第2話 出る杭は打たれた
王都マルゲリタ。
大陸に存在する大小多くの国々の中で最も繁栄目覚ましいここバンビーナ王国の中央に位置する大都市である。
繁栄の礎となったのは国立の冒険者ギルドであり、一攫千金を夢見て世界各地から腕に覚えがある様々な人種、エルフやドワーフや亜人たちもが集まってきて経済を回している。
王都に帰ってきた俺はギルドの入口の前で仲間たちと別れると猛ダッシュで教会へやってきた。
今まで魔法に人生の全てを捧げてきた俺だ。
魔法が使えない生活なんて一秒だって考えられない。
息を切らせながら教会内部にある聖堂の中に飛び込むとそこで神様にお祈りを捧げている最中だった神父様を見つけた。
事情を説明すると神父様は解呪の為に教会への献金を要求する。
もちろんそれは教会側からすれば当然の見返りである。
言われるままに金貨五枚を渡すと神父様は俺を跪かせ、額に手を翳して目を閉じて神への祈りの言葉を呟いた。
俺はその間両手を合わせて生まれて初めて本気で神への祈りを捧げた。
金貨五枚は大きな出費だがこれで呪いが解けるなら安いものだ。
やがて神父様はゆっくりと目を開いて言った。
「ううむ何という強力な呪いじゃ。残念じゃがわしの力ではどうにもならぬ」
しかし俺の願いも虚しく神父様から返ってきたのは死刑宣告にも等しい言葉だった。
俺は神父様の言葉を聞き間違いと思いもう一度問い質す。
「何度聞いても同じじゃ。呪いは解けなかったと言っているのじゃよ」
俺はようやく聞き間違いじゃなかったことを理解した。
「え……そんな……呪いが解けないと俺は……」
「うろたえなさるな。こうなった以上ジタバタしたところで始まらぬ。これは神がそなたに与えたもうた試練と思って受け入れることじゃ。よいか、かつて魔王を打ち破りこの世界を救った勇者は夜空の満月に向かって自身に七難八苦を授けるよう祈りを捧げたと聞く。若人が大成する為には常に苦難の道を進まねばならんのじゃよ。楽をすることばかり考えていてはいかん」
縋りつく俺に神父様はそれらしい説法をすると金貨を握りしめたままそそくさと奥の部屋へ逃げていった。
「呪いを解くことができない……? そんなまさか……」
まだ現実が受け入れられない俺はしばしその場に立ち竦み、やがて放心したような状態で教会を後にした。
「とにかく皆に結果を伝えないと……」
失意の中俯きながら仲間たちとの待ち合わせ場所である酒場へとやってきた。
扉を開けて店に入ると内部は何いつになく多くの客で溢れかえっている。
珍しく繁盛してるな思って見回すと中央の席でダスターたちが酒を手に他の客と盛り上がっているのが見えた。
彼らは皆侯爵家の令息にしてSランク冒険者であるダスターに取り入っておこぼれに与ろうとしている取り巻きどもだ。
あいつら俺が呪われてこんな状態なのに何を楽しそうにしてやがるんだ。
一言文句を言ってやろうとダスターたちに向かって足を進めるが人が多すぎて中々前に進めない。
仕方がなく少し離れたところで足を止めるとダスターたちの話し声が聞こえてきた。
「──それでよ、あの時のルカの顔ったら傑作だったと思わないか?」
「あはは、思った思った。大体あいつってちょっと魔法が使えるからっていつも調子に乗ってるのよね」
「そうだよな。ルカの野郎平民の分際でいつも俺よりも目立ちやがってずっと気にくわなかったんだよ。あれだけ自慢してた魔法が使えなくなって本当にいい気味だよな」
俺は彼らが話している内容を直ぐには理解できずにしばしその場で茫然と立ち尽くしていた。
やがて現実が見えてくると俺の中に沸々と怒りが湧き上がってきた。
「あいつらずっと俺のことをそんな目で見ていたのか……」
握り拳に力が入る。
ダスターたちは俺が離れたところから聞き耳を立てていることも知らずにまるで武勇伝を語るかのように上機嫌に話を続けている。
「なあテラロッサ、あいつの呪い解けると思うか?」
「無理に決まっているでしょう。私もあの魔道書をひと目見てすぐにヤバい呪いが掛かっていると感じましたから」
「お前それを分かっていてあいつが魔道書と契約するのを止めなかったのか? ぎゃはははは、本当に酷い奴だな」
「今にも噴き出してしまいそうだったのを我慢するのは大変でしたよ」
「やるじゃないかこの千両役者! さあお前らも飲め飲め。俺は今最高に気分が良い。よし皆聞け、今日の酒は俺の奢りだ!」
「ごちになります!」
「ダスターさん最高です!」
酒場中から大歓声が湧きあがった。
その瞬間俺の怒りは限界を突破していた。
ダスターたち【サンブライト】の三人だけではない。
今の話を肴にして楽しそうに酒を飲んでいる取り巻きたちも同罪だ。
「お前らふざけんな!」
手にした杖で手当たり次第取り巻きたちを蹴散らしながらダスターに向けて突進する俺。
不意をつかれたダスターたちは一瞬ぎょっと目を丸くしたが直ぐに余裕の表情に戻った。
ダスターは持っていた飲みかけの酒グラスを床に投げ捨てると壁に立て掛けていた斧を拾い上げて俺の正面に立ちはだかる。
「今の話を聞いてたのかルカ。盗み聞きだなんて少し品がないんじゃねえか?」
「何が盗み聞きだ。あれだけ大声で喚いてりゃ嫌でも耳に入ってくるだろ」
「ふん、まあいい丁度いい機会だ。俺とお前どっちが上かはっきりと分からせてやるぜ」
そう言うや否やダスターは手にした斧を俺目掛けて振り下ろす。
しかし俺も魔法使い職とはいえSランクの冒険者として戦い続けた男だ。
例え魔法が使えなくても簡単にはやられはしない。
勝てないまでもせめて一発でもその顔面にいいのを入れてやらないと気が済まない。
俺はかろうじて斧の一撃を横にかわすとすかさず杖を顔面に向けて薙ぎ払う。
「はい、お疲れさん」
しかし俺の一撃はダスターには届かなかった。
シーフ職のイーシャが隙を見て俺の杖を手から奪い取っていたからだ。
「魔法が使えない魔法使いなんて所詮この程度よ。あんたもう冒険者やめたら?」
「いつの間に俺の杖を……返せ!」
「ひとがいい気分で飲んでるのにお店で暴れるだなんて感心できませんね。少し眠っていて下さい」
間髪いれずにテラロッサが睡魔を誘う魔法の呪文を詠唱する。
本来は睡眠障害に苦しむ人々を助ける為に開発された魔法である。
「くそっ、お前たち……」
強烈な眠気でふらつきながら床に手をつく俺をダスターの取り巻きたちが取り囲んだ。
そしてその後ろからダスターが取り巻きたちに指示を出す。
「へっ、俺様に喧嘩を売るとは馬鹿な奴だ。お前らしっかりと痛みつけてやんな」
「へいダスターさん! この馬鹿に身の程って奴を分からせてやりますよ。おらぁっ!」
取り巻きたちが俺をサンドバッグのようにしこたま殴り、そして蹴る。
「ち……ちくしょう、魔法さえ使えればお前らなんかに……」
遠ざかる意識の中、ダスターたちの醜悪な笑い声が耳に響き渡った。
「そうそう言い忘れてたぜ。お前のような役立たずは今日を持って【サンブライト】から追放だ! どこへでも行っちまいな」
次の瞬間俺は頭部に強い衝撃を受けそのまま意識を失った。