七羽 処刑場
「ルア様。私の短剣はありますか?」
「‥‥ここに。」
ベルは民衆が叫ぶ中、ルアに見守られながら黙って剣を抜いた。そして、自分の胸に切っ先を向けた。
「何をやっているんだ、あの女は!」
「ルア様!さっさと刑を実行してください!」
「そうだ!」
「皆、鎮まれ!!」
ルアの一喝で、処刑場はシンと静まり返った。
「サヴァエル王国女王・ベル殿は、このウェズ王国に生まれた!戦のなか半獣族に両親を殺され、さらわれたのだ!」
「何と‥‥この国の生まれだったとは。」
「でも、獣に心を売ってこの国を裏切ったではないか!」
民衆は、驚きながらも簡単には納得しない。ルアは続ける。
「しかし、サヴァエルの先王リュウは、ベル殿を大切に育てたのだ!国を継がせたことからも、ベル殿が先王にどれほど愛されていたか、わかるであろう!」
「たしかに‥‥子供を取って食うという噂は嘘なのか?」
「半獣の王も、恐ろしいだけではないのだな‥‥」
「人間も半獣も、姿形が違うだけで、国や家族を思う気持ちは変わらない!しかし、悲しい戦いの歴史ゆえ、臣下たちは人間のベル殿を、半獣の王として受け入れることができなかったのだ!そして、彼女の生まれ故郷であるこの国の民も、この17歳の少女・ベル殿を許さないという!」
「17歳‥‥俺の娘と同じ歳だ‥‥」
「どっちにも受け入れてもらえないなんて‥‥まだ若いのに、えらい苦労をしたもんだ‥‥」
ルアは民衆たちをぐるりと見廻し、そして半獣族の捕虜が収容されている牢に向かって、さらに声を張り上げた。
「ウェズ王国は、ここで彼女に新しい人生を歩んで欲しいと思った!しかし!ベル殿は、自分はあくまでサヴァエルの女王だという!リュウ王の愛に感謝し、私に処刑された裏切者の臣下たちに祈りを捧げ、そして敗戦の責任を一身に背負うというのだ!」
牢の中から、声が聞こえた。
「ベル様!どうか俺たちを許してください!」
「あなたは立派な王でした!」
「命をかけて先陣を切る後ろ姿を見て、本当は心が震えたんだ!」
民衆からも、声が上がった。
「ベル女王!この国に帰って来てください!」
「何も知らずに酷いことを言ってしまって、許してくれ!」
それを聞いたルアは微笑み、しかし悲しそうに深く息を吐いた。
それまで口をつぐんでいたベルは、剣を下ろして民衆に語りかけた。
「みんな、ありがとう!でも、やっぱり私は、ここで逝きます!サヴァエルのことは、ルアにすべて任せたから安心して!そして、種族の違いでいがみ合うことがどんなに悲しいことか、時折私のことを思い出して、どうか考え続けて!」
最後に大きな声を張り上げて、ひまわりのように明るく笑い、手を振った。
「ルア様、もう充分よ。ありがとう。そばで見届けて。」
「‥‥承知。」
ルアの頬に一筋、涙が伝う。
ひざまずいたベルは、ためらうことなく自分の胸に父から譲り受けた短剣を突き刺した。
民衆は静かに涙を流しながらそれを見届け、牢の中のサヴァエル兵たちも、小さな窓から見える空を見上げ、泣きながら女王に敬礼を捧げた。
*
その後、ルアは王位に就き、ベルとの約束を守った。
ベルが自決した処刑場は廃止され、その場所に彼女の墓が建てられた。墓碑には、こう刻まれている。
サヴァエル王国女王 ベル・リュート・サヴァエル
ウェズ王国に生まれ、サヴァエル王国に育ち、この地にて、誇り高く死す
“唯一無二の女王”
*
*
白いカラスのくちばしが、動きを止めた。
「‥‥以上で、この物語は終わりです。如何でしたか?」
語り屋の主人・ブラウンは、書をゆっくりと閉じながら、優しく笑って彼女に尋ねた。彼女の頬には、涙が幾筋も流れている。
「彼女は‥‥いいえ、私は、半獣族の‥‥」
「御意。ベル・リュート・サヴァエル女王陛下。これが、あなたの物語です。」
ブラウンは、スッと立ち上がって礼をした。彼女‥‥ベルは、愛らしい笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。ああ‥‥すべて思い出しました。」
「お役に立ててよかった。それでは、お見送りしましょう。」
ブラウンが扉を開け、ベルは建物の外に出た。もう雨は止んでいる。
語り屋の前で、道は左右に分かれていた。
「それじゃあ、私行きます。本当にありがとうございました。」
「また、ぜひお越しください。」
ベルは、迷うことなく右側の道を歩いて行った。
彼女を見送った後ブラウンが室内に戻ると、別の女性が奥から現れた。細い体に、真っ青な巻き髪が揺れている。
「またお越し下さいって‥‥あなた、毎度よくそんなことが言えるわね。もう二度と来られないのに。」
「ブルー姉さん。これは口癖のようなものですよ。ご本人たちも、もう一度ここに来られるなんて思っていませんよ。」
「‥‥そうね。これが私たち『聖営者』の仕事。記憶が蘇った者は、再びここに来ることはない。」
ブラウンは、姉の言葉に深く頷いて、話題を変えた。
「ところで姉さん、新しい羽根を拾ってきてくださったのですね。姉さんばかりに外の仕事を任せてしまって、すみません。」
姉のブルーは苦笑した。
「ブラウン、今日はやけに殊勝ね。さっきの女性の語り書に影響されたの?」
「さて、どうでしょう。まあとにかく、お若いのに立派な女性でした。」
「ともかく、あなたは『語り鳥』を通して『欠落者』に『語り書』の中に書かれていることを語るのが仕事。そして私は、道に迷っている欠落者を探し出し、語り鳥の落とす『語り羽根』を見つけさせるのが仕事ですもの。新しい羽根は、もう次の欠落者が見つけているわ。でもブラウン、あの羽根、『黒』だったわ。」
「おや、それはまた気の重い‥‥。」
「黒の欠落者が来るのだから、またあの『反聖営者』たちが、きっと動き出すわ。」
「そうですね。警戒を怠らないようにしましょう。」
「あら。早速、黒の欠落者のお越しよ。」
ブルーはそう言って扉に視線をやると、また店の奥へと消えて行った。
ゆっくりと扉が開き、黒髪の男性が入って来た。こちらを見つめる瞳は、濃い紫色をしている。名乗らなくても、誰だか分かる。
「ティルト様ですね。お待ちしておりました。」
黒いカラスが現れた。
さあ‥‥この男の黒い人生を、語って思い出させてやろう‥‥。
*
あなたに、何か忘れている過去はありませんか?
舟で川を渡ってきたのに、思い出したくても思い出せない‥‥。
それなら、あなたを導くカラスの羽根を見つけて、『語り屋』へお越しください。
きっと、悩みが吹き飛びますよ。
ただし、どうかお忘れなく。
過去を思い出したその後、あなたがどうなるかまでは、お教えすることはできませんよ‥‥。