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第41話 魔道書の正体


 目が慣れてくると俺の目の前にはひとりの少女が立っていた。

 その頭部には山羊のような角が、背中には二枚の翼が生えている。

 完全に人化していないのは俺が人化率を七十五パーセント程に抑えたからだ。


「まさか魔道書の正体が魔族だったなんて今の今まで気が付かなかったよ」


「ついにバレちゃったね。私はリリス、見ての通り魔族よ」


 リリスと名乗った魔族の少女はまるで貴族のお嬢様のように美しい所作で挨拶をする。

 しかし彼女の名前や種族は問題ではない。

 彼女がどうして魔道書に化けていたのか、その目的は何なのかの方が重要だ。

 幸い彼女から俺に対しての敵意は感じられない。

 俺も友好的な態度を保ちつつその理由を尋ねると彼女は答えた。


「ねえルカさん、そもそも魔道書って何なのかちゃんと分かってる?」


「え? 魔法を使う為の呪文や魔法陣が書かれた書物のことだろ?」


「半分正解。魔道書っていうのは呪文や魔法陣だけでなく魔族だけが持つ特殊な魔力を込めて初めて完成する魔道具の一種なの。だからあなたたち人間には魔道書は作れないでしょう?」


「確かに俺にも魔道書は作れないな。現存する魔道書も過去の魔族が使っていた物の再利用品ばかりだな」


 現在生き残っている魔族の数は少なく、新たな魔道書が作られることは滅多にない。

 だからウィールス子爵も新たに禁忌の魔道書を作る為に魔族の協力を得る必要があった。


「でもそれが君が魔道書に化けていたのとどんな関係が?」


「魔道書を作る為にはその効果に比例する強大な魔力が必要となるの。特に人化魔法程の魔道書を作るには私の全ての魔力を込める必要があったわ」


「全ての魔力……つまり命と引き換えになるということか」


 魔族にとって魔力は命の源だ。

 魔力を全て失うことは死を意味する。

 故に魔族はみな人間よりも遥かに強大な魔力を有しているのである。


「そうよ。でもたったひとつだけ生き長らえる方法があるわ。私自身が魔道書に変異すればいいのよ」


 リリスは微笑みながら答えるが、自らが魔道書となることはそんなに単純な話ではない。

 変異と変身は違う。

 一度魔道書に変異してしまえば自力で元の姿に戻ることは出来ない。

 一生魔道書の姿のまま泣くことも笑うことも悲しむこともできずにただの物として扱われるのだ。

 それは永劫に続く地獄に等しい。

 俺が人化魔法で人の姿に変えなければリリスもずっと魔道書のままだっただろう。


「君がそこまでして人化の魔道書に変異した理由は何だい?」


「かつて人間の勇者に敗れたルシフェルを生かす為にはどうしても人化の魔法が必要だったのよ。だから私がこの身を捧げるしかなかった。あのまま人間として田舎にでも引き籠って静かに生きていけばよかったのに……」


「ルシフェルはそれを良しとせずに自分を倒した人間たちに復讐する道を選んでしまったんだな」


 俺は地面に横たわっているルシフェルを見た。


「うう……すまないリリス……私は皆の仇を討ってやることはできなかった……」


「そんなことはもういいよルシフェル。ゆっくりお休み……」


 俺たちが見守る中で全ての生命力を失ったルシフェルは塵となって消えていく。

 俺たちは誰ひとり言葉を発する事もなくそれを眺めていた。


「おーい、そこにいるのはルカさんじゃないですか!」


「うん?」


 声がする方向を見ると町の向こうから王国の兵士を引きつれた魔法卿が広場に駆け寄ってくる。


「魔法卿、今までどこに行ってたんですか? 王都中に人っ子ひとりいないからずっと心配してたんですけど」


「すまんすまん、君たちが魔の森に行っている間にズクニュー伯爵が国王陛下を呪殺したという決定的な証拠を見つけてね、我々が直ちに隣の都市にあるズクニュー伯爵の屋敷に乗り込んだところそれを聞いた市井の方々もこの大捕り物を見逃せないと一緒についてきてしまってね」


「ただの野次馬じゃないですか」


「ははは。だが肝心のズクニュー伯爵に逃げられてしまってね。今皆で探しているところなのだがルカ君はご存じないだろうか?」


「ああ、それならもう終わりましたよ」


 今ここで起きた一部始終を皆に伝えると兵士たちは歓声を上げて王国の敵が滅びた喜びを分かち合う。

 魔法卿は早速ドリットの町にいるマリシア王女を迎えに行く馬車を派遣する手配をする。

 ここからドリットの町まで往復で約一ヶ月、ついにマリシア王女はこの国の新たなる女王として即位することになる。


 やがて町の人や冒険者ギルドの皆も続々と王都に戻ってきて町はいつもの賑わいを見せ始めた。

 今夜は国を上げて祝勝会を行うらしい。


「……あれ?」


 気が付けばリリスの姿が見えない。

 俺が掛けられた呪いについて聞こうと思ったのに。


「まあ無理もないか……」


 自らが命を懸けても守りたかったルシフェルが死んだのだ。

 俺たち人間の勝利の喜びの輪の中に入れるはずもない。

 少なくともリリス本人にはルシフェルの仇とか人間への復讐を行うつもりはなさそうだし今日のところはそっとしておこうと思う。


 そして夜がやってきた。

 祝勝会が始まる前に俺たちは大魔王ルシフェルを討ち破った英雄として皆の前に立たされて多くの賛辞を浴びせられた後でもみくちゃにされる。

 そして俺はこの宴の主役として柄でもない挨拶をさせられた後にようやく乾杯が始まった。

 ケイトに挨拶の原稿を作って貰わなければ恥をかくところだ。


 マロンとジェリーが屋台を回っている間に俺は町の広場で盛り上がっている冒険者ギルドの仲間たちのところへ足を運ぶ。


 いつもの冒険者仲間たちに挨拶回りをしているとメイアさんがエールが並々と注がれたグラスを三杯運んできた。


「ルカさん遅いですよ。駆けつけ三杯です」


「あ、どうも。いただきます」


 俺はそれを一気に飲み干すと程良く酔いが回って良い気分になってきた。


「ふぅー……メイアさん最近ギルドのお仕事はどうですか?」


「いつも通りですよ。毎日同じことの繰り返しで参っちゃいます」


「そうだ、じゃあ今度息抜きに食事でも行きませんか? 良いお店があるんです」


「えー?」


 メイアさんは少し引いた目で俺を見る。

 しまった、これでは酔った勢いでナンパをしているみたいだ。

 それにしてもそんな目で見なくてもいいだろう。

 さすがにちょっと凹むぞ。


「……ルカさん、早速浮気は駄目ですよ」


「へ?」


 メイアさんの口から出てきた単語に俺は戸惑った。

 浮気も何も今の俺は誰とも付き合っていないが……。

 何を勘違いされているのかはよく分からないけど誤解は解いておかないといけないな。


「えっと俺は今フリーですけど」


「またまた、そんなことを言ってるとマロンちゃんが怒りますよ」


「へ? どうしてマロンが出てくるんですか?」


「聞きましたよ、ルカさんは魔の森の王になってマロンちゃんを王妃に迎えたんでしょ?」


「は?」


 メイアさんの衝撃の一言に一瞬で酔いが吹き飛んだ。


「確かに俺は魔物たちを纏める為に魔の森の王ということになっていますけど……」


 マロンが王妃だって?

 俺はあの時の記憶を思い出す。

 そういえばマロンがそんなことを言ってた気がする。

 でもあれってごっこ遊びみたいなものだろ?

 本気にしたらマロンも困るはずだ。


「もう、ルカさん酔っ払ってるみたいですから今回は聞かなかったことにしてあげますよ」


「え? あ、メイアさんちょっと待って……それは誤解……」


 メイアさんは俺の弁解の言葉を聞こうともせずにスタスタと行ってしまった。


「しょうがない、また日を改めて誤解を解きにいくか……」





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