前編
「姉ちゃん夏祭りに浴衣着ない? オンラインだけど」
「オンラインで!?」
大学の授業はだんだんと元に戻っては来たけれど、なんとなく「大勢で集まるのはちょっとね」という意識が抜けない今日この頃。弟からラインでそんなお誘いを受けました。
同じ家にいるのにラインって!
アンタさっきリビングのテレビ占領してたじゃん! 大画面でオンラインゲームしてたよね?
まぁでも、わざわざ降りて行って話すのも面倒だから、私もそのまま続けることにした。ポテチの袋を開けて、お気に入りのクッションの位置を調節していると、またスマホが鳴った。
「ばーちゃんが、せっかく浴衣作ったのにどこにも行かないんじゃ意味がないってため息ついてたからさ。仲間に声かけたら、夏祭りすることになった」
「へぇ。でもオンラインなんでしょ? 夏祭りって言っても、具体的に何するのよ」
「みんなでかき氷とか焼きそば片手に飲む」
「お酒かい! そんなことだろうと思ったよ」
呆れ顔のスタンプを迷って、結局いつものウサギのやつにする。大輝からは爆笑スタンプが帰ってきた。
それにしても浴衣かぁ。そういえば去年は着てないなぁ。今年も特に予定なんてなかったから、気にもしてなかったけど、そっか。お祖母ちゃん、新しい浴衣仕立ててくれてたんだ。
お祖母ちゃんが悲しんでるって聞くと、そりゃあ着ないわけにはいかないよね。大輝の友達は知らない子ばかりだけど、メインは私じゃないし、横で缶チューハイでも飲んでればいいよね? 面倒になったら引っ込めばいいし。
「オッケー。いいよ、参加する。いつ?」
「よっしゃ! 明後日の夜」
「急だなぁ」
ガッツポーズのスタンプがポップアップしてきたかと思うと、ものすごく急な日程を告げられた。まぁ、暇だからいいんだけどさ。でも、重要なのはお母さんの予定だ、だって着付けしてもらわなきゃだもん。
「お母さん、明後日大丈夫だっけ」
「大丈夫。先に許可取ってあるから」
「着付けの話なんだけど~」
「だから大丈夫だって」
返って来た言葉に首を傾げる。「着付け」=「大丈夫」ってことは、もしかして最初から仕組まれてたってコト?
そりゃあ確かにお祖母ちゃんの浴衣のためのオンライン夏祭りなんだろうけど、私抜きでそこまで根回ししてあるってちょっと……ううん、すごく気味が悪い。
「やっぱやめとこうかな」
「えっ! ウソ。マジで? なんか予定あんの?」
ああ、アヤシイ。
そんな連続リプライ、何かあるって言ってるようなものじゃん。
「何か隠してるでしょ~? 白状しなさいよ。じゃないと参加しないから」
「え~~!」
そりゃそうでしょう。大輝のことだから、悪い意図があってのことじゃない気はするけど、カメラ越しとは言っても顔を晒すわけだし、録画とかされてたら嫌すぎる。
スマホには混乱したり困ったりしたスタンプが散乱している。
「正直に言いなさ〜い!」
「参ったな……。絶対秘密にしてくれる?」
出た出た。
大輝ってばこういうトコ、昔から変わらないよね。
私はもちろん「OK」のスタンプを送った。
「姉ちゃんと仲良くなりたいんだってさ。だから、きっかけが欲しいんだって」
「私と?」
「そう。で、飲み会の最後にライン聞いてくるヤツがいたら、もし嫌じゃなければ教えてやって!」
大輝の友だちが、私と仲良くなりたい?
なんでそんなことになるんだろう。
あ、もしかして……。大輝に告白したい子がいて、好きな物とかを知りたい、とか? それなら、うん。協力してもいいかな〜。
ひとまず大輝には「OK」と返事をして、そこでラインを切り上げる。どんな浴衣か見せてもらってから、どんなメイクにするか決めよ〜っと!
★ ☆ ★
あっという間にオンライン夏祭りの日になった。居間の大画面テレビを借りるからか、大輝は張り切って家の手伝いをしたり、お酒やおつまみの買い出しに行ったりしていた。
飲み会の始まりは夕飯を食べて一息ついた午後八時から。お風呂上がりの髪の毛をドライヤーでしっかり乾かして、ミルクティー色のセミロングをねじねじ巻いてくるっとして、浴衣に合うようにアップにしていく。
スキンケアしてリキッドファンデに白粉で仕上げ。お酒を飲むからリップは控えめに、アイメイク中心に仕上げていく。
「ね、おかーさん。変じゃない?」
「大丈夫よ。似合ってる似合ってる」
何度も鏡の角度を変えて髪の毛を確認する私に、お母さんは浴衣の準備をしながら適当に言う。
私は鏡を置いて浴衣に袖を通した。紺地に細かく白で撫子が描かれた、少しオトナな浴衣。それに色鮮やかな紅と桃色の総絞りの兵児帯を。
「どうかな?」
「いいわね。写真撮るからちょっと待ってて」
「え〜? 部屋片付いてないよ〜」
「いいじゃない、べつに。おばあちゃんに見せるだけよ」
「私が嫌なの! それにどうせ他の人にも見せることになるもん」
私は玄関に移動して、下駄を履く。
「あ〜あ、本当にお祭りだったら良かったのにねぇ」
「しょうがないよ。は〜い、撮って撮って〜」
「はい、チーズ」
パシャリとスマホがシャッターを切る擬似音を立てる。私はお母さんと一緒にその画面を確認して、もう二、三枚撮ってもらった。
「いい感じじゃない」
「そうかも。今度おばーちゃんに電話するとき教えてね」
「はいはい」
「ねーちゃん、時間〜!」
「は〜い!」
呼ばれて私はリビングに向かった。