第39話 元凶
王都に帰ってきた俺たちが見たのはゴーストタウンのように静まり返った街並みだった。
普段なら多くの人でごった返している大通りにも人の気配は全くない。
冒険者ギルドにも顔を出したが中に誰もいない。
先に王都へ戻ったはずの聖堂騎士団の姿も見えない。
どういう訳か王都から完全に人がいなくなっている。
「まさか……ズクニュー伯爵の仕業か? 皆は何処へ行ってしまったんだ?」
俺たちは手分けをして残っている人がいないか辺りを捜索する。
間もなくしてマロンが何かを見つけて戻ってきた。
「ルカ、あそこに誰か倒れてる」
マロンの指差す方向を見ると広場の片隅で老人が苦しそうに胸を押さえている。
その身なりから単なる町人ではなくそれなりの身分の人間だと分かる。
俺は老人を助け起こし広場のベンチの上に寝かせ介抱をする。
「大丈夫ですかおじいさん」
「すまないのう若いの。ようやく楽になったわい」
「一体王都で何があったんですか? 町の皆は何処へ行ってしまったんです?」
「うう……悪夢じゃ……みんないなくなってしまった……」
老人は頭を抱え全身を震わせながら答える。
余程恐ろしい目にあったのだろう。
俺は老人を落ち着かせながら次の言葉を待つ。
「突然に私の屋敷に暴徒たちがやってきて……何もかも奪い取っていってしまったんじゃ……家族とも離れ離れになってしまった……」
「そうだったんですか……」
この平和な王都マルゲリタで暴徒の襲撃?
俺は違和感を覚えつつも老人を慰めながら更に話を聞く。
「ところで町の皆さんはどこへ行ったのか知りませんか?」
「え? あ、いやそれは私には分かりませんな」
「そうですか」
何か様子がおかしいな。
「ところでおじいさんは誰なんですか? 見たところ貴族の方とお見受けしますが」
「わ……私は名乗る程の者ではないよ。それでは私は行くところがあるからこれで……」
老人はそう言い残してヨタヨタと逃げるように広場を離れていく。
「ルカ、あのおじいさん怪しくない?」
「絶対に怪しいよ、逃がさないで」
「よしあの老人を捕まえろ!」
「分かった!」
マロンとジェリーが逃げる老人を捕まえる為に両側から挟み込む。
そして今まさに飛びかかろうとした時だった。
「フン、勘のいい奴らじゃ」
「何だ!?」
老人の雰囲気が変わった。
「ククク……私の正体に気が付かなければ見逃してやったものを」
俺たちの見ている前で老人の身体がグズグズに崩れ化け物の姿に変異していく。
「様子がおかしい、マロンやれ!」
俺はすかさずマロンの人化を解いてドラゴンの姿に戻す。
ドラゴンの姿に戻ったマロンは躊躇せずに老人だったものに灼熱のブレスを浴びせた。
「これでどうだ?」
ブレスは間違いなく老人だったものに吹きつけられた。
セインのように結界魔法で防いだ様子もない。
しかしこの化け物は何事もなかったように黒煙の中から無事な姿でその全容を現した。
頭部に巨大な山羊の角を持ち、その背中には十二枚の翼を持つ化け物。
魔族だ。
しかもただの魔族ではない。
俺はこの魔族のことを知っている。
いや、このバンビーナ王国でこの化け物を知らない者はいないだろう。
かつてその強大な魔力でこの世界を牛耳っていた魔族の王。
「そうか、お前がズクニュー伯爵……いや、大魔王ルシフェルだな」
言い伝えでは人間の勇者に討たれたと聞いているがまさか人間に紛れて生き永らえていたとは。
聖女セインもこの化け物の傀儡に過ぎなかった。
こいつが全ての元凶だ。
「いかにも私が大魔王ルシフェルである。私の正体を知ったからにはお前たちにはここで死んでもらうしかないな」
ルシフェルは背中の十二枚の翼を羽ばたかせて宙に舞い上がる。
そして空に向けて手を翳すと指先が禍々しいオーラに包まれた。
それは歩く天変地異の二つ名で周囲から恐れられていた俺の魔力を遥かに凌駕している。
ヤバい、あんな強大な魔力をまともに食らったらひとたまりもない。
俺はもちろんマロンやジェリーですら一瞬で消し炭になるだろう。
「させるか!」
俺は咄嗟にルシフェルに向けて杖を翳して魔力を放つ。
間一髪、次の瞬間ルシフェルの身体は元の老人の姿に戻った。
「人化魔法か。ウジ虫が悪足掻きをする」
老人の姿に戻ったルシフェルの身体が再びグズグズと崩れ始め再び魔族の姿に戻ろうとする。
「これは……もしかして俺の人化魔法と同じか? ならばもう一度!」
俺は再度ルシフェルに向けて杖を翳して魔力を放出する。
ルシフェルの身体はもう一度老人の姿に変化する。
「馬鹿め何度やっても同じことだ」
「だったら何度でもやってやる!」
俺が人化魔法でルシフェルを人化するとすかさずルシフェルが人化を解く。
それが繰り返される。
しかし人化魔法は元々魔族が人に化けて悪さをする為に作り出した魔法であり他人よりも自分自身に掛けるのが本来の使い方だ。
俺が人化魔法を掛けた瞬間にルシフェル本人の魔力によってキャンセルされルシフェルの姿は魔族の身体のまま人に近付く気配すらない。
十二枚の翼で宙に浮かびながら余裕の笑みを見せている。
「ウジ虫め、こんなことを繰り返しても無駄だぞ。私とお前の魔力には大きな差がある。先に魔力が尽きるのはお前の方だ」
「そうだろうな。だけど俺とお前の人化魔法合戦をしている間お前も他の魔法は使えないだろう」
「ふん、それが狙いか。大方その隙にそこのドラゴンのブレスで私を焼き払おうとでも考えているのだろうが残念だったな。その程度の火力では私の身体に火傷の跡ひとつ付けられないことはさっき見せてやっただろう」
「……誰がお前を焼くといった? ジェリー出番だぞ!」
「私? うん、任せて!」




