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第20話 魔法卿


「ルカ君、聞いたかい? グレイメン侯爵の屋敷で火事があったんだってさ。今王都中で話題になってるよ」


「へ、へえ……火事って怖いですね。女将さんも用心して下さいよ……」


「私なら大丈夫だよ。それよりもルカ君こそ火の始末に気を付けておくれよ。三代続いた私の宿が火事で焼け落ちたりなんかしたら先代に申し訳が立たないからね」


「それは勿論です」


 俺とマロンが宿へ戻った時には既にあちらこちらでグレイメン侯爵家の屋敷が焼け落ちた事件で持ちきりだった。

 ついカッとなってやってしまったとはいえ相手は侯爵家、しかも王都の治安を任されているグレイメン伯爵だ。

 このまま何事もなく終わるはずがない。

 ひとまずほとぼりが冷めるまで王都を出た方が良さそうだ。

 俺は急いで宿泊部屋に戻る。


「ジェリー、いるか?」


「ルカ、おかえり。お土産は?」


「お土産なんかない。話は後だ、王都を出るぞ」


「何かあったの?」


「実はかくかくしかじかで侯爵家の屋敷を燃やしちゃってね」


「ぷっ、何それウケるんですけど」


「笑ってる場合じゃない。早く行くぞ」


「はーい」


 ジェリーを回収し大急ぎで宿を飛び出る俺たち。

 しかし宿の外には俺が宿から出てくるのを待ち構えていたかのように大きな馬車が入り口を塞ぐように停まっていた。


「く、遅かったか」


 馬車に描かれている双頭の龍の紋章は代々優れた魔法使いを輩出してきたことで知られるセパルカ公爵家のものだ。

 俺も魔法使いの端くれ、その名はよく知っている。

 グレイメン侯爵が王都の治安維持を任されているのならば、セパルカ公爵は諜報活動を任されている家だ。

 俺がこの宿にやってきたことなどお見通しという訳か。


「君がルカ君だね」


 客車の中からひとりの紳士が下りてきた。

 魔法使いである俺には分かる。

 その身体から溢れ出る強大な魔力。

 間違いない、この男が魔法(マギ)卿の異名を持つセパルカ公爵家の現当主、ダルエルベイダ・フォン・セパルカだ。


「はい。そうですが……」


「君を迎えに来たんだ。私と一緒に来てくれるね」


 魔法卿は物静かな口調とは対照的に有無を言わせぬ迫力で同行を求める。

 お世話になった宿の前で騒ぎを大きくする訳にはいかない。

 ここは素直に従っておこう。


「はい」


 俺は魔法卿に促されてマロンとジェリーと共に客車に乗った。


「行ってくれたまえ」


 魔法卿の合図で馬車はどこかへ向けて走り出す。


 それにしてもこの魔法卿という人物の豪胆さには驚かされる。

 今同じ客車に乗っているのはグレイメン公爵家の屋敷を一瞬で灰にしたマロンと魔の森を水没させたジェリーだ。

 もし次の瞬間にも俺たちが抵抗して暴れ出すかもしれないと考えればどこかしら警戒心を露わにするのが普通だ。

 しかし魔法卿は落ちついた様子で窓の外を眺めている。

 それに俺に対しての敵意も感じられない。

 もしかしたら魔法卿が俺を逮捕しに来たというのは俺の思い過ごしか?


「どうしたのかねルカくん。私の顔が珍しいかね?」


「あ、いえ別に。ところで今からどこへ向かわれているのでしょう?」


「それは着いてからのお楽しみと言っておこう」


 魔法卿はまるで子供の様に無垢な笑みを浮かべながら言った。

 やはり俺を捕まえに来たのではないらしい。

 俺はほっと胸を撫で下ろす。


「そういえば武器卿の屋敷が火事で全焼したそうだね」


「ぶっ」


 ここでその話題を振ってくるか。

 完全に不意をつかれた俺は思わずせき込んだ。


 誘導尋問か?


 しかしここで変に誤魔化しても余計に怪しまれるだけだろう。


「ええ、宿屋でも話題になっていましたね。いやあ火事って怖いですね」


「まったくだ。彼の自慢の武器のコレクションも殆ど焼けてしまったらしい」


「ははは、それは勿体ないですね……」


「そういえば君が背負っているその剣、かなりの業物だね。どこで手に入れたものかね」


「え!?」


 またしても不意打ちを食らった俺は挙動不審になる。

 もしかしてこの人全部分かっててわざとやってる?


「こ、この剣は何というか……色々あって剣本人の希望で俺が所持することになったというか……」


 侯爵家の屋敷から持ってきただなんて言えるはずもない。

 俺はボロを出さないように慎重に言葉を選びながら答える。


「ふむ。それも人化魔法というものでかね?」


「はい、魂を宿した物なら動物以外でも人化できるんですよ。宜しければ実際に人化してみましょうか?」


「そうだな。その方が早い」


「早い?」


「いやこっちの話だ」


「? ……それでは一瞬まぶしく光るので気を付けて下さいね」


 俺は背中から鞘を外して膝の上に置き、杖をかざして魔力を放つ。


 閃光が放たれた後、俺の目の前に……というか俺の膝の上にケイトがちょこんと座っていた。


 しまった、膝の上に置かずに床に置いてから人化すれば良かった。

 気まずさに苦笑いをしながら人化したケイトを膝から下ろす。


 ケイトはその騎士の姿に違わず美しい所作で魔法卿に挨拶をする。


「魔法卿、私が名は聖剣ラゴーケイトと申します。ルカ様の仰る通り自らの意思で望んでルカ様の所有物としてお仕えさせて頂いております」


 魔法卿はうんうんと頷き、ケイトを俺の隣の席に座るように勧める。


「成る程、これが人化魔法か。初めて見せて貰ったが本当に不思議なものだな」


「実は俺もまだ全容がよく分かっていなくて、今でも少しずつ検証を続けているところです。何せ今の俺は呪いのせいで他の魔法が使えませんからね」


「それは難儀なことだ。私は最近洗浄魔法の研究にハマっていてね。もしこの魔法が使えなくなってしまったら衣服の洗濯もままならぬ」


「分かります。一度楽を覚えてしまうと戻るのが大変ですよね。俺も洗浄魔法が使えなくなってから元の生活に慣れるまで大変でしたから」


 俺と魔法卿は同じ魔法使い同士、魔法の話になった途端に会話が弾む。

 魔法卿は多くの珍しい魔道書を所持しているという。

 もし俺が呪われていなければ見せて貰いたいところだ。


 それからもしばらく談笑を続けた後、馬車はゆっくりと停止した。


「着いたぞ。気を付けて降りてくれ」


 魔法卿に案内されて客車から降りる。


「ここは……」


 俺は自分の目に映る光景に驚きしばし立ち竦んでいた。


 この王国の技術の粋を集めて建築された王都一の建築物。

 バンビーナ王宮だ。


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