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第17話 武器卿


 俺は目の前に聳える巨大な門を見上げながら困惑した。

 てっきり衛兵の詰所辺りで取り調べを受けるものだとばかり思っていたが、俺たちが衛兵に連れてこられた先はまるでお城の様な強固な壁に囲まれた貴族の屋敷だったからだ。


 入り口の門には交差した剣と槍の紋章がでかでかと描かれている

 これはここバンビーナ王国の民なら誰もが知っている武門の名家であるグレイメン侯爵家のものだ。

 グレイメン家の一族の男女は幼少より武芸の鍛錬に励むという。

 それが多くの名だたる将軍や高ランクの冒険者を輩出している事実に繋がっている。

 またその武力で王都の治安維持にも努めており、グレイメン侯爵は衛兵たちの総元締めともいえる立場である。


 そしてグレイメン侯爵といえば【サンブライト】のリーダーだったダスターの実の父親でもある。

 何かきな臭いものを感じた俺は気を引き締める。


 入り口の門から屋敷へ行くには町の広場程の大きさの中庭を通る必要がある。

 中庭に足を踏み入れると大きな噴水が俺の目に飛び込んできた。

 さすがに侯爵家の屋敷ともなれば俺たち庶民の想像の遥か上を行く豪華さだ。

 中庭を抜けて屋敷の中に入ったところで衛兵たちはお役御免となる、

 代わりに屋敷の中から現れた厳つい顔をした執事に案内されて屋敷の奥へと足を進める。

 服の上からでもはっきりと見てとれる盛り上がった胸部、それに視線や足の運び方を見るだけでこの執事もただならぬ武芸者だということが分かる。


 長い廊下の左右には武器を手にした戦士たちの彫像や絵画が並んでいる。

 いずれも胸に門に描かれていたものと同じ紋章を付けていることからグレイメン侯爵家ゆかりの実在の人物がモデルとなっているのだろう。


 そして廊下の中央辺りに差し掛かった頃、一枚の絵画が俺の目に留まった。

 ドラゴン殺しの英雄として知られるウォール・フォン・グレイメン。

 現グレイメン侯爵の五代前に当たる人物だ。

 右手に煌びやかな魔法玉の装飾が施された剣を携え、左手に斬り落としたドラゴンの首を掲げているその姿は彼の類稀なる勇敢さを雄弁に語っている。


「マロン、あの彫像が持ってる斧を見てみろ。ゴツ過ぎて笑えるよな」


「?」


 俺はさりげなくマロンに話題を振り絵画から視線を逸らせる。

 たかが絵かもしれないが、元ドラゴンであるマロンには決して気分がいい絵画ではないだろうから。


「旦那様、ルカ様とマロン様をお連れしました」


「うむ。通せ」


「は、失礼致します」


 応接室へ通された俺たちを待っていたのは立派な髭を蓄えた壮年の男性だった。

 その衣服に付けられている多くの勲章が彼がどういった人物なのかを如実に物語っている。


 間違いない、彼が現グレイメン侯爵家当主バストゥルク・フォン・グレイメンだ。


 部屋の中を見渡せば多くの武具が飾られている。

 グレイメン侯爵は珍しい武具のコレクターとしても名が知られており、世間では武器(ヴァッフェ)卿とも呼ばれている。

 俺は魔法使いという職業上武具には詳しくないが、見る人が見れば垂涎もののコレクションなのだろう。


「衛兵たちが何か勘違いをして失礼な真似をしてしまったようだね。まあとにかく座ってくれ」


「はい、それでは失礼します」


 俺とマロンは侯爵に促されるままソファーに腰を下ろした。

 てっきり大通りでの騒動を咎められるものだと思っていた俺は肩透かしを受けた。

 武器卿は俺とマロンの顔を交互に見比べた後でゆっくりと切り出した。


「さて、君たちを呼び寄せたのは他でもない。マロン君のことだ」


「マロンですか?」

「私?」


 俺とマロンは顔を見合わせる。


「うむ。単刀直入に言おう。我々は彼女を引き取り保護したいと考えている」


「保護? ……それは一体どういうことでしょうか?」


 侯爵には失礼だが額面通りには受け取れない

 先程マロンはならず者に誘拐されかかったばかりだ。

 あいつらは金持ちにペットとして売る為に攫うつもりだったと言っていた。

 その金持ちのひとりがこの武器卿ではないかと疑ってしまうのも無理はないだろう。


「ふふ、そんな怖い顔をするな。君が想像している様なことは考えてはいないよ。なんでも君は彼女を魔物ではなくひとりの人間として扱っているそうだね」


「当然です。今のマロンは人間です」


「しかしそうは思わない者も大勢いる。先程彼女はならず者たちに襲われてドラゴンの姿に戻ったそうじゃないか。多くの民衆が見ている前でね。一つ間違えれば王都中がパニックに陥っていたのではないかね」


 やはり大通りでの騒動に触れてきたか。

 しかしそのことを交渉のカードにさせる気はない。


「あれは身を守る為にはやむを得なかったことです。町の人には一切危害を加えてはいません。そもそも王都の治安がちゃんと守られていればマロンをドラゴンの姿に戻す必要もありませんでしたよね」


 俺の発言は暗に治安維持の責任者である武器卿の責任を追及している。

 武器卿は苦笑いをしながら答えた。


「これは手厳しい。しかし確かに君のいう通り王都の治安については我々の責任だな。だが問題は王都だけの話ではない。王都の治安が守られたとして、マロン君が郊外へ出る時はどうする? 他国へ行く時は? 君は死ぬまでマロン君の傍についているつもりかね? 我々が彼女を引き取り保護すれば常時信頼が置ける部下たちを護衛につけることもできるんだぞ」


「そのような心配はご不要です。ご存知かどうかは分かりませんが、俺の人化魔法はどこまで人に近付けるかを自在に調整できるんですよ」


 俺は武器卿に見せつけるように杖を手にしてマロンに向けて魔力を放つ。

 一瞬閃光が走り、目が慣れてくるとマロンの頭部には角が、背中には翼が生えていた。


「これで大体人化率七十五パーセントですね。見ての通り角と翼以外は殆ど見た目は人と代わりませんが暴漢程度でしたら簡単に捻り潰せる腕力がありますよ」


「ふむ……」


「それとも角や翼があるこの姿は人間として認められませんか?」


 バンビーナ王国には純粋な人間の他にも多くの亜人が存在する。

 ケモ耳が生えていたり鳥の翼が生えている亜人も珍しくない。

 この国では彼らも人類の一員として公式に認められている。

 俺が甘かったのは町中でマロンが襲われる可能性を考慮せずに完全に戦闘力を失った少女の姿でひとりで町に出してしまったことだ。

 自分で自分の身が守れると証明できれば問題はないはずだ。


「色々とお心遣い有難うございます。でもマロンは人間として独り立ちできるまで俺が責任を持って面倒を見ますのでどうぞお構いなく」


「ふむう……」


 武器卿はしばし目を瞑り深く考えている素振りを見せる。


「分かった。マロン君のことは君に任せよう。やれやれ今日は無駄足を踏ませてしまったな」


「いえ、ご理解いただけて何よりです。それでは俺はそろそろお暇させて頂きます」


「うむ。さあルカ君とマロン君がお帰りだ。外まで送って差し上げろ」


「ははっ」


 武器卿の合図で先程の厳つい顔をした執事が応接室の扉を開いて中に入ってきた。


「ルカ様、マロン様お帰りはこちらです」


 執事は丁重に俺たちを屋敷の外へと送り届ける。

 やれやれ、ダスターの父親だというから何か良からぬことでも企んでいるんじゃないかと警戒をしていたが杞憂だったようだな。


「さあ早く宿に帰ろう。ジェリーが待ちくたびれているぞ」


「うん」


 再び中庭を抜けて入り口の門へ足を進める。

 その時だった。


 パチン。


 執事が指を鳴らしたのを合図に突然足元の感覚が無くなり目の前の景色が上に流れて行く。

 いや俺の身体が下に向かって落ちているのだ。


 かつて原始の人類が自分より遥かな大きな獣を狩る為に使ったともいわれるこの深く大きな落とし穴の罠は、だが確実に俺とマロンの身体を地の底へと飲み込んでいく。


「ふふふ、旦那様の言う通り素直に小娘を渡していれば死なずにすんだものを」


 厳つい顔の執事はほくそ笑みながら穴の中を覗き込む。

 しかし彼の目に映ったのは墜落のダメージによって穴の底で這いつくばる俺たちの姿ではなく、龍化して翼をはばたかせるマロンとその背にドラゴンライダーのように跨る俺の姿だった。


「馬鹿ないつの間に!?」


「お前らのような奴が考えることなんてお見通しなんだよ」


 何せあのダスターの実家である。

 絶対に何か企んでいると読んでいた俺はいつでもマロンの人化を解けるように準備をしていたのだ。


「おのれ、者どもこやつら射落とせ!」


 執事の合図で屋敷の中から弓矢を手にした兵士たちが飛び出してきて穴の中に矢の雨を降らせるが、漆黒龍の固い鱗の前では小枝が飛んでくるような物だ。


 しかし生身の俺はそうはいかないのでマロンの身体の下に潜り込み落ちないように前脚に掴まる。

 マロンは穴の中から首を出し兵士たちに向けて大口を開いた。

 こんな奴ら灼熱のブレスでバーベキューにしてやれ。


「おっとそこまでだ!」


「ん?」


 聞き覚えのある声に穴の外を覗き見るとそこには兵士たちを押しのけて現れた【サンブライト】のリーダーだったダスターが恐ろしい形相でこちらを睨みつけていた。





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― 新着の感想 ―
[一言] ダスター達に人化魔法をつかったらどうなりますかね? 人化度合いを下げれば猿になりますかねw? もしそうならダスター達を猿にして元に戻さないでほしいですね。
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