第23話 古びた洋館
王都の西、呪われた土地だと恐れられ堅気の人間が寄り付かなくなって久しいこの地にある崩れかけの廃墟はかつて魔族と通じていた旧貴族ウィールス家が住んでいた屋敷の跡だ。
屋敷を飲み込むように草が生い茂るその景観はまるで幽霊屋敷のようだ。
屋敷の周囲には狼型の魔獣が徘徊しており、餌食となった憐れな人間や獣たちの骨が散乱している。
狼型の魔獣は狂暴で頭がよく群れで行動するので厄介極まりない。
油断をすれば熟練の冒険者でも食い殺される事がある。
だから俺はマロンを龍の姿に戻して追い払って貰った。
屋敷の周囲の安全が確保されようやく内部の探索に取り掛かれる。
「どうかお化けが出てきませんように……」
俺は恐る恐る屋敷の中に足を踏み入れた。
屋敷の中はまっ暗闇だ。
マロンが光球の魔法で周囲を照らすとバサバサと音を立てながら夥しい数の蝙蝠の群れが屋敷の外へ飛び出していき心臓が止まりそうになる程驚いた。
廊下を歩くとギシギシと音を立てて足元が凹み、頭上からは窓やシャンデリアのガラス片や天井の一部がボロボロと落ちてきた。
「マロン、ジェリー、頭上や足元には注意しろよ」
主がいなくなった屋敷の中は金目の物目当てに侵入した盗賊たちによって荒らされている跡があった。
もし盗賊たちが解呪の魔道書を発見していたのならとっくに売り払われて市場に流れているはずだ。
つまりもし本当にこの屋敷の中に魔道書があるのならまだ見つかっていない場所、秘密の地下室とやらに隠されている可能性が高い。
しかしこの様子ではいつ屋敷が崩壊するか分からない。
俺は慎重に内部を進むが、やがて瓦礫の山が行く手を阻んだ。
壁や天井が崩れないようにそーっと撤去しながら地下室への入り口を探すが、こんな有様ではどれだけ時間が掛かるか分からない。
「ルカ、じゃあ私が行く!」
進退極まって悩んでいるとジェリーが元気よく挙手をして名乗り出た。
「そうか、液体のジェリーなら小さな隙間に入り込んで探索できるし、万一天井が崩れて潰されても平気だもんな」
俺はジェリーの人化を五十パーセントまで解く。
ゼリー状の身体に変化したジェリーは水が低い所に流れるように地面を這いながら屋敷の奥へと進んでいった。
「見つけた、この下に階段があるよ!」
「おお、よくやったぞ」
俺はゆっくりとジェリーの声がする方向へ進む。
「こっちだよ。よいしょっと」
目の前で倒れていた棚がその下にいたジェリーによって持ち上げられると、地下室への入り口が現れた。
「この先に解呪の魔道書があるのか」
「多分ね。私についてきて」
先導するジェリーの後について地下への階段を降りる。
やがて目の前に広々とした空洞が現れた。
ここが聖女セインが言っていた秘密の地下室か。
内部には見たこともないおぞましい研究道具が所狭しと並べられている。
壁や床には動物の血の跡や生き物の体毛、骨が散乱している。
ウォールス家の人間が魔族と通じて呪いの研究を続けてたというのは事実の様だ。
壁際の棚にはボロボロになった魔道書が並べられている。
順番に手を取って中身を読んでみるとどれも一般的に知られている魔法ばかりだ。
解呪の魔道書らしきものは見当たらない。
「うーん、ここも外れだったかな?」
諦めかけたその時、部屋の奥に古びた箱がいくつも並んでいるのが目に入った。
見た目はボロボロでも明らかに宝箱の一種だ。
「ひょっとしてこの中か?」
ウィールス子爵が長年密かに研究していたという大切な成果物だ。
宝箱の中に厳重に保管されていても不思議はない。
宝箱には当然鍵も掛けられているだろうし何らかのトラップが仕掛けられていてもおかしくない。
迂闊に開けるのは論外だ。
ここはジェリーに任せてみよう。
「この箱を調べられるか?」
「任せて」
ジェリーはこちらを向いてサムズアップをした後並べられた宝箱のひとつの鍵穴の中にヌルリと入っていった。
カチャリ。
ジェリーによって鍵が開けられた音がする。
もし何らかのトラップが仕掛けられたとしても液体のジェリーなら平気だろう。
「ジェリー、中身は何だった?」
「……」
しかしその後どれだけ待っても反応が無い。
「ジェリー? どうした? 何かあったのか」
「……」
「開けるぞ?」
俺は慎重に宝箱に近付いて蓋に手を置いたその瞬間だった。
パカッ。
「うわっ!?」
宝箱の蓋が勝手に開いたかと思えばまるで生き物のように飛びかかってきた。
こいつは宝箱に擬態して獲物に襲いかかる魔物ミミックだ。
「ルカ、危ない!」
直ぐ様マロンが今まさに俺に噛みつこうとしているミミックの口を掴んで力ずくで逆にこじ開けるとミミックの口の中からドロリとジェリーが流れるように落ちてきた。
獲物に逃げられたミミックは何事もなかったように再び宝箱の列の中に戻って宝箱に擬態する。
「大丈夫かジェリー?」
「うーん、あのまま消化されるところだった……」
全身をミミックの消化液塗れにしながらジェリーがへたり込む。
「無事で何よりだ。それよりもまだ宝箱は沢山あるな」
俺は目の前に並べられた宝箱の山を見て気が遠くなった。
何せミミックは一匹見つけたら近くに三十匹はいるといわれている魔物だ。
この中のどれかに目的の解呪の魔道書が入っていると思うんだが、ほとんどはミミックが擬態している可能性が高い。
ミミックかどうかを一発で見破る方法でもあれば……。
「あ、あったわ」
俺は宝箱の山に向けて杖をかざし魔力を放った。
次の瞬間、目の前に多くの男女の群れが列をなして座っていた。
簡単なことだった。
魔物ならば俺が人化魔法を掛ければ人間の姿になるはずだから人化しなかった宝箱が本当の宝箱だ。
「なんだなんだ?」
「げっ、どうなってるんだこれ」
「ヤバイ、バレてんぞ!」
元ミミックだった男女は混乱して右往左往している。
「マロン、こいつらを少しシバいといて」
「分かった」
「ひえー」
人化したミミックたちは一人ずつマロンに懲らしめられた後で人の姿のままで解放してやった。
後はこのままここに住みつくなりどこかの町へ引っ越すなりして好きなように生きてくれ。
ミミックがいなくなった後、一つだけ変わらずに残っていた宝箱があった。
「ジェリー、開けられるか?」
「うん、やってみるけど……もうミミックじゃないよね?」
「それは俺が保証する」
ジェリーが恐る恐る宝箱を開けると中から一冊の魔道書が現れた。
「これが……解呪の魔道書なのか?」
神聖魔法のカテゴリーに属する解呪魔法の魔道書は女神の慈愛の心を表しているように穏やかな雰囲気を仄めかしているものだが、この魔道書からはそのような空気は感じられない。
中身を改めてみると見たこともない呪文や魔法陣が描かれている。
失われた魔法の一種であることは間違いないだろうが聖職者ではない俺にはこれが解呪の魔導書なのかどうかは判断ができないな。
このまま聖女セインに渡しても良いものだろうか。
いや、せめてこれが何の魔道書なのかちゃんと調べてからの方がいいよな。
俺は魔道書を鞄に仕舞うともう一度ジェリーに屋敷の中を探して貰ったがこれ以上の成果は見つからなかったので王都マルゲリタへの帰路に就いた。




