第12話 水浸しの森
「ルカ危ない」
マロンが咄嗟に俺の足にまとわりつきながら這い上がってくる液体目掛けて火を吐きだした。
液体は炎に包まれ逃げるように俺の足から離れていく。
「あちちっ……でもよくやったぞマロン」
森の奥に視線を移せば見える範囲のほぼ全域が水没している。
これ全部がウロボロスライムか。
この様子では既に魔の森の全域がこのスライムに飲み込まれていると考えるべきだろう。
俺たちはウロボロスライムへの対策を考える為に一旦森の外に退避する。
トーレンの話ではウロボロスライムは完全な肉食生物で植物が餌食になることはないという。
森の外見が変わっていないのは樹木がそのまま残っているからだ。
炎に焼かれた時の反応からウロボロスライムの弱点は通常のスライムと同じだと判断できる。
しかし問題はあのサイズだ。
マロンの灼熱のブレスなら焼きつくすことができるかもしれないがそれでは森ごと焼却することになってしまう。
できることならそのような環境破壊は避けたい。
次の案としてはもう一度マロンにウロボロスライムを飲み干して貰うことだが、やはりあれだけの量を飲み干すのは無理がある。
マロンは胸の前に両手でバツ印を作り無理と答える。
もし今の俺に人化以外の魔法が使えるのなら氷魔法で凍らせたり電気魔法を流して一網打尽にする案も挙がっただろうが無い袖は振れない。
「くそ、俺が呪われてさえいなければ……ん? 待てよ?」
そうだ今の俺には人化魔法がある。
いくら森を埋め尽くす程巨大化したところで目の前にいるのは一匹のスライムだ。
ならばなんとかなりそうな気がする。
「みんな下がってて」
俺はマロンとミノタウロスたちを後ろに下げると再び森の中に足を踏み入れた。
そして杖をかざして魔力を放出する。
辺りに閃光が迸り、やがて視界が戻ると目の前に蒼髪を靡かせた女の子が立っていた。
水着を思わせる藍色の薄い生地の衣服の上に羽織ったシースルーの羽衣が可愛らしい。
足元を見ると辺り一面にあったぬかるみもすっかりなくなっている。
成功だ。
蒼髪の女の子はキョロキョロと周囲を見回している。
マロンやトーレンの時と同じだ。
何が起きたのか分からずに戸惑っているのだろう。
俺は彼女の身に何が起きたのかを説明してあげようとゆっくりと彼女に近づいた。
しかし俺の予想に反して蒼髪の女の子は笑顔でこちらに駆け寄ってきて俺の手を握りながら言った。
「すごーい、ねえねえこれどうなってるの? あなたがやったんでしょ?」
「お、おう……理解が早くて助かる」
「おもしろーい」
蒼髪の女の子は自分の身体の変化に戸惑うこともなく今の状況を楽しんでいるようだ。
俺はコホンと咳払いをして彼女を人化した理由を説明する。
「君が森一面を浸食しているせいで皆が迷惑してるんだ。何せ食べれば食べるだけ大きくなるんだからね。悪いけど強制的に魔法で人間の姿になって貰ったよ」
「そうなの?」
「だから元の大きさに戻るまでしばらくダイエットして池で大人しくしていて貰えないかな」
「うん分かった。ねえもう少しこの身体のままでいてもいい?」
「それは構わないけど」
蒼髪の女の子は飛んだり跳ねたりしてひとしきり人間の身体を堪能した後「あー面白かった。もういいよ」と笑いながら人化の解除を促す。
どうも調子が狂うな。
しかし物分かりが良い子で助かった。
俺は彼女の言う通り人化魔法を解除する。
すると彼女の身体がドロドロと溶けて森を覆い尽くしていた大量の液体へと戻った。
しかしこれでもうウロボロスライムは森の動物を襲うこともなくなり余分な栄養取らなくなることでこれ以上大きくなることもなく、時間をかけて元の大きさに戻っていくはずだ。
「やれやれ、これでこの問題は解決だな。さあ帰ろう」
ひと仕事を終えた俺は大きく伸びをして森の出口に足を進める。
「ル、ルカさんちょっと待って下さい!」
「どうした? うわっ!?」
トーレンの切羽詰まったような声に振り向くとそこは阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていた。
元の姿に戻ったウロボロスライムがミノタウロスたちを飲みこみ始めたのだ。
必死で逃げ回るミノタウロスたち。
「何やってんだ!?」
俺はもう一度ウロボロスライムに向けて人化魔法を放った。
再びスライムは蒼髪の女の子に姿を変えた。
「おい、やめろっつったじゃん!」
「何のこと?」
「さっき言ったよね。もう森の中を浸食するのはやめろって」
「うん聞いた。だから何もしてないよ」
「は?」
「ん?」
どうも話が通じない。
蒼髪の女の子は本当に身に覚えがないといった表情で小首を傾げている。
とても嘘をついているようには見えない。
「ちょっと待って。さっき人化を解いた後に自分が何をしてたか覚えてる?」
「ん?」
蒼髪の女の子は片手で口を覆い、考える仕草をしながら答える。
「全然覚えていないんだけど、私何かやっちゃった?」
「ええ……」
どうやらこの子にはスライムの姿をしていた頃の記憶がない様だ。
スライムには人間でいう脳に当たる器官はない。
故に自我もなく本能のまま動くのみだ。
だとしたら森を浸食しないように言い付けたところで従うはずがない。
「あーもう仕方がない」
俺はくしゃくしゃと頭をかき乱しながらぼやく。
「この子も俺が面倒見るしかないか……」
「え? 私ずっとこのままでいれるの? わーい、楽しそう!」
蒼髪の女の子は人の気も知らないで嬉しそうにはしゃいでいる。




