第11話 更なる脅威
祝勝会の翌日、俺は二日酔いで痛む頭を押さえながら目を覚ました。
既に日は昇りきっている。
しまった完全に寝坊した。
マロンはさぞかしお腹をすかせているだろう。
「悪いマロン。遅くなったけどそろそろ食事にしようか……あれ?」
部屋の中を見回すがマロンの姿はどこにもない。
昨日は一緒に帰ってきて隣のベッドで休ませたはずだ。
「あいつひとりでどこへ行ったんだ?」
急いで服を着替えマロン探しに行く準備をしているとガチャリと扉が開いてマロンが顔を覗かせた。
「ただいま。あ、ルカ起きてる」
「マロン黙ってどこへ行ってたんだ? 心配したんだぞ」
「食堂。ルカが全然起きなかったから。ルカの分も貰って来たよ」
そういってマロンは袋に入ったパンとミルクの瓶を俺に差し出す。
「おう……ありがとう」
俺が寝てる間に自分で判断したのか。
いつのまにかかなり人間社会に順応できてることに驚く。
食事を済ませた後で俺はマロンを連れて再び兵士の詰所へとやってきた。
魔の森に異常がないかを確認する為だ。
しばらくして魔の森方面を偵察しに行った物見の兵士が戻ってきた。
「北の丘にある砦付近に寄りましたところ、昨日ルカさんが仰ったトーレンと名乗るミノタウロスが──」
「なんだって!? あいつらあれだけ釘を刺しておいたのにまた森から出てきたのか」
「いえ、町を襲おうとしているのではなく、ルカさんと話がしたいから砦まで来てくれないかと伝えて欲しいと言付けを授かっています」
「俺に話? 分かった行ってみる」
マロンを連れて北の丘へと向かうと俺たちに気付いたトーレンたちミノタウロスの一族が作りかけで放置されていた砦の中から手を振って迎え入れる。
「それで俺に話って何?」
「実は魔の森が奴の侵略を受けて……情けない話ですがオレたちははなすすべもなくここまで逃げ延びるのが精いっぱい……」
トーレンはがっくりと肩を落とし声を震わせる。
ミノタウロスを森から追い出すなんてどんな強力な魔物が現れたんだろう。
「事情は分かった。それで奴って誰のことだ?」
「はい、奴は魔の森の影の主ウロボロスライムです」
「スライム?」
俺は耳を疑った。
スライムなんて駆け出しの冒険者が経験を積む為に狩りの対象になる最下級の魔物じゃないか。
液体生物として知られるスライム種は斬撃や打撃は無効化するが弱点が多く魔法で凍らせたり燃やしたりすれば簡単に駆除できる。
魔法が使えない者でも松明の火などで燃やしてしまうのが一般的な駆除方法だ。
動きも鈍く対処するのは難しくない。
人に近い知能を持つミノタウロス族なら魔法は使えないまでも火ぐらい扱えるだろう。
しかしトーレンの様子から冗談を言っているようには見えない。
魔物の中には希少種と言われる特異体も存在する。
そういった奴らは発電能力や発火能力など普通の魔物とは異なる性質を持っており、ただのザコと思って舐めてかかると思わぬ手痛い目に遭うこともある。
恐らくそのウロボロスライムという種類のスライムはミノタウロス族では対抗できない厄介な性質を持っているのだろう。
「とにかく詳しく話を聞かせてくれ。そのスライムはどんな特性を持っているんだ?」
「はい。ウロボロスライムは魔の森の一部に棲息している希少種で、ありとあらゆる動物を手当たり次第全身の消化液で溶かして取り込み、際限なく巨大化していく性質があるんです。最初はオレたちも火を付けて対抗したんですが既に燃やし尽くせない程巨大化しており打つ手がなく……」
「ふうん、そんなスライムがいるならどうして今まで問題にならなかったんだ? マロン、知ってる?」
「んー、多分あれのことかなあ?」
マロンは何かを思い出したかのように小首を傾げながら答えた。
「私の縄張りだった場所の池にいたスライムなんだけど……いや、ちょっと違うかな。正確にはその池全体がスライムだった」
「池全体がスライム!?」
「うん。喉が渇いた時によく飲んでた」
「飲んでた……!?」
「うん、飲んで量が減っても次の日には池が元に戻ってるから便利な飲み場だったよ」
「それってまさか……」
つまりそのスライムは再生力に優れているということだ。
今までは定期的にマロンが飲料として消費していたから再生と消費が釣り合ってそれ以上増殖することはなかったが、消費者であるマロンが森から去ってしまったことで今ではその増殖を止める者がいなくなってしまったのだ。
「それはまずいな……とにかく森へ行ってみよう」
俺は何時でも戦闘態勢に入れるようにマロンの人化を僅かに──人化率七十五パーセント程まで──解くと、ミノタウロスたちを連れて魔の森へ急いだ。
外から見る魔の森は以前来た時と全く変わっていないように見える。
しかしこの中にはウロボロスライムが潜んでいるはずだ。
いつ襲われるか分からない。
俺は周囲を警戒しながら森の中に一歩足を踏み入れる。
ピチャ。
「うん?」
足を踏み入れた途端にぬかるみに足を取られた。
「ずいぶんとぬかるんでるな。雨でも降ったのか? ……いや違う!」
次の瞬間足元の液体がものすごい勢いで俺の足を這い上がってきた。
「まさかこのぬかるみ全部がウロボロスライムって奴か!?」




