第19話 聖剣の行方
「な……俺の剣はどこへいった!?」
ダスターは聖剣ラゴーケイトが突然自分の手から消えたことに気付き周囲を見回している。
うっかり手が滑ってどこかに落としてしまったとでも考えているのだろう。
足元や後方、そんなところを探しても見つからるはずもない。
「ダスター、目の前をよく見てみなよ」
「目の前だと?」
俺の言葉で初めてダスターは目の前に現れた金色の髪の美女の存在に気が付いた。
女性が身体に纏っている魔法玉が埋め込まれた美しい金属製の鎧、そして鎧の隙間から覗く鍛え抜かれた美しい肉体はまさに歴戦の女騎士のような風貌だ。
伝説の名工が鍛えたというだけのことはある。
それが人化した彼女の姿にも影響しているのだろう。
見た目的には十代後半の女の子の姿になったマロンやジェリーとは異なり、人化したラゴーケイトは大人の女性の色気を醸し出している。
「何!? この女がラゴーケイトなのか。バカな、人化できるのは生き物だけだと聞いているぞ!」
目をパチクリしながら驚いているダスターに俺はわざとらしく「チッチッ」と舌を鳴らしながら人差し指をピンと張り首を左右に振りながら答える。
「お前伝説の剣の所有者の癖に知らなかったのか? 正に豚に真珠、猫に小判だな」
「どういうことだルカ?」
「優れた名工が鍛えた武器にはその魂が宿るというだろう。つまりラゴーケイトは生きているということだよ!」
「な、何だって!? 剣が生きているとかそんな馬鹿なことが……いや今はそんな問答をしている場合ではない。ラゴーケイト、お前の持ち主は俺だ! 何とかしろ!」
ダスターは人化したラゴーケイトの肩を後ろから掴み強引に振り向かせる。
あの鍛え抜かれた身体だ。
人化してもラゴーケイトの強さは相当なものだろう。
しかしラゴーケイトが人化したことでドレインの効果も消え、吸い取られた生命力もマロンの身体に戻っていく。
「マロン、立てるか? 反撃するぞ」
俺の声を聞いてマロンはフラつきながらも再び立ち上があがり翼を羽ばたかせて落とし穴の外へと飛び出てきた。
これで形勢逆転だ。
一発強烈なのをお見舞いしてやれ。
マロンが灼熱のブレスを吐きだす為に大口を開くと俺たちを囲んでいた衛兵たちはもう駄目だと悲鳴を上げながら逃げ出していった。
そして今まさにダスターに向けて灼熱のブレスを吐きださんとしたその時だった。
ボコッ。
「ぼへぇ!」
ダスターの身体が後方に吹き飛んだ。
彼を殴り飛ばした犯人はラゴーケイトである。
突然の出来事にマロンも灼熱のブレスを吐くことを忘れて茫然としている。
吹き飛ばされたダスターの方を見ると尻もちをつきながら喚いている。
「な……何をするんだ! 主人に手を出すなんて……」
「ふざけないで! あんたのような下劣な男が持ち主だなんて私は認めないわよ!」
「な……なんだと! たかが剣の分際で生意気な……」
「何ですって!」
再びラゴーケイトの鉄拳がダスターの顔面にめり込んだ。
この一撃でダスターは完全にノックアウト。
白目をむいて鼻血を出しながらその場に崩れ落ちた。
その様子を呆気に取られながら眺めているとラゴーケイトは俺の前にやってきて跪いた。
「ルカ様と云いましたね。お見苦しいところをお見せしてしまいました。宜しければどうか我が持ち主となって頂けませんでしょうか」
「はい?」
「私はグレイメン侯爵家所有の剣として百年間この身を捧げておりました。しかしここ数代の当主の横暴な振る舞いには辟易しておりました。あなたのような方にこそ所有者になって頂きたいと思います」
良禽は木を択んで棲む──賢い臣下は主君を選んで仕えるという例えがある。
自分がそんなに優れた人物とは思わないが、俺が彼女の立場でもダスターみたいな奴らにいいように使われるだけの人生は嫌だ。
「分かった、じゃあ君の身柄は俺が預かるよ」
「有り難き幸せ! 今後は私のことはケイトとお呼び下さい」
「うん、宜しく」
思わぬところで伝説の剣を手に入れることができた。
俺はケイトの人化を解き元の剣に戻す。
そして中庭に落ちていた鞘を拾うとその鞘に納め背中に背負う。
ちょっとした剣士の気分だ。
さて、もうこんな屋敷には用はない。
さっさと撤収しようと門に向って足を進めたその時、屋敷の中から大勢の兵士が飛び出してきた。
そして少し遅れて兵士たちの後ろに現れたのはあの武器卿である。
「ルカ君、その剣は我が家の家宝だ。勝手に持っていかれては困るな。それに私の屋敷でこのような大立ち回りをされたことが外部に漏れればグレイメン侯爵家の名声も地に落ちるというもの。悪いが君をここから帰すわけにはいかんな!」
やはりこうなったか。
簡単には帰してもらえないな。
「やれっ!」
武器卿の合図で兵士たちが武器を手に襲いかかってくる。
剣、槍、斧、弓、いずれも屋敷の中に保管されていた一般に流通している武器とは比べ物にならない程の逸品である。
流石は武器卿といわれるだけのことはある。
その部下たちが手にしている武器の質も一級品だ。
しかし惜しむべくはその持ち主の格が三級品だということだ。
「あの子にしてあの親ありか。マロン、やっていいよ」
マロンはこくりと頷いた。
そして次の瞬間その大口から灼熱のブレスが放たれる。
「うぎゃあああ」
ブレスはその射線上にいた兵士たちごと武器卿を焼き払った。
「あちちっ」
「火がっ、火が消えない!」
「噴水に飛び込め!」
炎に包まれた者たちは悲鳴を上げながら命からがら噴水の中に飛び込む。
そしてマロンが吐き出したブレスはその後ろにある侯爵の屋敷まで達した。
もくもくと黒い煙を上げながら焼け落ちる屋敷。
「あっあっ……私の屋敷が……私の命よりも大切な武器が……」
武器卿はお尻についた火を消すことも忘れて悲痛な表情でそれを眺めている。
そして屋敷から黙々と立ち上がる煙を遠目に見ていた王都の人々が何事かと続々と屋敷の周りに集まってきた。
「やばい。ちょっとやり過ぎちゃったかも。ずらかるぞマロン」
実際に見たのは初めてだけど漆黒龍の灼熱のブレスってあんなに威力があったんだね。
侯爵家の屋敷を燃やしたなんて国家反逆罪レベルの大罪だ。
俺はマロンに人化魔法を掛け人間の姿に戻すと脱兎のごとくその場から逃げ去った。




