第3話 新たなる出発
「いてて……」
目を覚ますと俺は牢獄の中にいた。
あれからどうなったのかまるで記憶にない。
看守に話を聞いてみるとどうやら俺は昨日酒に酔って酒場で暴れていたところを【サンブライト】の三人に取り押さえられてここに連れてこられたということになっているそうだ。
冒険者といえば基本的に血の気が多い奴ばかりなので喧嘩は日常茶飯事だ。
俺はその後酒場への迷惑料等を支払わされた後に簡単な手続きで釈放された。
「これからどうするかなあ」
俺は今後の事を考えながらブラブラとギルド内を歩き回っていた。
俺が呪いによって人化以外の魔法が使えなくなった話は既にギルド中に広がっている。
ダスターたちがいい話のネタだと面白おかしく触れ回ったからだ。
魔法が使えなくなった魔法使いとパーティーを組もうなどと考えるもの好きな冒険者はいない。
それがSランクの冒険者だったとしても例外ではなく、声をかけても皆申し訳なさそうに首を横に振るばかり。
八方塞がりとはこのことだ。
しかし彼らを薄情だと非難することはできない。
冒険者は命がけの商売だ。
変に同情して満足に戦えない者をパーティーに加えた結果死なせてしまったり、足を引っ張ってパーティーそのものが壊滅してしまったという話は珍しくもない。
同じ状況なら俺だって断るだろう。
「もうイーシャの言う通り冒険者を引退するしかないのかな……」
俺は大きく溜息をつきながらへたり込んだ。
仮にも昨日までは歩く天変地異の二つ名で周囲から一目置かれていた俺が今では憐みの目で見られている。
俺は胸に付けたバッジを強く握りしめた。
この双頭の鷹が描かれた銀色のバッジはSランク冒険者の証となるものあり俺のアイデンティティーそのものだったのだが今では何の役にも立ってくれない。
逆に傍から見れば過去の栄光に縋っている憐れな男に見えるだろう。
惨め過ぎて涙が出てきた。
「ルカさん。丁度良かった、探していたんですよ」
「ん?」
頬を伝う涙を拭って顔を上げると妙齢の美しい女性が微笑みながら立っていた。
彼女の名前はメイア。ギルドの受付嬢を努めている。
その大人びた見た目とは裏腹にちょっと天然が入っているところが逆に可愛らしく、密かに彼女に恋慕している冒険者も多い。
「ルカさんにひとつ依頼をお願いしたいんですけど今忙しいですか?」
彼女のような人気者の女性に自分を探していたと言われれば普段の俺なら嬉しくて舞い上がるところだが、今はとてもそんな気分じゃない。
俺はもう一度大きく溜息をついて俯きながら答える。
「忙しそうに見えます? 今の俺がどんな状態かはもう知ってるでしょ」
「暇してるなら決まりね。薬草採集の依頼なんですけど他に頼める人がいなくって」
「いや、勝手に話を進めないで下さい。俺魔法が使えなくなって本気で凹んでるんですけど」
「別に魔物の討伐の依頼じゃないからそんなの関係ないですよ。それよりも報酬が金貨十枚ですって。悪くないでしょ?」
メイアさんは人の話を聞いているのか聞いていないのかこっちの気も知らないでグイグイと話を進めてくる。
しかし彼女の言う通り金貨十枚という報酬は数ヶ月は遊んで暮らせる程の大金であり、依頼内容と比べて明らかに破格だ。
俺はもう一度顔を上げてメイアさんに訊ねた。
「薬草採集で金貨十枚? いやいやちょっと待って、それ絶対に何か裏があるやつでしょう」
「うふふ、やっぱり分かります? 実はその薬草というのがドラゴンハーブのことで……」
「ドラゴンハーブだって?」
ドラゴンハーブとはその名の通りドラゴンが棲息するという危険な地域にしか生えていない希少な薬草だ。
ドラゴンの身体から溢れ出る強大な魔力を存分に吸収したその薬草は万能薬エリクサーを調合する為の素材のひとつとして知られている。
成る程、それならば金貨十枚という報酬も合点がいくが……。
「でも魔法が使えなくなった俺がドラゴンと戦うのはちょっと無理があるんじゃない?」
「どの道魔法が使えてもドラゴンには敵いっこないから同じですよ」
「はっきり言ってくれますね」
悪びれる様子もなく笑顔でそう答えるメアリさんに俺は思わず苦笑した。
しかしメアリさんの言うことも強ち間違っていない。
ドラゴンはこの世界でもっとも神に近いと言われる生き物と言われている。
ひとたび雄叫びを上げれば大地を揺るがし、その巨大な翼が羽ばたけば嵐が生まれ、大口から放たれる灼熱のブレスは森を焼き尽くしてしまうという。
歩く天変地異と呼ばれていた俺でもそこまでの威力の魔法は使えなかった。
もしドラゴンに遭遇してしまうようなことがあれば迷わず逃げの一手だろう。
「だからドラゴンと遭遇しないようにこっそりと採集してきて下さい。そういうことは経験が豊富なルカさんにぴったりな依頼だと思うんですけどね」
「うーん……」
確かにメイアさんの言う事も一理ある。
魔物との余計な戦闘を回避するスキルは一朝一夕で身につくものではない。
特に若く血の気が多い新米冒険者は総じて勇気と無謀を取り違える傾向があるからこういった依頼は危なっかしくて任せられない。
俺は少し考えた末に依頼を引き受ける事にした。
「分かりましたその依頼引き受けます」
「やったー、ルカさんは話が分かる! じゃあ詳しい話は奥の部屋でしましょう」
メアリさんにうまく乗せられた気がするがこのままギルドで腐っていても始まらない。
詳しい依頼内容の確認が終わった俺は早速ドラゴンハーブ採集の準備を整えドラゴンが住むという辺境の地へと向かった。