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第28話 生ける屍


 恐る恐る扉を開けるとそこには予想通り魔法卿が立っていた。


「ふう……驚かせないで下さい魔法卿」


「すまんな、君がマリシア王女を匿っているという情報が入ったので飛んできたのだよ」


 さすがこの国の諜報活動を担当している魔法卿だ、耳が早い。

 しかし今はこれほど頼りになる人物はいない。

 それに魔法卿ならば王の暗殺犯についても何か情報を掴んでいるかも知れない。


「魔法卿、陛下の暗殺については既に耳に入っているかと思いますが、犯人の目星は付いていますか?」


 不躾に質問をするが今は緊急時だ。

 大目に見て貰おう。


「いや、こちらでも調べているところだがまだこれといった情報は入っていないな」


「そうですか……」


「それよりも今すぐマリシア王女を我々に保護させてくれないか。こんなところではいつ敵に見つかるか分からん」


「そうですね、一刻も早く安全なところへ移動しましょう」


 俺はマリシア王女を移動させる為に起こそうとしたが余程疲れているのが全く目を覚ます気配が無い。

 仕方なく俺は眠ったままのマリシア王女を抱き抱えて部屋を出る。


 宿屋の入り口の前にはセパルカ公爵家の馬車が停まっていた。

 マリシア王女を抱えたまま客車に乗ろうとしたその時、魔法卿が思い出したように言った。


「そうそう、先日の魔道書だがやはり私に預からせて貰えないだろうか。万が一敵の手に渡ったら大変なことになる」


「あのウィールス子爵の屋敷で手に入れた魔道書ですか? 確かに今も持っていますが……じゃあいっその事今ここで焼き払ってしまいましょう。マロンやってくれ」


「分かった」


 マロンは俺の鞄の中から件の魔道書を取り出すと灼熱のブレスで焼き払うべく大きく息を吸い込んだ。


「待て」


 それを止めたのは魔法卿だ。


「何も焼き捨てることはない。私が保管しておくからこっちに渡してくれないか」


「こんなもの残しておく必要はないでしょう? 万一の事を考えたら焼いてしまった方が早いですよ」


「駄目だ! 早くこっちに渡せ!」


 魔法卿の怒号が宿の前に響き渡った。

 明らかに様子がおかしい。


「魔法卿……?」


「渡せ、渡セ、ワたセエエエエエエ……!」


 今目の前にいる男は本当に魔法卿なのか?

 俺の目の前でその男の顔が醜く歪んでいく。


「旦那様が!」

「うわあっ化け物だ!!」


 魔法卿についてきた臣下や御者がその変貌ぶりに恐怖し悲鳴を上げ後ずさる。


「ルカ、この人魔法卿じゃない。敵が魔法卿の姿で私たちを騙していたんだ!」


 異常を察したマロンは魔法卿に向けて口を開き灼熱のブレスを吐きだそうと身構える。

 しかし俺はその時全く別のことを考えていた。


「待てマロン、この人は違いなく魔法卿だ。だけどもう……」


 俺たちの見ている前で魔法卿の身体が腐っていくように崩れていく。

 この症状は魔法による変装などではない。


「ゾンビだ……」


 ゾンビとは地の底から蘇った死体が何者かに操られている状態だと思われることがあるが実際はそうではない。

 ここバンビーナ王国では魔法省での長い研究の結果その存在の秘密が解き明かされている。

 ゾンビとは魔法によって人工的に作られたゾンビウイルスと呼ばれるウイルスに感染した者の成れの果てなのだ。

 ゾンビとなった者は術者によって意のままに操ることができるが、ウイルスの副作用でその姿は時間を掛けて徐々に崩れていきやがてはおぞましい化け物になってしまう。

 化け物となった者に噛まれた者もまたゾンビウイルスに感染するという負の連鎖で、かつては町がひとつゾンビたちに埋め尽くされた事件もあったという。


 魔法卿は既に……ゾンビウイルスに感染してしまっている。

 感染の初期段階なら解毒魔法でウイルスを駆除して治療することができるがここまで肉体が変異してしまってはもう手の施しようが無い。


「ルカ、こうなったらもうひと思いに……」


 マロンは悲痛な表情で化け物となった魔法卿を焼き払うべく口を開いた。


「待て!」


 それでも俺は頑なにマロンを止める。

 ひとつ試してみたいことがあるからだ。


 俺はマリシア姫を地面に下ろし、懐から杖を取り出して魔力を放った。


「魔法卿、戻ってきて下さい!」


 杖の先から閃光が走る。

 そして再び視界が戻った時、目の前の魔法卿はゆっくりと眠るように前のめりに倒れた。


「しっかりして下さい!」


「う……ここは……私は一体……?」


 そこには混乱しつつも元の穏やかな顔の壮年男性の姿があった。


「魔法卿、俺のことが分かりますか?」


「ルカ君……それにマロン君にジェリー君も……あっ、そちらにいるのはマリシア王女殿下ではありませんか?」


「良かった、元に戻ったようですね」


 一か八かの賭けだったが上手くいったようだ。

 俺は人化魔法で化け物と化した魔法卿を再び人間の姿に変えたのだ。


「ルカ君、一体何があったのかね?」


「魔法卿はゾンビウイルスに感染していたんですよ。でも俺の人化魔法で何とか人間に戻せました」


「何と私がゾンビに……」


 魔法卿が臣下や御者に視線を送ると皆頷き俺の言ったことが真実であることを示す。


「そうか、君に助けられたようだな。ありがとう」


「いえ、それよりも魔法卿がゾンビウイルスに感染してしまった原因が気になります。何か心当たりは?」


 ゾンビウイルスを生成して対象を意のままに操る魔法はその危険性からバンビーナ王国では禁忌とされており、魔法の存在自体そのものが一般人には伏せられている。

 俺や魔法卿のような高位の魔法使いも辛うじて名前を聞いたことがあるくらいで実際にゾンビとなった者を目にしたのは初めてだ。

 犯人は絶対に突き止めて裁かなくては。


「原因か……まさかあの時の……」


「心当たりがあるんですね。教えて下さい」


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