第10話 祝勝会
俺はずっと考えていた。
魔物の群れが魔の森から出てくることなんて今までずっとなかったと聞いている。
それがどうして今になって出てきたのか。
俺が魔の森にやってきたのとタイミングが合い過ぎる。
とても無関係とは思えない。
俺は目の前で平伏しているミノタウロスのリーダーにゆっくりと問い掛けた。
「どうしてお前たちが今になって魔の森から出てきたのか詳しく教えてくれ」
ミノタウロスのリーダーはかしこまって答える。
「はい、漆黒龍の……マロンさんの気配が森の中から消えたことでここぞとばかりにオレ……あ、申し遅れましたオレはミノタウロス族のリーダーのトーレンと申します。オレが一族を纏めて魔の森の南部一帯を制圧しました。そして森の外まで進出してきたというわけです」
「成る程、そういうことか」
トーレンと名乗ったミノタウロスのリーダーの話で合点がいった。
今までは魔の森の主として漆黒龍のマロンが君臨していたから他の魔物は大人しくしていたが、マロンが森から出ていったことで彼らを抑える者がいなくなり、魔物たちが好き勝手に暴走を始めたのだ。
これはマロンを連れ出した俺にも責任があるな。
じゃあマロンを魔の森に帰してあげれば元通りになって解決するはずだ。
しかしこの解決策を当のマロンとローレンが真っ向から反対をする。
「嫌。魔の森なんかに帰りたくない。あんなところでひとりで食っちゃ寝するだけの生活なんてつまんない」
「ルカさん、オレたちとしてもマロンさんにはあんな暗い森の中で孤独に生涯を終えるよりはもっと外の世界で羽ばたいて貰いたいと思います」
「むう」
それを言われると弱い。
そもそもマロンを森の外に連れ出したのは俺だ。
そして人間の社会について色々教えたのも俺だ。
今更都合が悪くなったから森に帰れだなんて身勝手すぎる話だろう。
一度身柄を引き取った以上マロンが人間社会で独り立ちするまで責任を持って面倒をみるのが筋というものだ。
結局マロンを森に帰すことは諦め、引き続き俺が身柄を預かることになった。
しかしミノタウロスたちは事情が違う。
「ともかくお前たちは森の中で大人しくしていろ。もし破ったら今度こそマロンのおやつになると思え」
「は、はい。我らミノタウロス一族はルカさんに従います」
俺は今後町や人を襲わないことを条件にトーレンに掛けた人化魔法を五十パーセントまで解除して一族と共に森に帰してあげることにした。
この五十パーセントの人化というものは大変興味深い。
人と魔物のちょうど中間の姿となり、能力は双方のいいとこどりで言語を持つ魔物は人と魔物どちらの言語も話すことができるようになる。
この特性を活かして今後はトーレンに人類とミノタウロスの異文化交流のかけ橋となって貰おうと思う。
ひとまずはこれで一件落着かな。
俺はドリットの町へ戻り一部始終を兵士隊長のマシューに報告をする。
それを聞いてマシューや兵士たち安堵し、力が抜けてその場に座り込んだ。
「いやあ本当に助かりました。これで町はもう安全ですね」
「ええ、もう二度とあいつらが町への襲撃を考えることはないでしょう。万一またやってくることがあっても今後こそ本当にマロンの胃袋に入るだけです」
「ははは、それは心強い。それでは今夜は町を挙げて祝勝会を開きましょう。ルカさん、マロンさん、夜まで英気を養っていて下さい」
「それではお言葉に甘えさせて貰うよ」
結局俺はもう一日この町で過ごすことになった。
再び宿へ戻り休憩していると部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「はーい」
誰かと思って扉を開けるとそこに立っていたのは王都から俺を送ってくれたギルド所有の馬車の御者だった。
どうしたのか訊ねると御者は申し訳なさそうな表情で切り出した。
「あのう、ルカさんはいつまでこの町にご滞在されるつもりでしょうか。私としましてはそろそろギルドに戻らないと……」
いけない、彼の都合を全然考えていなかった。
今夜は祝勝会だから出発は早くても明日になる。
それに魔の森が本当に落ちついたのかどうかも気になる。
この町の安全が確認できるまでは帰る訳にはいかない。
「何日も足止めをしてしまって申し訳ない。俺はもうしばらくこの町でやることがあるので先に帰って下さい」
「分かりました。それではギルドにはそのようにお伝えします」
御者は深々と頭を下げて宿を後にした。
◇◇◇◇
日が沈み夜がやってきた。
祝勝会の始まりを告げる鐘の音が町中に響き渡る。
町の中央にある広場へ行くとあちらこちらに屋台が並び、人々は酒や料理を飲み食いしながら喜びを分かち合っている。
忽ち俺とマロンの周囲には人が集まり町を守った英雄である俺たちに対して諸手を挙げて惜しみない賛辞を並べる。
「さあルカさんにマロンさん一杯やって下さいよ。もちろんお代は頂きません」
「俺は良いけどマロンにはまだちょっと早い……あっ」
俺が後ろを振り向くとマロンが酒場のおじさんが持ってきたワインを勧められるままにごくごくと飲みほしていた。
「お、おい……そんなに飲んで大丈夫かマロン?」
「んー、変な気持ち……」
マロンは顔を赤くしてフラフラしている。
どう見ても完全に酔っ払っている。
「おっとすまねえ。てっきり漆黒龍のマロンさんならこのくらいの酒で酔っ払うだなんて思いもしませんでした」
マロンにワインを勧めたおじさんは申し訳なさそうに頭を掻いている。
まあ確かにドラゴンは毒や病気など数々の状態異常に対する耐性が高いといわれている。
ドラゴンの姿ならば多分酔っ払うこともなかっただろうが、完全に人化している以上アルコールに対する耐性も見たまま未成年の少女のそれと考えるのが自然だろう。
マロンはしばらくフラついた後、糸が切れた様にその場に倒れた。
「おっと」
俺は咄嗟にマロンの身体を受け止める。
「おいマロンしっかりしろ」
「すう……すう……」
マロンは俺の腕の中で完全に酔い潰れて寝息を立てている。
困った。
連れがいきなりこの状態では祝勝会を楽しむどころではない。
「仕方ない、こうなったら……」
俺は杖をかざしてマロンの人化を僅かに解いてみることにした。
ドラゴンが状態異常に耐性があるのならドラゴンの姿に戻せば酔いは醒めるはずだ。
杖を通して魔力を放出するとマロンの頭部から角が、背中からは翼が生えてくる。
「ん……おはようルカ。もう朝?」
人化率七十五パーセント。
思ったより早くマロンが目を覚ました。
「まだ夜は始まったばかりだよ」
「マロンさんさっきは本当にすまねえ。こちららがお口に会えば良いんですが」
マロンが目を覚ましたのを見て先程マロンにワインを飲ませてしまったおじさんが今度は大きな動物の肉を持ってきた。
しかしそれは調理された肉ではなく動物の形そのものだ。
俺は思わず突っ込みを入れる。
「何で生肉?」
おじさんは苦笑いをしながら答える。
「漆黒龍といえば捕まえた獲物を頭から丸飲みにすると聞きましたので……」
成る程そうきたか。
今までマロンに人間社会のことを教えることしか頭になかったけど、逆に町の人にも人化したマロンについて教えなければいけなかったようだ。
「いや、今のマロンは人間と同じだから生肉を丸飲みするのはちょっと無理じゃないかな」
「そ、そうだったんですか。大変失礼しました。今すぐに調理を……」
おじさんがそう言いかけたところでマロンが生肉を奪い取るように手に取って言う。
「大丈夫。私が焼くから」
マロンが口を開けたかと思うと次の瞬間生肉に向けて灼熱の炎が吐き出される。
「おお!」
「本物の龍のブレスだ!」
観衆が歓声を挙げて見守る中、みるみるうちに肉は焼け焦げていく。
「できたよ」
肉が焼き上がると同時に広場中から拍手喝采が巻き起こった。
俺はその様子を眺めながら呟いた。
「マロンはいざとなったら大道芸人としてやっていけそうだな……」




