第15話 落ちぶれたかつての仲間たち
ギルドを出た俺はマロンとジェリーを連れて王都で行きつけの宿へと向かった。
駆け出しの冒険者の頃からずっとお世話になっている宿だ。
今では実家のような安心感がある。
入り口のドアを潜ると俺に気付いた女将さんが笑顔で声を掛けてきた。
「ルカ君久しぶりだね。色々と活躍の噂は聞いてるよ。ってことはそのふたりが例の?」
「ええ、こっちの大人しい方が漆黒龍のマロンで騒がしいのがウロボロスライムのジェリーです」
「へえどこから見てもどこにでもいる普通の女の子じゃないか。不思議だねえ」
女将さんはまじまじと二人の顔を眺める。
「ははは、実は俺も人化魔法の効果に驚いています。それじゃあまたしばらく厄介になりますよ」
「まいどっ。丁度三人用の部屋が空いてるよ。落ちついたらゆっくりと旅の話でも聞かせておくれ」
「分かりました」
俺は女将から宿泊部屋の鍵を受け取り、マロンとジェリーを連れて宿泊部屋に入った。
ドリットの町の宿も悪くなかったがやはり馴染みのあるこの宿の方が落ち着きが違う。
「わあ」
「すごーい」
マロンは部屋の中に置かれた椅子の上にちょこんと座り内装を眺めている。
対象的にジェリーはふかふかのベッドの上で楽しそうに飛び跳ねて遊んでいる。
人間社会に触れる時間が長くなるに連れて魔物だった頃のワイルドさは少しずつなりを潜め、人間としての二人の性格も固まってきたようだ。
それはまるで子供が大人に成長する過程を見ているようだ。
そんなことを考えながら俺は荷物の整理をする。
冒険者というものはいついかなる時も不測の事態に備えて準備を怠らない。
回復薬は勿論武器すらも消耗品として考える。
呪いによって攻撃魔法を使えなくなった俺は杖を本来の用途とは異なり鈍器として使用することが多くなった。
いい加減ガタも来ている。
いつ壊れてもいいように予備の杖も買ってきている。
アイテムの整理も終わってくつろいでいるとマロンが椅子から立ち上がって言った。
「ルカ、ちょっと飲み物買いに行ってくる」
「それはいいけどお店の場所は分かる?」
「うん、さっき女将さんにこれを貰ったの」
マロンはワンピースのポケットから一枚の紙切れを取り出して俺に見せる。
「なになに……はじめての王都の歩き方?」
それは王都の名産物と売っている店の場所の地図がポップなイラスト付きで描かれている旅行者用のパンフレットだった。
女将さんが気を利かせたのかこの宿の場所には分かりやすく赤ペンで目印が描かれている。
「女将さんいつの間にこんな物を……でもまあこれがあれば迷子になる心配はないか。そうだ、ついでにこれとこれも買ってきてよ」
俺はパンフレットを指差しながら王都の名産物である団子や果物をいくつか買ってくるようにお願いする。
「分かった。じゃあ行ってくる」
「気を付けて行ってきてね」
マロンが銀貨の入った袋と買い物籠を手に扉から出て行くのを手を振って見送る。
そして窓から外を眺めるとマロンが地図を見ながら通りへ歩いていくのが見えた。
「……よし、俺もちょっとでかけてくる。ジェリーは留守番をしていてくれ」
「ルカも行っちゃうの? うん分かった行ってらっしゃい」
マロンが初めてのお使いをちゃんと出来るのか心配だ。
俺は物陰に隠れながらこっそりとマロンの後を追う。
マロンの見た目は人間でいうと十代後半の少女だ。
普通に考えればお使いぐらいできて当たり前、馬鹿にするなと怒られそうな年齢だが、何せ彼女はまだ人化してからひと月も経っていない。
いずれ彼女が独り立ちする時の為にも彼女の成長を確かめる義務が俺にはある。
ここで魔物との余計な戦闘を回避する為に身に付けたスキルが役に立った。
マロンは尾行する俺に気付くこともなく目的の店へとやってきた。
お店の女性と何やら談笑をしながらお金を支払い、品物を買い物籠の中に入れている。
「おお、寄り道もせずに完璧にこなしてる……えらいぞ」
王都には様々な美味しそうなお菓子を売っているお店や楽しそうな施設がある。
それらの誘惑に惑わされることもなく立派に買い物という任務を果たしたあの姿を見て俺の目頭が熱くなった。
娘の成長を見守る父親の気持ちってこんな感じなんだろうな。
無事に買い物を済ませたマロンは寄り道もせずに真っ直ぐに宿屋に向かって歩く。
「おっと、見つからないようにしなきゃな」
俺はもう一度物陰に身を隠しながら宿へ急ぐ。
その時だった。
「何するの、離して!」
マロンの叫び声が通りに響き渡った。
驚き振り向くと数人のならず者たちがマロンを取り囲み彼女の細い腕を掴んで逃がすまいとしているではないか。
「こんな町中で何をやってるんだお前ら……!」
俺はマロンから隠れていたことも忘れてならず者たちの前に飛び出した。
「ルカ? どうしてここに」
「心配するなマロン、すぐに助けてあげるから」
俺はならず者たちの顔を睨みつけた。
「ん? お前たち……」
ならず者たちの顔には見覚えがある。
先程ギルドの壁際でこそこそしていたダスターの取り巻きどもだ。
「どうしてこんなことをする。ダスターの差し金か!?」
ならず者たちは「ヘヘヘ」と汚い笑みを浮かべながらマロンの身体を押さえつける。
マロンが倒れた拍子に籠の中からお団子や果物が地面に転がった。
「決まってるだろう。こいつを売って金にするのよ。なんてったって世にも珍しい漆黒龍様だ。ペットに欲しがる金持ちなんてゴマンといるからな」
「ふざけるな!」
次の瞬間何かが切れた俺は杖を手にならず者に飛びかかった。
ひとり、ふたり、さんにん、顔面に杖の一撃を受けたならずものが次々と地面に這いつくばる。
しかしそこまでだった。
「はいお疲れさん」
聞き覚えのある声。
いつの間にか俺の手の中から杖がなくなっている。
振り向けば【サンブライト】のイーシャが俺の杖をくるくると玩具の様に回しながら立っていた。
「イーシャ……またお前か!」
死角から忍び寄り相手の得物を奪い取る。
シーフ職である彼女の得意技だ。
「あんたのせいで【サンブライト】の名声はガタ落ちよ。責任は取って貰わなきゃ」
「いや俺に何の責任があるっていうんだ。お前らが勝手に落ちぶれただけだろう」
「そういう物言いが生意気って言うんですよルカさん」
今度はイーシャの後ろから僧衣に身を包んだ男が出てきた。
「テラロッサ、お前もか!」
「あなたにはまた眠って貰いますよ」
あの時と同じだ。
テラロッサは睡魔を誘う魔法の呪文の詠唱を始める。
しかし二度も同じ轍を踏む程俺は学習力がないわけじゃない。
すかさず懐から予備の杖を取り出してかざした。
予備の杖は懐に入る大きさなだけあっていつも使っている杖よりはかなり小さい。
それを見たイーシャは笑いながら言った。
「あはは、今更そんな玩具みたいな杖で何ができるっていうの? 奪い取るまでもないわ」
「お前こそ何を勘違いしてるんだ? この杖はお前らを殴る為の物じゃねえよ」
「へ……? まさか……」
「もう遅い!」
次の瞬間、俺はマロンに向けて杖をかざし魔力を放った。




