第38話 勝利
「ダスター、お前たちがマロンから奪い取ったあの魔導書はな、マリオネットではなく人化魔法の魔導書なんだよ。ちょっと表紙を交換しただけでこんなにも簡単に引っ掛かるとは俺が一番驚いているかも知れない」
「な……ルカ、てめえ俺をハメやがったな!?」
ダスターたちが檻から逃げ出すことも、俺が切り札にとっておいたあの魔導書を奪い取ってセインに渡そうとすることも織り込み済みだ。
本物のマリオネットの魔導書はとっくにマロンに灰にしてもらっている。
あんな恐ろしい魔導書を残しておくわけがないだろうに。
全て俺の掌の上で転がされていたことに気付いたダスターはまるで茹でタコのように顔を真っ赤にして喚き散らす。
セインはマリオネットと思い込んでうかつにも人化魔法の魔導書と契約をしてしまったのだ。
「……だがあの魔導書がマリオネットじゃなかったとしてもそれが何だというんだ!? そんなものに頼らなくてもお前たちなどセインティアラ様の魔法で……」
「だからもうこの女は禁忌の魔法が使えないんだって」
「何?」
「思い出してみろ。俺が人化魔法の魔導書と契約を結んだ時に何が起きたのかを」
「何って……あっ」
ダスターは絶句する。
人化魔法の魔導書には他の魔法が一切使えなくなる呪いが掛けられていることを思い出したからだ。
これでセインも俺と同様に呪われてもう禁忌の魔法も使えなくなったわけだ。
今この状況ではセインが人化魔法を使えるようになったとしても何の打開策にもならない。
今自身を包囲している聖堂騎士団は人間だから人化魔法を掛けても何の変化もないし、マロンやトーレンの人化を解いてドラゴンや魔物の姿に戻したとしても脅威が増すだけだ。
ひとりジェリーだけは自我を持たないウロボロスライムの姿になって俺たちに襲い掛かってしまう危険があるがジェリーは既に後方に下がっている。
セインは勝利を確信して本性を現すタイミングを早まってしまったと後悔するも後の祭り。
最早打つ手は残されていない。
イーシャとテラロッサも先程までの強気な態度は何処へやらただ茫然としている。
そのことを理解した聖堂騎士たちは一斉にセインたちに飛びかかり瞬く間に取り押さえてしまった。
「偽聖女セイン及びダスターとその一味、王国への反逆罪により身柄を確保する! 言い分があれば法廷で聞こう!」
「や、やめて……酷いことはしないで……」
「うるさい、この悪女め!」
セインたちは抵抗できないように身包みを剥がされて念入りに痛めつけられた後で簀巻きにされて縄で引き摺られていった。
あの様子では本国まで生きて辿り着けないかも知れないな。
そして聖堂騎士団の団長が俺の前に跪いて言った。
「ルカさん、それから魔の森の方々、今までの非礼をお詫びします。全ての責は団長であるこの私にあります。どのような罰でも甘んじてお受けいたしましょう」
俺は首を横に振りながら答えた。
「いや全ては偽聖女セイン、そしてズクニュー伯爵家が企てたこと。それよりもこの度の戦いで多くの者が傷を負いました。俺たちには治癒魔法を使える者がいないのです。どうか手を貸してくれませんか?」
「そのようなことでしたらお安い御用です」
直ちに聖堂騎士団の中でも治癒魔法が得意な者が選別されてこの戦いで傷を負った者たちの治療に当たる。
そして罪滅ぼしとばかりにセインの枯死魔法によって荒廃してしまった地面に浄化魔法をかけ、ドリットなどの近くの町から木の苗を取り寄せて植える。
これで時間はかかっても森は徐々に元の姿を取り戻すはずだ。
数日かけて戦後処理が終わると聖堂騎士団は元凶であるズクニュー伯爵家を断罪して王国の平和を取り戻すことを約束して王都へ帰っていった。
俺は各種族のリーダーを集めて今後の方針について打ち合わせを行った。
「トーレン、俺たちは王都へ戻り魔法卿や先に帰った聖堂騎士たちの手伝いをしてくるよ。後のことは任せても良いかな?」
「分かりました、この森はオレたちが責任を持ってお守りします。それでマリシア王女はどうされます?」
「そうだね、王都の政情が落ち着くまではドリットの町で匿って貰おうと思うけど、それで宜しいですかマリシア王女?」
「分かりました。マシュー様、お世話をおかけします」
「お任せくださいマリシア王女。ドリットの衛兵隊長マシュー、命に代えても王女をお守りいたします」
今後の方針は決まった。
マシューさんやゴンザレスたちはマリシア王女を連れてドリットの町へと戻っていった。
俺がいない間王都がどうなっているのかは情報が入っていない。
王都には魔法卿や冒険者の仲間たちがいるので最悪の事態にはなっていないとは思うがやはり気がかりだ。
俺はマロンとジェリーを連れて王都への帰路を急いだ。




