後編
テレビの前のソファに座ったとき、起動されたズームの分割画面には、すでに何人かの男女が映っていた。
『こんばんは〜!』
『あっ、噂のおねーさん! はじめまして〜』
双子みたいにソックリな女の子が二人、一つの画面に一緒にいる。残り二つの画面のうち一つは留守で、もう一つには眼鏡の男の子が映っている。
「ハナもルミも酔ってんじゃん、早すぎでしょ」
『だってうちら、アルコール族だも〜ん』
『ね〜!』
『どうでもいいけどダイ、タジの奴がまだ来てない』
「あ、ホントだ」
大輝、ダイって呼ばれてるんだ。
友達同士のノリについていけなくて、ちょっと後悔する。やっぱり、やめといたほうが良かったかも……。
そうしているうちに、もう一人が画面に現れた。綺麗に染まった茶色の髪が印象的な、細身で清潔感のある男の子。モデルみたいにカッコイイのに、手にしているお皿にはイカ焼きの串が載っている。
『ごめん、イカ焼いてて遅れた』
「よしっ、これで揃ったな〜」
すごい、声までカッコイイ。
……あれ、でも、この人どこかで会ったことがあるような。
なんて思っていたら、画面の向こうのタジくんも私を見て「あっ」と声を上げた。
『お姉さん、また会いましたね。ほら、俺、駅で……』
「あっ、あのときの!」
「えっ、なに? 二人とも知り合いだったの?」
大輝が驚いたように言う。驚いたのは私も同じだよ。それに、知り合いってほどでもないし。
『駅で定期拾ってもらったんだ』
「そうなの。目の前で落ちたから、拾って追いかけたんだよね」
『あのときは本当に助かりました。その親切なお姉さんが、ダイのお姉さんだったとはね。すごい偶然ですね』
「ホント、すごい偶然……」
あのときタジくんは黒いマスクを着けて、シャツにジーンズっていう格好だったから、今のポロシャツにスラックス姿じゃわからなかったなぁ。
でも、それを言ったら私だってマスク姿だったし、今は浴衣なのにタジくんはよく気づいたよね。洞察力が鋭いんだなぁ。
タジくんに微笑まれて、顔が熱くなるのを感じた。まだお酒、飲んでないのに。心臓がドキドキする。
「それじゃ、始めよっか。まずはカンパーイ!」
『『カンパーイ!』』
画面の中の男の子たちはそっと一人缶を掲げて、女の子たちはくっついてお互いの缶から飲み合いをしてる。私も大輝と缶をぶつけてカンパイをした。
飲んでおしゃべりを始めたら、最初に感じたとっつきづらさなんて、すぐにどこかに行っちゃった。
ハナちゃんとルミちゃんは本当に双子で仲良し、メークの話で盛り上がった。タジくんは流行りに強くて、ハルアキくんはマニアック。大輝はバスケの話しかしてなかった。
オンライン夏祭りって言いながら、ただ食べて飲んでおしゃべりする集まりだったけど、久々に楽しい気分になれた。リアルの飲み会じゃなくても、慣れればこんなに盛り上がれるんだなぁ。
「よーし、じゃあ、締めに花火上げるぜ!」
「えっ、どういうこと?」
「そういう背景があんの。みんなもやって〜」
『おけおけー!』
『それ〜!』
みんなの背景が夜空に変わって、そこに色とりどりの打ち上げ花火が咲いていく。ポンポンと作り物の音が耳を賑やかせた。
「すごい……」
『技術の進歩って著しいでしょ。これVRだともっとすごいんだよ。ゴーグルとリングつけてフルダイブだと迫力が全然違う。まず視界が違うし……』
『出た出た、ハルアキのウンチク』
『それウチらにもやらしてよ、ハルアキ〜』
『は、ヤだし』
『冷たい〜! ツンデレ〜』
『うるせー』
ハルアキくんと双子ちゃんたちがワイワイ騒いでいる。特にハナちゃんの方が積極的に絡んでいくんだよね。
微笑ましく見守っていると、タジくんが話しかけてきた。
『フウカさんはVRに興味ある? 俺で良かったら貸すけど』
「え……。確かに、気にはなるけど」
『VRの世界でなら、花火ももっと本物に近いよ。わからないことは直接横で教えるし』
えっ、タ、タジくんが横で直接!?
そんなのムリムリ! 緊張しちゃうもん!
心臓がドキドキする。
タジくんみたいにカッコイイ男の子と、デートじゃなくても、そんな風に何か共同作業するなんて……!
けど、逆にチャンスなのかもしれない。
たとえ友達の姉だから親切にしてくれてるだけだとしても、もしかしたらカノジョ持ちかもしれないけど!
……いやでも、カノジョ持ちだったら嫌だな。
恋人がいるのに異性にこの距離の男はヤバい。
「姉ちゃん、どうすんの?」
「どう、しよっかな」
『迷ってるなら触りだけでもやってみようよ。これ、俺のアドレス。QRコード、読めるかな』
「うん、大丈夫」
結局、言われるままに交換しちゃった。
それからもうすぐ、オンライン夏祭りは終わってしまった。次もまたすぐやろうねって、来月の同じ曜日に約束もした。
『フウカさん、その浴衣すごく似合ってるよ。最初言いそびれた』
「ありがとう、タジくん。実はおばーちゃんが仕立ててくれたんだ〜」
嬉しくてつい見せびらかすと、優しい微笑みを向けられた。……私ってば、恥ずかしい。まるでタジくんの方がお兄さんみたい。
みんなと笑ってバイバイして、ふと気づく。
「あれっ? ラインの交換、してないじゃん! ハナちゃんルミちゃん、忘れちゃってたのかなぁ」
「忘れてないよ。してたじゃん、交換」
大輝が私のスマホを指差す。
交換って……そりゃ、タジくんとはしたけどさ。
ん? それって、それってつまり……?
「えっ! じゃあ、私と仲良くなりたかった人って……?」
「姉ちゃん、それマジ、内緒だからな?」
私は思わずコクコクと頷いて、スマホの画面を見つめてしまった。どうしよう、何か送ってみるべきかなぁ。それとも……。
そう思っているうちに、スマホが鳴ってタジくんからのメッセージがポップアップする。私はソワソワしながら画面を開くのだった。