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第29話 侵食する悪意



「陛下が亡くなられた後、聖女セインが私の屋敷に訪れたのだ」


「セイン……あの女が何の為に?」


「伯爵家と公爵家、身分の差はあるが陛下が亡くなられた今お互い幼い王女殿下を支えなければいけない身。誼を通じたいという理由で多くの土産を持参してな。特に不審な点は見当たらなかったのでそのまま受け取ってしまったが……」


「じゃあその中のひとつにゾンビウイルスが仕掛けられてていたと」


「丁度あの頃から記憶が曖昧なのだ。そうとしか考えられぬ」


 ゾンビ化魔法は一般には知られていない禁忌の魔法だ。

 現在では使用者がまだ存在するのかどうかすらも疑わしく思われており、魔法卿の警戒網を潜り抜けてしまったとしても仕方が無いと言える。


「魔法卿、国王陛下の暗殺とタイミングが合い過ぎますね」


「うむ。やはり聖女セインが……いや恐らくズクニュー伯爵家が暗躍していることは十中八九間違いないだろうが証拠が無い」


「歯痒いですね」


「ルカ君、恐らく今王都には陛下を暗殺した者の手の者が多く潜んでいよう。しばらくはマリシア王女殿下と一緒に王都を離れた方がいいかも知れんな。我が家の馬車は君が好きなように使ってくれていい」


「ありがとうございます。そういうことでしたら伝手があります」


 王都の遥か北にある辺境の地にあるドリットの町は以前滞在したことがあり顔見知りも多い。

 彼らなら俺たちに力を貸してくれるはずだ。

 それにその先にある魔の森も身を隠すにはもってこいの場所だ。


「私は王都に留まり我々に出来ることをする。ではマリシア王女殿下のことは頼んだぞルカ君」


「魔法卿もお気をつけて」


 魔法卿は馬車と御者を俺に預けると自身の屋敷へと戻っていった。


「ルカさん、いつでも出発できますよ」


「いや、ちょっと待ってくれ。一応冒険者ギルドの連中にもこのことを忠告をしておきたい」


 俺が王都を留守にする間この町を守れるのは同じ冒険者だけだ。

 敵は禁忌の魔法を躊躇なく使用するような恐ろしい連中だ。

 そのことを知っていれば対策の取りようもあるだろう。


 俺はマリシア王女をジェリーに任せて冒険者ギルドへ向かった。


 ギルドの中ではいつも通り多くの冒険者の連中が屯していた。

 早速俺に気付いたメイアさんが声を掛けてきた。


「ルカさんこんにちは。生憎今日は新しい依頼がないんです。王様が亡くなったこことで町中が喪に服していますし……」


「いえ今日は依頼を探しに来た訳じゃないんです。その陛下が亡くなられたことで皆さんに話したいことがあって」


「へえ、どんなことかしら? 詳しく教えて貰える?」


「ええ、実は……」


 俺はギルド中の冒険者たちを集め今日起きたこと、知ったことを説明した。

 陛下は病死ではなく呪いによって暗殺されたこと、俺たちは訳あってしばらく王都を離れること、禁忌の魔法を使う不届き物が王都の中に潜んでいること、人間をゾンビ化させる魔法が存在するがゾンビ化した人間は感染初期状態なら解毒魔法で治療できること。

 いつどこに敵が潜んでいるか分からないのでマリシア王女を匿っていることだけは伏せたがそれ以外の知っていることを全て話した。

 メイアさんや冒険者たちは無言で耳を傾ける。


「この町のことは頼みましたよ」


 伝えられることは全て伝えた。

 彼らならばこの町を守ってくれると信じよう。


「ルカさんしばらく会えなくなってしまうんですね。私寂しい……」


 ギルドを後にしようとしたその時、メイアさんが後ろから俺に抱きついてきた。


「メ、メイアさん急にどうしたんですか?」


 メイアさんの柔らかい部分が俺の背中に当たっている。

 彼女の大胆な行動に俺は戸惑いながらも冷静に答えたつもりだ。


「ルカさん実は私ずっとあなたのことが好きだったの。お別れになる前に私のお願いをひとつ聞いてくれない?」


「今生の別れという訳でもあるまいし大袈裟な……あっ」


 メイアさんは目を閉じて唇を近付けてきた。


「メイアさん!? 駄目ですよこんな所で。皆見てますから……」


「いいのよ、折角だから皆さんにも見て貰いたいわ……」


「見て貰いたいって……メイアさんってそういう趣味が……」


 まさかメイアさんが俺のことが好きだったなんて思いもしなかった。

 しかもギルド中の冒険者たちが俺たちに注目している。

 メイアさんはギルドのアイドルでありあいつらの前でこんなことをしたら後が恐ろしい。

 しかし据え膳食わぬは男の恥だ。

 俺も覚悟を決めて目を閉じメイアさんに唇を合わせる……合わせようとしたその時だ。


「痛っ!」


 メイアさんが俺の首筋に噛みついてきた。


「メイアさん何を……うわあっ!?」


 驚く俺の目の前でメイアさんの身体が徐々に崩れ始めた。

 メイアさんだけではない、周りで見ている冒険者たちもだ。


「アハははハ……噛ンでヤった! コレであんタも仲間になるノヨ!」


 なんてことだ、既にメイアさんだけでなくギルドの皆もゾンビウイルスに感染していたのだ。

 邪魔者を確実に仕留める為とはいえここまでするとは。

 ゾンビウイルスに精神を支配されて薄れゆく意識の中、マロンが声にならない声を上げ絶望的な表情で俺を見ているのが見える。


「あハ、アはハハハ!」


 ゾンビと化したメイアさんが高笑いする声がギルドの中に響き渡る。

 きっと彼女たちをゾンビにした犯人もどこかで勝利を確信しながらこの光景を眺めていることだろう。


 しかし……残念だったな。

 俺は杖を自分に向けて魔力を放つとその瞬間意識がはっきりと戻ってきた。


 人化魔法は元々魔族が人に化けて悪さをする為に作り出した魔法、つまり他人よりも自分自身に掛けるのが本来の使い方なんだ。


 実際にゾンビウイルスに感染されてみてよく分かった。

 俺の身体の中に入り込んだゾンビウイルスは必死に俺をゾンビ化しようと働くが人化魔法の効果によって即座に人間に戻ってしまう俺には全く影響がでない。

 そしてゾンビウイルスは俺の身体の中でまるで抗体に駆逐される風邪ウイルスのように何もできないまま消滅した。

 人化魔法の完全勝利だ。


「やれやれ、お前たちも早く正気に戻れ」


 俺はギルドの皆に向けて人化魔法を掛けてゾンビから元の人間に戻す。


「うーん? あれルカさん? 私何をしていたのでしょうか?」


「俺たちは一体何をしていたんだ?」


 やはり魔法卿と同じように彼らにはゾンビになった前後の記憶が無いようだ。


「また一から説明しなきゃいけないのか……」


 がっくりと肩を落とす俺をマロンが冷めた目で見ている。

 それは俺が無事だったことを安堵するような表情ではない。


「どうしたマロン?」


「ルカ、どうしてメイアさんに抵抗しなかったの? 最初からあからさまに様子がおかしかったのに」


「え?」


 メイアさんはギルド中の冒険者から愛されている存在だ。

 勿論俺も彼女に対して悪い感情は持っていない。

 この非常時に助平心が湧いて出てきたなんてとても言えない。

 俺は冷や汗をかきながら必死に言い訳を考える。


「いや……ほら、後学の為に一度自分もゾンビウイルスに感染してみるのも良いかなって……」


「ふーん、そうなんだ」


 マロンはそう言うとプイと横を向いて黙り込んでしまった。

 ちょっと苦しい言い訳だったか……。


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