのはすぐ南のドリットの町ですね」
「うん、お任せするよ」
馬車が町へ向かう間、俺は約束通り少女に人間社会について話をした。
少女はそれを興味津々といった様子で耳を傾ける。
こうして話をしているとどこにもでいる少女と変わらないな。
思わず俺の表情も緩くなる。
そうしている間にドリットの町へ着いたので兵士の詰所に盗賊たちを突き出してやったら一際立派な鎧を身に纏った人の良さそうな壮年男性が奥から飛び出てきた。
「私は隊長のマシューと申します。よくぞ賞金首のゴンザレスとその一味を捕まえて下さいました。大変なお手柄ですよ。こちらが懸賞金になります」
俺はマシューと名乗った男から袋を受けとった。
中身は金貨一枚。
思いがけない臨時収入だ。
「いや、ほとんどこの子が捕まえたんですけどね。たったひとりでこいつらをぶちのめすところを隊長さんにも見せてあげたかったですよ」
「ほほう、見た目によらないとは正にこのことですね。さぞかし名のある冒険者なのでしょう。お名前を伺っても?」
「はい俺の名前はルカです」
「おお、あなたがあの歩く天変地異と言われたルカさんでしたか」
「はぁ……まあそうです」
何度もいうが俺はこの二つ名のことは全く気に入っていない。
思わず苦笑いをするとマシューもそれを察したのか「失礼しました」と軽く謝罪をした後少女に視線を移す。
「それでこちらの方は?」
「ああ、彼女は実は漆黒龍なんです」
「この人が漆黒龍ですって? ははは、またまたご冗談を……」
「いや、本当に……最近覚えた人化魔法でこの姿にしたんです。お疑いでしたら人化を解除してみましょうか?」
「えっまさか本当に? い、いえ、それには及びません」
マシューは驚きのあまりうろたえながらペンを床に落とした。
まあ当然の反応だろうな。
漆黒龍とか俺でもちびりそうな程怖かったし。
「でももう完全に人間と同じですし、町の人に危害を加えるつもりは全くありませんから安心して下さい」
「は、はあ……流石ルカさんともなるとものすごい魔法を使うのですね」
「いえ、それほどでも」
人化以外の魔法が使えなくなったことは黙っていよう。
どうせいずれはこの町にも噂は流れてくるだろうし、わざわざ自分からカミングアウトする必要もないだろうしね。
マシューは落としたペンを拾い上げて話を続けた。
「それで漆黒龍さんの名前は何というのでしょう?」
「名前?」
「はい、ゴンザレス一味の捕獲案件について王都へ送る報告書を書かなければいけませんので」
「確かにそうだね。君名前なんて言うの?」
「名前? あなたがルカみたいなもの? そんなものないよ」
どうやらドラゴンの世界では個人を判別する名前という概念が無いらしい。
まあそれも当たり前か。
「元漆黒龍の人間と記載しても問題はありませんが、縁があって人間になられたのですから今名付けられては?」
「そうだね……うーんじゃあ魔の森の龍だから……マ……リュウ……ロン……。そうだ、マロンというのはどうかな?」
「マロン……それが私の名前……うん、それでいい」
マロンと名を付けられた少女は屈託のない笑みを見せた。
決まりだ。
今日から君の名前はマロンだ。
「ではルカさんとマロンさんの二人でゴンザレス一味を捕獲したと報告書に記載しましょう。後は我々が処理しますのでもう結構ですよ。ご協力ありがとうございました」
「お仕事ご苦労さまです。それじゃあ行こうかマロン」
「はいルカ。私マロン、あなたはルカ。うふふ……」
お互い名前を呼び合っただけだがマロンにとってはこの初体験は特別なことだったようだ。
繰り返し自分の名を口に出しながら嬉しそうに微笑んでいた。