第30話 待ち構えていた者
マリシア王女を連れて馬車で王都の遥か北にあるドリットの町へ向かう俺たち。
度々後ろを振り返り追跡者がいないことを確認するが追跡されている気配は感じない。
「マリシア王女、明日にはドリットの町に着くと思いますのでもう少しの辛抱ですよ」
「ありがとうございますルカ様。私は大丈夫です」
マリシア王女は気丈に振る舞うが長く闘病生活を続けていた身だ。
長旅に耐えられるだけの体力はなく、相当疲弊しているのが見て取れる。
野宿が当たり前の俺たち冒険者とは訳が違う。
街道沿いの宿場町で購入した簡易的な寝具などを客車に積み、王女様の寝室とまではいかないまでも少しでも快適な空間を作ろうと努力をしてみたがやはり限界がある。
マリシア王女は「お気遣いなく」と笑顔で答えるが気にならない訳がない。
何か俺に出来ることはないかとしつこいくらいに尋ねるとそれを見ていたケイトに「しばらくはそっとしておいた方が宜しいかと」と注意されてしまった。
何せ俺は無骨な冒険者だ。高貴な女性への接し方など知らない。
こういう時は騎士然としたケイトが本当に頼りになる。
騎士の姿をしたケイトがマリシア姫様に寄り添う様子は物語のワンシーンのようで絵になっており性別の違いこそあれ世の淑女方が憧れるシチュエーションというのも頷ける。
やがて街道の先にドリットの町が見えてきた。
「まずは衛兵隊長のマシューに相談しましょう。それから王女が身を隠せる場所を手配します」
「はい、宜しくお願いします」
町の入り口で馬車を止め、俺は剣に戻した聖剣ラゴーケイトを背負って先行して兵士たちの詰所へと向かう。
ルカとジェリーにはマリシア姫の護衛としてそのまま馬車の中で待機させている。
「待てよルカ」
「ん?」
詰所の前までやってきたその時何者かが俺を呼び止めた。
「げ……お前なんでこんな所にいるんだ?」
この場に絶対にいるはずがいないその人物の顔を見て俺は驚き戸惑った。
「ダスター……お前王都の牢獄に捕まっているはず筈じゃ……?」
「残念だったな。王様がおっちんじまった後で俺たちに恩赦が与えられたんだよ。今こそ臣民が一致団結して王国の苦難を乗り越える為だとかなんとか難しいことを言っていたが有り難い話だぜ」
「くっ……誰がそんな勝手なことを……」
「知りたいか? 聖女セインティアラ様が王国の首脳陣を説得して下さったんだとよ。さすが聖女様だ、慈悲深いこったな」
「あの女か……」
聖女セインが絡んでいるということはやはりズクニュー伯爵が黒幕ということか。
しかしダスターのような愚かな人間を世に解き放って何を企んでいる?
余計に王国内が混乱するばかりじゃないか。
嫌な予感がする。
俺は身構えながらダスターに問い詰める。
「……それで俺に何か用か?」
「何か用かとはご挨拶だな。俺がここにいる理由なんかとっくに分かってるんだろ? マリシア王女をさっさと引き渡してもらおうか」
「な!?」
ダスターは俺に剣を突き付けてマリシアの身柄を要求する。
俺がマリシア王女を連れてこの町へ落ち延びようとしていたことなどお見通しだったという訳か。
追跡者などいないはずだ。
予めこの町で待ち構えていたのだから。
ダスターがそこまで頭が回るとは思えない。
聖女セイン……底が知れない女だ。
どこまで俺の動きを読んでいる?
しかし仮にも元侯爵家の令息が伯爵家の人間にいいように使われるとは情けない話だ。
俺は背中のラゴーケイトを抜いて突き付けられていたダスターの剣を弾く。
「悪いがもしお前に王女を渡す訳にはいかないな」
「なら力ずくでも奪い取ってやるぜ」
問答無用とばかりに斬りかかってくるダスター。
俺は聖剣ラゴーケイトでそれを受け止めるとダスターは後ろに飛び退いて不愉快そうに眉を顰める。
「けっ本当にムカつくぜ。俺様の愛剣を汚ねえ手で使いやがって」
「このラゴーケイトはお前に愛想を尽かして自分の意思で俺の所へ来たんだ。未練がましい奴だな」
「うるせえ! おいお前らこいつを囲め!」
「はっ、ダスター様!」
ダスターの合図で兵士の詰所の中から大勢の男たちが現れて俺を取り囲んだ。
「くっ……お前らは!?」
詰所から出てきたのはこの町の衛兵ではない。
いずれもグレイメン侯爵に仕えていた私兵やダスターの取り巻きどもだ。
「ダスター、お前マシューさんたちをどうした!?」
「マシューだあ? 知らねえなあ。この町の衛兵なら俺たちに反抗的な態度を取りやがったんで全員痛めつけて追い出してやったぜ。そうそう牢屋の中に捕まっていたごろつきどももついでに外に出してやったぜ。今頃町の中で好き勝手暴れてるんじゃないか?」
ダスターの取り巻きたちはダスターの言葉に合わせて「ヘヘヘ」と嫌な笑みを浮かべる。
「なんてことを……」
「お前は罠にかかったネズミなんだよ!」
そう言いながらダスターの視線が不自然に俺の背後に向けて動いたのを俺は見逃さなかった。
「……後ろか!」
次の瞬間俺の背後から飛びかかってきたのはイーシャだ。
俺は咄嗟に身をかわすことに成功した。
「チッ!」
死角から詰め寄り相手の武器を奪うイーシャの得意技。
三度も同じ技で武器を奪われるはずもない。
そしてこの後の行動もとっくに読めている。
テラロッサが眠りを誘う魔法を仕掛けてくる。
これがこいつらの常套手段だ。
「そこだ!」
俺は自分を囲んでいるダスターの手下のひとりを目掛けてラゴーケイトをぶん投げた。
手下が咄嗟に身をかわすとラゴーケイトはその後ろに隠れていたテラロッサの肩を掠めた。
「うわぁっ……」
忽ちドレイン効果が発動してテラロッサの身体から生命力が流れ出しラゴーケイトに吸い取られていく。
「やるなルカ。しかしこれでお前は丸腰だ。お前ら一斉にかかれ!」
「おう!」
「やっちまえ!」
ダスターの合図で手下たちが俺に飛びかかってくる。
しかしその時既に俺は懐から杖を取り出していた。
先程放り投げたラゴーケイトに向けて杖をかざして魔力を放つと瞬く間に女騎士の姿に変化する。
「ルカ様、後はお任せ下さい」
「なんだこの女は……ぐはっ」
ケイトの拳が手下のひとりの顔面にめり込んだ。
人化率五十パーセント。
元が名工が鍛え上げた名剣だったケイトの両腕、両足は鋼鉄の様に固くなっている。
「ひ、怯むな! かかれ!」
ダスターの手下たちは目標をケイトに変更し一斉に襲いかかる。
しかしケイトは彼らの剣を鋼鉄化した腕で受け止め、すかさず反撃で殴り、あるいは蹴り飛ばす。
ダスターの手下たちは瞬く間にケイトに叩きのめされてしまった。




