最終話 それぞれの道
深夜、宿の前でふたりを待っているとマロンだけが帰ってきた。
「あれ? マロンひとりか? ジェリーはどうした?」
「ジェリーなら【鏡花水月】っていう冒険者パーティの皆と仲良くなっちゃって、このまま朝まで一緒に飲み歩くって言ってたよ」
「朝までオールか。元気だな。じゃあ俺たちは先に宿に入ろうか」
「うん」
【鏡花水月】はその名の通り変幻自在な連携で目には見えていても捉えることができないトリッキーな戦法を得意とするSランクの冒険者パーティーだ。
リーダーの魔法使いアイリスは幻影魔法で魔物たちを翻弄することを得意とする。
液体の身体を持つジェリーと共闘すればきっと今まで思いもつかなかったような不思議な戦術が可能になるだろうな。
などと冒険者らしいことを考えながら宿泊部屋へと足を進める。
順番に風呂で汗を流した後でベッドに横になるとさっきのメイアさんとのやり取りを思い出した。
「そういやさっき飲みながらメイアさんに今度食事に行かないかと誘ったんだが何て返って来たと思う? マロンに悪いからって断られたよ。メイアさん絶対に何か勘違いしてるよね。笑えるよな」
「……」
マロンからの返事はない。
「おーい、さすがに無視はちょっと傷つくぞ……」
ぼやきながらマロンの方に顔を向けるとそこには目を座らせているマロンの姿があった。
「ルカ、今の話笑うところあった?」
「え? だってメイアさん俺が魔の森の王になってマロンが王妃になったってのを本気にしちゃってさ……?」
「……」
「マロン……さん?」
マロンの無言の迫力に気圧されて思わず敬語になってしまった俺をマロンは睨みつけている。
「まさか……本気だったの?」
「ルカは違ったの?」
マロンから感じる圧力がどんどん強くなる。
これはまさに初めて漆黒龍だった彼女を前にした時に感じたプレッシャーそのままだ。
風呂で汗を流したばかりだというのに全身から冷や汗が流れてくる。
俺はマロンもジェリーもずっと自分の子供の様に思いそう接してきた。
今更急に伴侶になるだなんて言われても困惑するばかりだ。
しかし今までは子供の様に思っていたからそう見えていただけで冷静に見直すとマロンは子供という年齢でもないし俺が意識を変えるだけで充分一人の女性として見ることができる。
どうやら俺は今までマロンのことをちゃんと見ていなかったらしい。
俺は身体を起こしてマロンを正面から見据えながら言った。
「マロン、お前のその気持ちが本当ならば態度で示してくれ」
試すようなことを言って申し訳ないが他に方法が思いつかない。
次の瞬間マロンは俺に向かって全力で抱きついてきた。
普段マロンは不測の事態に対応できるように人化率七十五パーセントの状態でいる。
二十五パーセント分はドラゴンの腕力そのままだ。
抱きつかれた俺の背骨がミシミシと悲鳴を上げている。
「ぐえっ……マロン、少し力を緩めてくれないかな……」
俺は何度もマロンの身体にタップをするがマロンは一向に力を緩めてくれる様子が無い
「駄目、ルカが分かってくれるまでずっとこうしてる」
「マロンの気持ちはよく分かったよ。だからも力を緩めて……」
「本当に?」
「うん、本当に」
マロンは納得したのか漸く力を緩めてくれた。
俺はぐったりして仰向けに倒れる。
どうやら俺もここらが年貢の納め時だったようだ。
今思えばジェリーも俺たちに気を利かせて宿に戻って来なかったのかもしれないな。
◇◇◇◇
「おはようルカ、もう昼だよ!」
翌日、いつの間にか宿に戻ってきていたジェリーが俺たちを起こす。
窓の外を見ると既に太陽は高くまで上がっている。
どうやら寝過してしまったようだ。
俺は大きく欠伸をしながら身体を伸ばす。
「ふぁーあ、もうこんな時間か。それじゃあギルドまで出かけるか。また冒険者としての生活が始まるぞ」
「それなんだけどさ……」
「うん? どうした?」
ジェリーがもじもじと言葉を詰まらせながら言った。
「えっとその……ルカには今までずっと面倒を見て貰って今更こんなことを言うのも申し訳ないんだけどさ……私これからは【鏡花水月】のみんなと一緒にパーティを組もうと思うの。駄目……かな?」
「良いんじゃないか? 俺もジェリーならあいつらと相性がいいんじゃないかとずっと考えていたんだ」
俺はマロンやジェリーがそれぞれひとりの人間として独り立ちできるその日の為にずっと傍に置いて見守ってきたんだ。
ジェリーがついに自分の道を歩み出す時がやってきた、こんなに嬉しいことはない。
断る理由なんてどこにあるというのか。
それに俺と同じ冒険者の道を進むのならまたいつでも会えるだろう。
「本当に!? ありがとうルカ!」
ジェリーは嬉し涙を浮かべながら俺に抱きついてきた。
人化率七十五パーセントのジェリーの身体はとても柔らかい。
まるで高級なクッションでも抱いている様だなどと考えていると隣からものすごい殺気が放たれているのを感じた。
「ジェリー……あまりルカにくっつかないで」
マロンは俺とジェリーを強引に引き剥がす。
「怒るよ?」
「あはは、ごめんごめん。じゃあギルド行ってくるからまたね!」
ジェリーは脱兎のごとく宿から飛び出ていった。
「はははジェリーはいつも元気がいいな。じゃあ俺たちも出発しようか」
「うん、ルカ。次はどんな冒険をするの?」
「そうだな。とりあえず次は俺の呪いを解く方法を探しに行こうと思う。リリスなら何か知ってるかもしれないから行方を探しにいこうか」
「分かった」
俺は部屋の隅に立て掛けてあった聖剣ラゴーケイトを背負い宿から出る。
「今日は良い天気だな」
太陽が俺たちの行く末を照らすように燦々と輝いていた。
完




